馬鹿ばっか


 30

「なに?え?首好きなんだ。へー、お前マニアックなやつだよなー」


こいつに言われるとムカつく。
好きでこうなったんじゃねえよと言い返そうとした時、徐に首筋を擽られ、ぞくっと全身が震える。


「っん、ゃ……っやめ、」


ただの皮だ。
そうわかっているのに、そっと触れるか触れないかのもどかしい手付きで首をなで上げられれば、頭の中が真っ白になって、何も考えることができなくなる。
グツグツと煮え滾る全身の血液が首と下半身に集まり、息が乱れはじめた。
空気を取り込むのが精一杯で、開いた口からは吐息混じりのうめき声が漏れる。
もどかしい感覚にもぞりも身じろぎすれば、目を丸くした五条は顔を引き攣らせるようにして笑った。
そして、口元を手で覆う。


「あー、やばい。すっげードキドキしてきた。俺顔大丈夫?変な顔になってない?」

「元から、だろ……っ」

「やめろよ、ゾクゾクするだろ」

「っ、マゾ野郎が」


本当、嫌になる。
ぐっと全身に力を込め、五条を睨みつければ、うっすらと頬を緩めた五条は笑い、制服から取り出した何かを顔に翳す。
それがデジカメだとわかった時には、もう遅い。


「その目、堪んねえ」


音も立たない、発光もしない。
この間見た時と違うカメラだったが、電化製品に疎い俺でもそれは最新のものだとわかった。
どうせ、これもまた自室や部室のパソコンに送るようしてるんだろう。


「……っ」


撮るな。
そう言い返したかったが、性格がひん捩れたこいつのことだ。嫌がれば五条を喜ばすことになりかねない。
だから、俺は煮えくり返りそうになる腸を落ち着かせ、必死に平常を取り繕う。


「……なぁ」

「あ?」

「それ、撮ったやつどうすんの?売ったりしちゃうわけ?」


気を紛らせるためか、俺は咄嗟に尋ねていた。
やつから何か引き出して、打開策を考えるためもあった。
このまままな板の上の鯉を演じるつもりはない。
そんな俺の意図もしらずか、五条は「え」と凍り付いた。
なにそのリアクション。


「ん、そうだなー……どうしよ。マニアに売ったらかなり取れそうだけど、せっかくの筆卸だもんなー。俺の秘蔵フォルダに入れて俺だけ見れるようにするってのもなかなか興奮するしなぁ。うわ、まじどうしよう。考えてなかった」


まじで反応に困り出したと思えば、ぶつぶつと真剣に考察をしだす五条に冷や汗が滲んだ。
どちらも勘弁したいところだが、このくらい迷いが合ったほうが揺さぶりかけやすい。
強張る筋肉を動かし、俺は笑みを作った。


「なら、これ解けよ。どうせならちゃんと写真撮ったほうがいいだろ。保存するにも、ばら撒くにも」


そんなこと死んでも阻止したいが、今はそんな事言っている場合ではない。
笑いながら、そう相手を見れば目があった。
こちらを伺うような、冷めたその眼にどきっと心臓が跳ねる。
五条がこんな目をするとは思わなかったのだ。


「な、なんだよ。その目は」

「……いや、なんかさーお前急に変わったよな。性格」


先程までのテンションはどこに行ったのか、うーんと唸る五条はジロジロと俺を見下ろす。
腹を探るような視線はいつでも気持ちが悪く、胸のざわつきは収まるどころか悪化するばかりで。


「この前は俺ボコってまで写真消そうとしたくせに」


落ち着け、俺、ここで下手に取り乱せば怪しまれる。
せっかく、この拘束を解かせてもらえそうなんだ。
黙っていては不自然だと思い「いや、その、あれは」と口籠った時、俺はとある違和感を覚えた。


「わざわざ部室にまで乗り込むんできたんだからよっぽど写真嫌いかと思ってたんだけどなぁ。……なんか、すっげぇ怪しいし」


そして、すぐに違和感の正体はわかった。
なんでこいつ、俺が写真の削除目的で部室に入ったこと、知ってるんだ。

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