馬鹿ばっか


 53

不意に、ちらりとこちらを見る政岡と目があう。すぐに逸らされた。
それにしてもなんなんだ、この余所余所しさは。
あまりにも馴れ馴れしくされるのも気になるが、相手は政岡だ。こうももじもじされるとやはり薄気味悪い。
そんな政岡に適当に笑い返しながら、俺はテーブルの上にグラスを乗せた。


「ほら」

「あ?」

「さっきのまともに飲んでなかったんだろ。これで良かったか?」


恩を着せるつもりはないが、飲み物なくなったままでは可哀想だったのでついでにと用意した政岡の分を渡す。
「あ」と少しだけ驚いたように目を丸くした政岡だったが、


「あ、あり……有り難くもらってやる、感謝しろよ!」


なんでツンデレ風なんだよ
コーヒーの方がよかっただろうかと少し気になったが、受け取ってくれるやつに少しだけ安堵する。
「はいはい」と笑いながら再び席についた俺はコーラを寄せる。


「政岡って結構抜けてんのな」

「……ぬっ、抜けてねえよ、別に!」


何気なくからかってみれば、政岡はムキになって否定してくる。
岩片が政岡で遊ぶのを面白がっていたが、なんとなく分かる気がする。
こんなに露骨に反応をもらうと結構楽しかったり。
それに、政岡には前回多人数の前で恥をかかされているわけだし。いや別に根には持ってないけどな、うん。
だけどもう少しだけ弄ってみるのも楽しそうだ。

なんて、「そうか?」と込み上げてくる笑いを抑えずに更に突っ込んでみたときだった。


「……お前のせいだよ……っ」


歯を食い縛った政岡は、唸るようにそう低く吐き捨てた。
赤面したやつの言葉の意味がわからず、「は?」と思わずアホみたいな顔になった時。


「お前の顔を見てると、あの時のことを思い出して調子狂うんだよ……ッ!」

……あの時?い、いつだ……。
心当たりが有りすぎて悩んだが、すぐにわかった。
まさか、あの時か。
まともに政岡と話したあのとき、全裸になって逃げ出すハメになったあの事件を思い出した。
同時に、全身を巡る血液がカッと熱くなるのがわかった。


「おっ、お前……食事しながらなんつーこと思い出してんだよ……」

「だって、さっきから喋るたびにぷるぷるしてて、思い出すなっつー方が無理だろ!」

「ぷるぷ……ッ!?」


俺、そんなに揺らしてたのか?!
いや、そんなはずはない。というか何を言い出すんだこいつは。
恥ずかしそうに頬を赤らめ、目を逸らす政岡に、こっちの方が穴に入りたくなる。


「初めてだったんだよ、俺……」

「は、初めてっ?!」

いや、そんな遊んでますって感じのくせに、え、まじで童貞?フリなわけ?全部?
つーか本当何を言ってるんだ、訳がわからない。
あまりの恥ずかしさ諸々で頭がこんがらがってきて、なんかもう周りに人がいないだけでもましだが、いや全然よくない。こんな場所で自分の下半身への熱い想いをぶつけられて喜べるような特殊性癖、俺は持ち合わせていない。


「お、おい……政岡……」

「責任、取ってくれるよな」

「責任って、いや、落ち着けよちょっと」

「落ち着けるか!こんなこっ恥ずかしいこと言って、自分でもやべーって思ってるけど、だけど、忘れられないんだ……お前の感触が!」

「ッ?!」


いきなり、空いた方の手を握り締められる。
両手で強く握り締められ、頭の中が真っ白になった俺は驚きのあまりグラスを落としそうになったがなんとか寸でのところで持ち堪えた。
堪えたけれど。


「っ、そういう話なら、勘弁してくれ……」


あまりの動揺で、「この変態が!」とぶん殴ることも「面白い冗談だなー」と笑い返すことも出来ず、つい、そんな言葉が口から出てしまう。
政岡から手を離した俺は、赤くなる顔を隠すように慌てて席を立った。

我ながらかっこ悪いと思ったが、調子狂わされていたのは俺だったようだ。
コーラと政岡を残したまま、俺は食堂を後にした。



「あっ、おい!尾張!」

「あーあ、会長嫌われちゃったねー」

「き……嫌われただと……?」

「どんまーい!」
「どんまーい!」

「……嘘だろ……」



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