馬鹿ばっか


 1


岩片と揉めたことは一度二度ではない。
根本的に違う俺達に取って言い合いは珍しいことでもなく、それでも、ちょっとやそっとじゃ折れない岩片のことを知っている俺がいつも折れていた。
だけど、今回は。
折れる折れないではなく、ただ単純に、岩片との距離を感じた。

近付けたと思っていた岩片は俺に背を向けていて、俺から離れていく。
そんな岩片に無理矢理近付けるほど、俺も図太い神経を持ち合わせていない。

その日、結局岩片と一言も言葉を交わすことはなかった。
一人で部屋を出ていく岩片のあとを追う気にもなれず、風呂に入って俺は寝た。
疲れたのですぐ寝れると思っていたのだが思っていた以上に眠りは浅く、些細な物音で途中目を覚ましては岩片が帰ってきたのだろうかと扉を確認してしまう。
岩片はとうとう帰ってこなかった。
別に珍しいことでもない。
そう自分に言い聞かせるものの、気にしないということは出来なくて。


結局、ろくに寝れないまま朝を迎えた。
岩片のやつ、どこで過ごしたのだろうか。
そのことが気掛かりだったが、昨日の今日だ、顔を合わせ辛いというのもある分、内心ホッとしている自分もいた。

制服に着替える。
岩片がセクハラ染みた邪魔をしてこない分すぐに用意は出来た。
そろそろ出るか、と時計を一瞥した時。
部屋の扉がノックされた。


「はーい……っと」

「あっ、お、尾張君?」

「……岡部?」


扉の前、同様制服に身を包んだ岡部直人は俺を見るなり驚いたような顔をする。


「よかった……無事だったんですね」

「あー……お前の唐辛子スプレーのお陰でなんとかな」


というか、ただの爽やかな香水スプレーだったわけだけれど。
もっというと無事ではないのだが、心配してくれている岡部に当たっても仕方ない。


「でも、本当よかったです……。あの後岩片君戻ってきてすぐに追い掛けたんですけど、間に合わなかったらどうしようかと」

「そうか、お前が岩片に伝えてくれたのか。ありがとな」

「いえ、俺はなにもしてないです。……尾張君のことを伝えたらすぐに岩片君が走って行って、俺は見てるだけしか出来ませんでしたので」


「俺よりも岩片君にお礼を言って下さい」と照れ臭そうに笑う岡部。
岩片が駆け付けてくれた。
その言葉は俄想像出来るものではなかったが、もしそうだとしたら。
慌てて駆け付けた岩片があんなに怒っていたのは政岡の態度のせいだけではないということだろうか。

『お姫様ごっこは楽しかったか?』


「……」

「……尾張君?」

「っと、や、別に大したことねえんだけど……」


益々気まずくなってきた。
なるべく岡部に変な心配させないよう笑って誤魔化す。
それが効いたのかは知らないが、岡部は何かを思い出したように「そういえば」と話題を切り出した。


「岩片君はいないんですか?」

「え?」


てっきり、昨夜は岡部のところに無理矢理押し掛けたのではないのだろうかと考えていた俺にとってその言葉は予想だにしていなかったものだった。


「一緒じゃないのか……?」

「え?俺ですか?……いえ、迎えに来たんですけど……」

「……」

「……」


まさか、とデジャヴを覚える俺たち。
だが今回はきったねぇ字の果たし状もなければ部屋も荒らされていない。
状況からして、岩片がひとり勝手にフラフラしてるのは明白だ。


「わりぃな、わざわざ迎えに来てもらったのに」

「いえ、そんなことはないんですが、……それなら尾張君、一緒に教室までどうですか?」

「……そうだな、腹も減ってきたしそろそろ出るか」


一人でいては余計なことをネチネチ考えてしまいそうで、それなら岡部と一緒にいた方がましだ。
そう判断した俺は岡部とともに部屋を後にした。


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