馬鹿ばっか


 47



『そういうことだから、緊急職員会議始めるからお前らはさっさと教室に戻れ。ああ、わかっているだろうが議題はそこにいる四名の生徒の処罰についてだからな』


そういう理事長に追い出され、俺は寮まで戻ってきた。
通り過ぎていく生徒たちの腫れ物を触るような態度は今までと変わらないが、ただ一つ、今までとは違い俺の隣にはあいつがいた。


『いやーあいつらのあの顔、最高だったな。思い出しただけで3回は抜けるな』

『……』

『あ?どうしたんだよ、相変わらず湿気た顔して。……ああ、お前は退学になりたかったんだっけ?残念だったな』


一人べらべらと喋っては厭味ったらしく笑う岩片凪沙に俺は目を向けた。
分厚いレンズ越し、その奥の瞳は見えない。
だけど、レンズがあってもなくてもこいつの本心は見えないことには変わりないだろう。
だから、


『……お前、なにを企んでんだよ』


人気のない通路。
見計らって足を止めた俺は、隣の岩片を睨むように見下ろした。
同様立ち止まった岩片は釣られるように俺を見上げ、そして笑う。


『はは、企むってなんだよ。面白いなーハジメ君は』

『なんで俺を助けたんだ。なにも目的なくただ助けたわけじゃないんだろ』


あの日、確かに俺はたまたま通りかかった校舎裏で囲まれていた岩片を見付けた。
だけど、仲裁になんか入っちゃいない。
楽しそうに岩片を罵るあいつらが目障りで、耳障りで、気付いたら勝手に体が動いていたのだ。
あいつらの怪我は、全て俺がした。
現場の写真を用意している岩片の手元には俺がやつらに手を出している写真も勿論あるはずだ。
なのに、こいつは俺をさも恩人かのように仕立て上げた。
その事実が、ただただ不気味で、気持ち悪くて。



『……結構、お前って自意識過剰なんだな』


押し出すように呟く岩片は言うなり笑う。
わずかに、奴を取り囲む空気が変わった。


『……は?』

『自分が、俺がお前のためになにかわざわざしでかそうとするほどの価値があると思ってんのか?……ほんと、可愛いな』


バカにしてんのか、と顔の筋肉が強張り浮かべていた笑みが引き攣った。
拳を固く握り締め、やつを睨み付けようとしたとき。伸びてきた手に胸倉を掴まれる。
そして、背伸びするようにしてやつは俺にぐっと顔を寄せた。


『お前、退学になってもいいっていったな。どうなってもいいって』

『……それがなんだよ』

『なら、俺の親衛隊になれよ』


『は?』


一瞬、脳味噌が凍り付いた。
なにを言い出すと思ったら、本当になにを言い出すんだこのモジャ男は。
親衛隊といえば、あの生徒会のやつらについてるようなファンクラブみたいなあれだろ。なんで俺がこいつのファンクラブに入らなければならないんだ。意味がわからない。


『あのな……』

『べつに、今すぐ退学になりてえなら構わないぞ。これを出してきたらお前の処分も元のものになるはずだ』


そういって目の前に突き付けられたのは、先ほど一度も登場しなかった俺の写真だ。
やはり、こいつは俺がカツアゲグループを殴った写真を持っていた。
そのことに然程驚かなかったが、嫌な予感は拭えなくて。


『その代わり、退学になったお前の人生を更に滅茶苦茶にして俺がお前ごと買ってやる』


案の定更に意味のわからないことを言い出した。
しかも目が笑っていないんだがこいつはあれか、電波な危ないやつか。


『買うとか、意味わかんねえし。なんなんだよ、お前。なんで一々俺に絡むんだよ』

『あんたと一緒に笑いたい』

『はい?』

『それだけじゃダメなのか』


真面目な顔して、当たり前のように答える岩片凪沙に俺は言葉に詰まる。
まさか、とは思っていたがコイツまじなタイプの頭可笑しい子なのか。
初対面に近い赤の他人である俺に対し、よくも恥ずかしげもなくそんなことを言い出すわけだから本当こいつ頭湧いているというかなにをいっているんだ、ほんと意味わかんない。意味わかんないし。つかなんで俺のが恥ずかしくなってんだよ、意味わかんねえ。


『だ……ダメに決まってんだろ、第一、なんで俺なんかと、……は?頭可笑しいんじゃねえの?』

『俺、頭可笑しいんだよ』

『ほらな……』

『頭可笑しいから、ハジメ君が全部どうでもいいとかいったらすぐにでも俺のものにするかもよ』


え、と顔を上げた先にはやつの顔がすぐそこにあって。
真剣な声に、心臓が弾んだ。
ただの戯言だと、聞き流すこともできたのに。
いや、いまのはただの強がりだ。
見えない相手の目に睨まれた体は動けなくて、馬鹿みたいに全身の体温が上昇する。
顔が熱くなって、息が苦しくて。
心の底から他人に求められたのは、何年ぶりだろうか。
中学の時、入っていたバスケ部の大会の前日、俺が他校のやつと問題を起こしたあの日までは毎日感じていた喜びが、今、全身に蘇る。
目の前にいるのはチームのやつらではないし、必要にされているのだって、どうせろくでもないことだけど、それでも。


『……』


自分のことがどうでもよかった。
チームのためとはいえ、立場も弁えずに頭に血が上って暴力を奮うという短絡的な自分が。
仲間から見放され、軽蔑され、信用すらしてもらえなくなる自分が。
いっその事、このまま堕ちるところまで堕ちて消えていけたらいいと思ってた。
だけど、そうだな。


『勿論、楽しませてくれるんだろうな』

『当たり前だ。余計なこと考えられなくなるほどお前を楽しませてやるよ!』


薄っぺらい言葉。
こいつになにを期待しているのかわからない。
自分が求めていたものが、居場所が、本当にここで合っているのかなんてわからないけど、それでも、どうせ堕ちていくのならば一人だろうが二人だろうがどちらでもいい。


『じゃあ、俺があんたを守ってやる』


なにからなんてわからない。
だけど、そこが居場所というのなら、しがみついてでも離さない。
そこが変人の隣でも、俺の居場所がある限り、そこを守る。
こんなこと言うような柄じゃないのに、岩片の影響というのは予想以上に既に俺の中では大きくて、もしかしたら早速変人が感化してきているのかもしれない。
それでも『当たり前だろ』と頭を撫でてくる手が気持ちよくて、悪くないとも思えてしまうのだから俺はもう手遅れだろう。


それから数ヶ月、岩片の変態性癖を知り、散散玩具にもされてきたが岩片の隣にはまだ俺の居場所は顕在している。
あいつは約束通り俺にまともに休む暇すら与えないほど問題ばかりを持ってきた。
だけど、それが無理難題であればあるほど磨り減っていた感性は豊かになり、生甲斐というものを感じた。
多分、俺はあいつが言うようにドMなのかもしれない。
この際どうでもいいが。

岩片に捕まって数ヶ月、未だ心の底から笑ったことはない。

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