馬鹿ばっか


 19

「よかったな、ハジメ。今年、俺の素顔を見たお前が初めてだ。おめでとう。いいことあるぞ」


目の前の赤目黄髪はにやにやと特徴的な品のない笑みを浮かべながらそう告げた。
聞き覚えのある、声。
というか、間違いなく、岩片なのだろう。
目の前のこの優男が。
わかっていたが、岩片をあのもっさいものと認識していた俺は化けの皮を剥いだ岩片の姿に戸惑わずにはいられず、しかも、なんか、赤の他人に押し倒されてるみたいで酷く混乱した。
いや別に知人になら押し倒し大歓迎というわけではないが。


「……現在進行形で最悪なんだけど」

「なんだ、お前はこっちの方が好きなのか?」


呆れてなにも言えない俺に対し、目の前の黄髪男は俺の手からもっさりとした鬘を奪い、それを被った。
目元にかかりそうなくらいの量の多い黒髪に口許に浮かべる見覚えのある下品な笑み。
間違いない、岩片だ。
ただ違うのはあのコントみたいな瓶底眼鏡だけだ。


「ふざけんな、冗談は顔だけにしろ」

「冗談みたいにかっこいい顔だってか?」


うっせえわボケ。


「どういうつもりなんだよ、お前。大体、なんだよそのコスプレ、なんでわざわざそんな格好して……」

「ストーップ」


一気にたくしまくろうとしたとき、顔面に伸びた岩片の手でぐにっと頬を掴まれ強制的に言葉を遮られる。


「ハジメ、状況を整理しようとするその努力は偉い。褒めてやる。だけど俺はそんな色気のない会話をするつもりはないしお前だってわかってんだろ、自分がなにされるかくらい」

「全く理解出来ないな」

「そんな馬鹿に育てた覚えはないぞ」


俺も、育てられた覚えはない。
ぐっと頬を潰してくる岩片の手に後頭部を座面に押し付けられ、小さく呻いた。
顎が軋む。
なんつー馬鹿力だよ、貧弱な体してるくせに。
なんて悪態吐きながら俺は頭を押さえ付けてくる岩片の腕を離そうとその華奢な手首を掴んだとき、がら空きになった腹部に岩片の手が伸びる。
乱暴に着ていたシャツを捲られ、そのまま腹部をまさぐられた。


「っ、どさくさに紛れてどこ触ってんだ!こら!」


焦りすぎて、なんか小さい子を怒るような口調になってしまう。
岩片は笑うばかりで服の下の手は止まらない。


「それで抵抗してるつもりかよ。それとも、突っ込んでもらいたくてわざと手ぇ抜いてんのか?」


「かわいいやつだな」と笑う岩片に指の腹で腹筋をなぞられ、腰がぴくんと跳ねた。
分かりやすい挑発に顔に熱が集まる。
それが怒りなのか、それとも羞恥なのかすらわからない。
全身の血がかっと熱くなるのを感じたとき、腹の底からむかっとなにかが込み上げてきた。

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