04※
男子便所の個室。
壁に寄り掛かる阿賀松の前に、俺は膝立ちになって阿賀松を見上げた。
「ほ……本当にやらないとダメですか……?」
「今さら何言ってんだよ」
「で、で、でも……っ」
やっぱり無理だ。男のを口に咥えるなんて。
阿賀松の言う頼みとは、『フェラをしろ』というものだった。
全裸で買い物をしろとかそんなとんでもない事を言われるんじゃないかとヒヤヒヤしていた俺は、「なんだフェラか」と胸を撫で下ろしていたがいざとなると躊躇する。阿賀松のを目の前にして、俺は目のやり場に困った。
「さっさと咥えろよ」
中々しゃぶろうとしない俺に痺れを切らしたのか、阿賀松は小さく舌打ちをし乱暴に個室の壁を蹴る。
阿賀松にとっては軽い脅しのようなものだったが、それは俺に効果覿面だった。ゴッと鈍い音を立てる壁に、俺は顔を強張らせおずおずと阿賀松の下腹部に顔を近付ける。萎えきったそれを指で軽く持ち上げ、そこで俺は固まった。
これから、どうしたらいいんだ。フェラなんてされたこともないし、ましてやしたことすらない俺は次の動作に悩む。
「ユウキくーん、はーやーくーしてくんねえかなあ」
あまりにも手際の悪い俺に、阿賀松は苛々したように俺を見下ろした。
阿賀松の機嫌を損ねたくない俺は、目をぎゅっと瞑り慌てて先端を口に含む。
ああ、お父さんお母さんごめんなさい。なぜか謝らずにはいられなくなった俺は、若干半泣きになりながら脳裏で両親の顔を浮かばせた。思った以上に気まずくて、俺は慌てて首を横に振る。
「ハハ、へったくそだなーユウキ君は」
頭上から落ちてくる阿賀松の笑い声に、俺は顔の中心に熱が集まるのを感じた。
初めてだから、当たり前だろう。勇気を振り絞って舌先で先端を舐めるが、あまりの嫌悪感で軽く触れるだけのような形で終わった。
「そんなにタラタラしてたら朝になるかもなあ」
「……ら、らっへ……」
咥えたまま、俺は眉を八の字に寄せた。
それは困る。でも、初めてフェラをする俺には阿賀松を満足させるような術はないし、勇気もない。
「もっと舌使えよ」
「んん……っ」
「裏の方、舌全体で舐めて」
注文が多いやつだと思ったが、もしかしたらモタモタしている俺へのアドバイスだったりするのだろうか。
俺は一旦阿賀松のものから口を離し、軽く持ち上げるようにして裏筋に舌を這わせる。
舌先に力を込め、阿賀松に言われるように舐めると舌の上のそれが硬くなった。
いまの、良かったのだろうか。俺は恐る恐る阿賀松を見上げる。
「集中しろ。ヘタクソ」
仄かに頬を赤く染めた阿賀松は、眉間にシワを寄せ俺の顔を見た。慌てて俺は阿賀松から視線を逸らす。
阿賀松に言われるがまま、俺は舌を使ってそれを愛撫した。ようやく半勃ち状態になった阿賀松と、舌をつりそうになる俺。
「じゃあ、今度は口に咥えて」
「……ふぁい」
阿賀松の言われる通りにして阿賀松が満足するなら構わない。俺は必死に嫌悪感を堪えながら、口を開き阿賀松のものを咥えた。それと同時に阿賀松に後頭部を押さえ付けられ、それは喉奥に当たりそうになる。
「ふ、んぐ……っ」
あまりにもいきなりの阿賀松の行動に、俺は目を見開き阿賀松を見上げた。
「歯ぁ立てたら玉潰すから」阿賀松は薄く笑いながら、俺の後ろ髪を軽く引っ張る。
慌てて口を離そうとするにも後頭部を押さえ付けられているせいで身動きが取れない。俺は壁に両手をつき、あまりの息苦しさに涙を滲ませた。
「んむ……っ」
阿賀松は俺の頭を掴んだまま、無理矢理前後させる。
上手く息ができない。何度も喉奥に当たる硬いものに、俺は嗚咽しそうになる。
阿賀松は顔を歪める俺を見下ろし、楽しそうに笑った。
「ユウキ君の唇、まじ気持ちいいから」
歯が当たらないように気を付けていたおかげで唇に力が入ったのだろう。息を荒くする阿賀松。
もしかして、もしかすると、そろそろくるんじゃなかろうか。そう思ったと同時に、口の中でドロリとした熱い液体が吐き出される。
慌てて顔を離そうとしたが、阿賀松に強く頭を押さえ付けられ喉の奥で射精された。
「飲んで」
阿賀松は俺の口から吐精したばかりのそれを抜き取れば、そんなことを言い出した。
俺はだらりと口から垂れる精液を慌ててトイレットペーパーで拭い、口の中に残ったもの喉に流し込む。
粘着質な液体が喉に絡み付いて、俺はちょっと泣きながらそれを飲み込んだ。
不味い。
「の、のみまじだ……」
「まじで飲んじゃうんだ。俺なら即吐くけどね」
ちょっと引いたような顔をする阿賀松に、俺は精神的なダメージを受ける。
なら最初からいうな。少しムカついたが、もちろん顔には出さない。
「じゃあ、綺麗にしろよ」
まるで靴下を履かせてという子供のようにいう阿賀松に、俺は少し躊躇うが、言われた通りに渋々舌を這わせそのまま全体を口に含んだ。
「そのまま吸って」阿賀松に促され、俺は言われた通りに喉を押さえるように吸い上げる。
「そうそう。よくできました」
口の中に広がる精液の味に、俺は顔をしかめる。阿賀松は茶化すような口調で言えば、俺の頭を撫でた。褒められているはずなのに不思議と嬉しくない。
俺は阿賀松のから顔を離した。
「……もういいですか」
「ああ」
口許を手の甲で拭いながら、俺は立ち上がった。
「もう少し勉強しねーとな」阿賀松はにやにやと笑いながら、服を整える。
こんなこと、もう二度とごめんだ。俺は顔を強張らせながら、阿賀松から顔を逸らす。
「んじゃ、またな」
個室から出た阿賀松は、やけにスッキリした顔でそのまま男子便所を後にしようとする。
いやいや話が違うじゃないか。洗面台で口を濯いでいた俺は、慌てて帰ろうとする阿賀松を追いかけた。
「せ、先輩…!!」
「は?なんだよ。突っ込んで欲しいの?」
「ち、違います。か、鍵……っ」
すたすたと廊下を歩いていた阿賀松の服の裾を掴み、俺は無理矢理引き留めた。
まさか、最初から貸す気なかったとか言わないだろうな。
有り得ないことでもないだけに、俺は内心冷や汗を滲ませる。
「ああ。言ってたな、そんなこと」阿賀松はいま思い出したと言わんばかりの涼しい顔でそんなこと言い出した。
なんのために俺がしたくもないことをして、飲みたくもないものを飲んで引かれたと思ってるんだ。
流石に頭にきたが、ここでキレたりしたらカードキーが手に入らないかもしれない。俺はぐっと怒りを堪えながら、「はい」と頷いた。
「どこに入りたいんだよ」
「え、しょ……昇降口」
「じゃあ、行くか」
「えっ?」
阿賀松はそれだけを言えば、エレベーターに向かって歩き出した。
まさか、着いてくるつもりなのだろうか。
いや、確かに一人よりか誰かいた方がいいかもしれないが、だからって阿賀松と二人きりは怖い。
考え事をしているうちに、すたすたと歩く阿賀松の背中は離れていく。
「……まっ、待ってください」
俺は慌てて先を歩く阿賀松の背中を追い掛けた。
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