天国か地獄


 22※

「っ、何、言って……んだよ……灘君……っ」

 聞き間違いかと思いたかった。
 呆れる俺同様、ほんの一瞬、微かに縁の顔が引き攣ったような気がした。

「そういうことなので、これ、外してもらって構わないですよね」

 そんな俺達に構わず、相変わらずの調子の灘はそう言って自分の手元に目を向けた。

「へー、驚いた。ヤケに乗り気じゃねえの?けど、お前勃つわけ?」

「何にも感じないお前が」と、言い足す縁に灘は何も言わない。そうだ、というかそれ以前の問題だ。怪我をしている灘が無理をする必要はない。
「灘君」と、宥めるが灘は「問題ありません」と応えるだけで。

「ま、いいや、どうせお前無理だろうから俺が用意しといてやるよ」
「そんなことはどうでもいいので早く枷を外して下さい」
「……本当、白けるやつだよな、お前」

 不服そうにしながらも、縁は椅子の裏側に立ち、何やら細工をする。
 すると、ガチャリと小さな音を立て、灘の両腕の拘束具が外れた。

「……」
「そんじゃ、俺ちょっと準備があるから齋藤君、そいつが妙な気を起こさないよう見ててね」

「よろしく」とひらひらと手を振り、楽しそうに笑いながら縁は元寝室を後にする。
 扉が閉まったかと思いきや、すぐにロックが掛かった音が聞こえた。
 つまり、この時点で縁にしか開けることができない密室が一つ出来上がったというわけだ。
 けれど、今は目の前のこの男だ。
 相変わらず涼しい顔をして立ち上がる灘は肩を軽く回す。折れた指など、全く気に留めないまま。

「あの……灘君、ゆっ、ゆ、指が……っ」
「ああ……心配は無用です」
「で、でも……」

 変な方向に曲がってるし、包帯にも赤い血が滲み出している。直視することが出来なくて、それでも見なかったことにするわけにもいかない。
 縁はああ言っていたが、全部縁の勝手な推測かと思っていた。けれど、ここまで飄々とした灘を見ていると、それがただの強がりに見えなかった。

「あの、灘君……縁先輩が言っていたのって、本当なのか?」
「痛みがないということですか?」

 言葉に詰まり、代わりに、俺は頷き返す。
 演技にしては、逸脱しすぎている。
 ないから大丈夫だとは思わないが、縁がいない今なら答えてくれるのではないかと思った。

「はい、大体はあの男が言っていたことと何ら変わりないです。厳密に言えば痛みがないというわけではなく、一般の方よりもそういう感覚が鈍いというだけですが」
「……じゃあ、痛いよね、やっぱり……」
「齋藤君が気にする必要はありません」
「そ……そんなこと、ないよ……!だって、灘君……やっぱり考え直そうよ、そんなの、このまま悪化して後遺症にでもなったら……」
「考えを改めるつもりもありません。それに、後遺症云々を心配しているのならもう手遅れです」
「……え?」

 手遅れ、という不穏な単語に、息を飲む。
 確かに、灘が病院に残ってから今までの期間のことを考えて、治療もせずに放置されているとなったら既に手遅れになっていても遅くない。けれど、でも、だからって、このまま。

「……齋藤君」

 不意に、頭にぽんと手を置かれた。
 折れてない方の、灘の手はぎこちない動きで俺の頭を撫でる。

「な、灘君……っ」
「申し訳ございません、自分の言い方が悪かったですね。……元々、今の俺は後遺症みたいなものです、なので、これ以上何かが重なったところで変わらないと言いたかったんです」

 自虐的な言葉なのに、そう口にする灘はやはり他人のことでも話しているような節があった。
 気になったが、これ以上聞いてはいけない気がして、代わりに、俺は灘の手を取った。体温の通っていない、冷たい手。包帯の下の傷のことを考えたら握り締めることは出来なかったが、それでも、手を離したらどこかへ行ってしまいそうな気がしてならなかった。

「でも、これ以上灘君が何もする必要はないよ」
「齋藤君はあの男が良いんですか」
「え、いや、そういうわけじゃないんだけど……でも、灘君だって、こんなときに……その、俺を……」

 自分で言っていてすごく死にたくなってくる。
 灘は嫌じゃないのだろうか、縁に玩具のように扱われて。
 逆らおうと思わないのだろうか。
 思うように言葉が出てこなくて、押し黙る俺に灘は「齋藤君」と俺を呼ぶ。

「貴方をあの男の好きにさせたら間違いなく貴方は無事では済まないです」
「そ、それは……」
「それだけは絶対にあっては為らない事だ」
「……」

 灘の言葉は、いつだって冷静で、冷たい印象があった。
 けれど、今の灘の言葉は冷静ではないことはよく分かった。だってそうだろう、自分の身よりも他人を案じるなんて。
 そこまで考えて、俺と灘の意見がどうして噛み合わないかに気付いた。自分がどうなってでも、相手の被害が少なければそれでいい。そう思っているからだ。だから、俺達の意見は相容れない。

「……灘君」
「貴方が嫌だと言っても譲るつもりは毛頭ありませんのでご了承下さい」
「灘君、俺を庇うように芳川会長に言われてるの?」

 だとしたら、灘の耳に届けなければならない。俺が会長にとって不要とされたことを。もう、身を呈してまで庇う必要はないと。
 けれど、微かに。灘の目が細められる。分かりにくい灘だけれど、今のは、少しだけ分かった。
『困惑』だ。灘が、迷っている。

「あの、灘君、それだったらもう俺を庇う必要はないんだよ。俺、芳川会長から嫌われたから……だから、もう、ここまで無理する必要は……」
「……齋藤君」
「だから、お願いだから、自分を大切に……」
「友人の一人も助けることのできない自分など……大切にする必要はありません」
「……ッ、灘、君……」

 真っ直ぐでいて、それでいて頑固で。
 志摩が意見を変えない俺に対していつも『石頭のわからず屋』と怒っていたが、今ではその気持ちが分かる。
 どうしてここまでするのか、俺には分からなかった。けれど、灘の言葉に、ぎゅっと胸が苦しくなって、顔が熱くなった。
 場違いだと分かってる、不謹慎だとも。それでも、その言葉が嬉しくて。
 こんなの卑怯だ。そんな風に言われたら、どう言えばいいのか分からなくなるじゃないか。
 分かってて言ったのか、無意識にしろ、質が悪い。

「……あの男が戻ってきたようですね、齋藤君、手錠お借りしますよ」

 一人悶々していると、いきなり、空いた手錠を取られる。
 腕を引っ張られ、どうするつもりなのだろうかと釣られて顔を上げたたときだった。
 ガチャリと音を立て、もう片方の鉄の腕輪は灘の手首に嵌められる。

「っ、なに、して……」
「こうすれば貴方は俺から離れられないでしょう」
「な、灘君……っ!」
「あまり暴れないで下さい。……痛いので」

 さっきまで痛みはないだとか言っていたのに、涼しい顔してそんなことを言い出す灘に俺はもう生きた心地がしなかった。
 侮っていた。いや、俺は知っていたはずだ。灘の任務遂行に対する無茶ぶりを。

「……っ灘君って、結構力技だよね……」
「栫井君に言われたことがあります。石頭馬鹿と」
「……」

 今なら栫井の気持ちが分かる気もする。

「お待たせ〜」

 間もなくして扉が開き、満面の笑みを浮かべた縁が戻ってくる。
 その手には鞄が握られていて。
 縁のいう準備のことも気になったが、それよりも。

「なぁに?それ。仲良しアピール?」

 言いながらも口調とは裏腹にその目は笑っていない。
 嫌な予感がして、慌てて隠そうとするけど灘はそんなこともせず寧ろ繋がった腕を掲げる。

「どう使うかは指定されていなかったので」
「まぁーいいけどさぁ、齋藤君可哀想。すっげー嫌がってるし」
「……」

 しまった、顔に出てしまっていたようだ。
 慌てて首を横に振るも、この手錠が俺達の枷になることには間違いないだろう。そう思うと、せめて灘だけは自由でいて欲しく思った。

「おい、灘和真」
「……なんですか」
「プレゼント」

 そう、鞄の中から取り出したそれを縁は床の上に投げ捨てた。
 ごろりと音を立て、落ちるそれは子供の腕くらいあるのではないだろうかと思うほどの太さのシリコン製の歪な形をした棒で。なんだろうかと手に取ってみれば、それが男性器を象っていることに気付き、うっかり落としそうになる。

「っ、な……ッ、これ……」
「優しいだろ、罰ゲームとは言えど齋藤君が気持ちよくなれなかったら可哀想だよな〜って思って、用意してきたんだよね。齋藤君、伊織の腕でも平気なんだろ?なら、太い方がいいかなって思って」

「どう?これ、もっとイボイボしてた方が良かったかな?」と嬉しそうにその表面を撫でる縁に、血の気が引いていく。
 冗談だろ。平気なわけあるか。あれだって、病院に突っ込まれるハメになってるというのにこんなもの入れられてみろ、治った傷がまた開くのは間違いない。

「それか、これ」

 そう言って、縁は灘の腕を強く引っ張り、その手に何かを握り込ませた。
 微かに見えたそれは銀の袋に入っているように見えた。

「無機物に頼るのと、薬使うの。好きな方選べよ、灘」
「く、すりって」

 嫌な単語に、耳を疑った。
 笑う縁に、灘は何も言わない。けれど、縁のことだ。それがちゃんとした薬かどうかも分からない。

「ダメだよ、灘君……そんなもの使っちゃ……ッ」
「そんなものだって、酷いなぁ齋藤君。心配しなくても、灘の感覚が少しマシになるだけだって」
「そんなことしたら、傷の痛みが……」

 そうだ。今だからこそ堪えられているそれに拍車を掛けるような真似をするのはあまりにも危険過ぎる。
 けれど、とディルドに目を向ける。
 人を殴ったら凶器になるのではないだろうかと思うほどの質量に、目の前が真っ暗になる。

「あぁ、それと、せっかく持ってきてやったんだから絶対どっちか使えよ」
「そんな無茶苦茶な……」
「だって、じゃねえと絵になんねーだろ?」

 ……絵に?
 その言葉が引っ掛かって、聞き返そうとしたときだった。
 先程まで無言だった灘が、縁から受け取った薬を飲み始めているではないか。

「な、灘君……?!ダメだって、灘君……!!」

 何があるのかも分からないのに、と慌てて止めようとするも時既に遅し。
 ごくりと喉仏が上下し、口にしたものたちが喉奥へ押し流されたのだろう。血の気が引く。

「大丈夫?灘君、具合は……」
「問題ありません」
「当たり前だろ?俺がそんな危ないもの使うわけねーじゃん」

 どの口が言うかとかそんなツッコミをする気にもなれなかった。俺は灘の様子を伺うが、本人の言う通り、今のところ異変はないようだ。
 けれど、気が抜けない。

「なので、これは不要です」
「ぁ……っ」

 俺からディルドを取り上げた灘は、それを縁に突き返す。
 縁は怒るわけでもなく、ただニヤニヤと笑いながらそれを「はいはい」と受け取った。

「齋藤君は?飲まなくていいの?」
「の、飲みません……絶対……」
「齋藤君はそこの馬鹿と違って賢いね」
「……本当に、大丈夫なんですよね」
「逆に聞くけど、齋藤君は俺が『大丈夫』だといってそれを鵜呑みにしてくれるの?」

 笑う縁に、その言葉の真意に気付いてしまった俺は『ああ、やっぱり』と思った。
 ろくなことはないと思っていたが、やはり、何か企んでいることに違いない。

「……っ灘君、やっぱり吐き出そう、いまならまだ……」

 間に合うから、と言いかけた矢先だった。
 伸ばし掛けた手を、灘に取られる。

「な、灘君……っ?」
「……俺は問題ありません」

 そう、灘は口にした。
 それが強がりだというのは直ぐに気付く。
 手首を掴む灘の手が、触れられた箇所が溶けそうな程熱いのだ。
 傷が悪化して炎症を起こしているのだろうか。そう思ったが、違う。何やら様子が可笑しい。

「灘君、やっぱり、無理しちゃ……」

 ダメだよ、と、灘の肩を掴んで座らせようとした時だった。
 手錠で繋がった腕を強く引っ張られ、抱き寄せられる。
 思わず灘に凭れかかってしまい、慌てて退こうと体を捩らせれば唇を塞がれる。

「っ、な、だ、くん……っ」

 何を考えているんだ。いや、分かったが、分かったけど、だからこそ理解できなくて。
 咄嗟に灘の胸を押し返し、離れようとすれば更に腰を抱き寄せられ、二度目のキスをされる。

「っ、ん、っ、ぅ、うぅ……ッ」

 灘の体が熱いのはやはり気のせいではなかった。唇が、触れた箇所から伝わる熱は明らかに異常に高く、舌が触れた箇所が諸共蕩けそうな錯覚に陥る。
 ヤケになっているのかと思ったが、恐らくそれだけのせいてはないだろう。
 やはり、何か他の効能もあったのだろう、あの薬には。
 横目で縁を睨めば、こちらをニコニコと眺めていた縁は軽くこちらに手を振り返してくる。
 このままでは灘の身が危険だ。
 堪えられず、俺は灘を引き離した。

「な……灘君っ、やっぱりやめようよ……もし、何かあったら……俺……ッ」
「人のことを心配するよりも、貴方は自分の心配をするべきではないでしょうか」
「っ、けど、俺は……」
「申し訳ございませんが、貴方の言うことは聞けません。『この方法』が貴方にとって最善かと判断しましたので」

 恨むなら俺を、と小さく口にする灘に胸ぐらを掴まれる。
 包帯を巻いた指先に服の裾を掴まれ、捲り上げられたかと思えば灘はシャツを咥えた。
 灘の行動に驚いて慌てて下ろそうとするも、なかなか下ろせなくて、それどころか空いた手で胸元をなぞられれば全身がぞくりと震える。

「……っ、灘、君……ッ」

 ガサついた包帯の感触に腰を引いてしまう。
 止めたいのに、灘の手を掴むことが出来なくて、せめてと灘のシャツを引っ張り、止めようとするがそれくらいで止めるはずもなく。

「灘君……ッ」

 まさか、このままするというのか。
 せめて縁がどこかに行けばいいのだが、その場を動く気配すらない。
 乳首を摘まれ、上半身が跳ね上がる。
「やめて」と、灘を押し返すが、それを無視して指の腹で転がされれば腹の奥がグズグズになって、言葉にし難い感覚に襲われた。

「……」

 何を考えているのだろうか、灘は。
 真っ直ぐにこちらを覗き込む真っ黒な目。
 灘だって嫌だろうに、ここまでする灘にただただ居た堪れなくなって。
 せめて、早く、この行為を終わらせることが出来れば。
 そう思うけど、どうすればいいのか分からなくて、俺は灘の下腹部に目を向ける。
 いや、いやいやいや、落ち着こう。俺。志摩や阿賀松たちのせいで段々自分の思考が毒されているが、流石に、灘相手にこれは流石にまずいだろう。自分のことを友人だと言ってくれた灘が頭の中に過ぎり、そのためにここまで自分を犠牲にする灘のことを考えると、恥ずかしがっている場合ではない。分かったが、分かっているが、それでも。

「……っ、ぅ、うう……」

 こうなったら、ヤケだ。
 深呼吸を繰り返し、ええいと俺は灘の下半身に手を伸ばした。
 流石に灘も驚いたらしく、俺のシャツから口を離した灘は無表情のままこちらを見下ろす。

「……齋藤君、何してるんですか」

 変わらない態度が逆に恐ろしい。
 必死にファスナーを下ろそうと試行錯誤してる俺を冷静な目で見下ろしてくる灘に俺はすごく死にたくなる。

「あ、あの……俺も、何か、その……手伝いができないかと思って……」
「……余計な真似はしないで下さい」

 怒られた。仕方ない。俺だっていきなり股間弄られたらまずその神経を疑う。
「ごめんね」と頭を下げようとした矢先、灘に顎を掴まれた。

「これ以上歯止めが利かなくなったら貴方のせいにしますから」

 それがどういう意味か分かった、分かったが、つい聞き返そうになったところに唇を塞がれる。

「っ、灘君……」

 どうせ聞き入れないと分かっていても灘の体のことを考えれば正常ではいられなかなる。それなのに俺には何もするなと言うのだ。

「……」
「や、やっぱり、俺……っ」

 やめよう、と口を開いた時。
 ハンカチを取り出した灘は、俺の顎を掴み、何を思ったのか俺の口に捩じ込んでくる。

「っ、ん、もがっ」
「……」
「おいおい、ここ防音だから声なら気にしなくていいんだぞ」
「ここまで嫌だ嫌だ言われると俺が気になるんで」
「へぇーお前みたいなインポでもそういうのあるんだ」
「……」

 つまり、俺は灘の嫌な部分を突いてしまったということか。
 謝るにも謝れず、喋ろうと口を動かせば動かす程咥内の水分が奪われ、辛くなってくる。
 ハンカチを吐き出そうとするにも、唯一自由の利く左手を動かそうとすれば手首を掴まれた。

「んっ、ぅ、んん……ッ!」

 腰を抱き寄せられ、無意識に仰け反ってしまった胸元に顔を近づけた灘は躊躇いもなく乳首を口に含んだ。
 ぬるりとした舌先が触れ、その感触から逃れようと更に胸を逸らせば背中を軽く寄せられる。
 執拗に押し付けられる唇、濡れた突起に息が吹き掛かる度に体が硬直する。

「っ、ぅ……ん……ッ」

 恥ずかしい、というのもあったが、少しだけ灘が怖くて、その反面灘の好きなようにさせるのが一番だと分かっていたが、それでも俺の言葉を聞こうとしない灘に不安がないと言えば嘘になるわけで。
 乳輪を舌先で撫で、その感触に反応して凝り始める突起にその舌が掠めただけで緊張した体が震える。

「っふ、ぅ、……っ」
「……」

 痛くないし、気を使ってくれているのも分かる。けれど、逆にその気遣いが余計居た堪れなくて、時折目が合う度に俺は言葉にならない罪悪感に囚われる。
 気持ちいいとかそれ以前の問題だった。
 縁の目が、灘のことが気になって、集中できない。感じてる場合ではないと思ってしまうのだ。それじゃダメだと分かっていても、だからこそ余計。

「……っ、んん……っ」

 折れた指が視界に入る度に目を逸らしてしまい、『やっぱりやめよう』と首を横に振る。
 けれど、それが、灘には正しく伝わらなかったようだ。

「……齋藤君」
「あーあ、齋藤君そんなにこいつのことが嫌なんだ。だろうなぁ、こいつ下手そうだし。やっぱり俺とがいいよなー」
「……」

 縁の言葉に、俺はハッとする。
 縁と代わる。それが出来れば、灘の負担も俺の気兼ねも無くなる。
 つい、その言葉に頷き掛けたときだった。
 灘に、顎を掴まれる。包帯越しからでも伝わる力強い指先に、顎の骨が軋みそうになる。

「ダメです」

 そう、一言。
「貴方が嫌でも、俺で、我慢していただきます」と、もう一言。
 いつもと変わらない無表情だったが、灘が怒ってるのが俺でも分かった。
 灘はただ単に俺が灘のことが嫌だからと受け取ったのかもそれない。
 違う、そういうつもりではないと首を横に振っても、伝わらない。口の中のハンカチを押し出そうと舌を動かせば、指でハンカチを押し込まれ、息苦しさで言葉に詰まる。

「っ、ん、ぅうッ」
「力加減が分からないので、先に謝らせていただきます。申し訳ございません」
「っぅ、んん、ん……っ」
「文句なら後からいくらでも聞きます」

 それほど、自分とはしたくないんでしょうと、灘の目が言っているような気がした。
 俺の言葉を聞く間もなく、下腹部に伸ばされた手に、手錠ごと引っ張られる。
 ベルトを緩める灘に驚いて、その腕を引っ張るが、それを無視して灘はベルトを引き抜いた。
 床に落とされるベルト。ずり下がるズボンに思わず転びそうになったが、灘の腕に抱き締められる。
 下着を脱がされなかったのは俺に対する配慮なのだろうか。下着越しに灘の指が触れ、腰が震える。
 慌てて腰を引けば余計強く性器の膨らみを揉まれ、体が硬直した。

「っ、ふ、ぐ、ぅ、っんん……ッ!」
「……」
「っ、ぅ、ッん、うぅ……ッ」

 指先に加わる力に、脳髄からつま先に掛けてピリピリとした痛みにも似た刺激が走る。緩めてほしいのに、強弱つけてやわやわと揉み扱かれれば下着越しのもどかしい感触に腰が震えて、止まらなくて。
 灘の冷めた目が余計居た堪れなくて、それでいて早速反応し始めてる無節操な自分を殴りたくなる。

「何してるんですか」

 ふわふわし始める頭の上を、灘の冷めに冷めきった声が通り抜けていく。一瞬俺の体たらくを指摘しているのかと思ったが、そうではない。灘の絶対零度の視線の先、縁方人は「え?」と笑う。緩めたズボンの下、下着に手を突っ込んだまま。

「っ、ふぐ……っ?!」
「何って、そりゃ、齋藤君がこっちに向かってケツ振ってるのが堪んなくて勃起止まんねーからシコってんだけど」
「心の底から軽蔑します。気分が悪くなるのでそれ取り出さないで下さいよ」
「なーんでお前に命令されなきゃいけないんだよ」

 言いながらも弄る手を止めるどころか灘の言葉を無視して性器を取り出す縁は自分の指を舐め、唾液を絡める。瞬間目が合って、やばい、と思い慌てて顔を逸らすが、響く濡れた音に心臓がバクバクと鳴り響いて。

「ね、齋藤君はガッチガチに勃起してるチンポ捩じ込まれる方が好きだよな?」
「っ、……、……ッ」
「薬飲まなきゃまともにできねーやつよりも自分に興奮してくれるチンポの方がいいよな」

 答えられるわけがないのに、もし答えられても絶対答えないと分かっているくせに、縁は笑いながら勃起した性器に指を絡め、上下に扱き始める。

「……縁さん」
「っ、なんだよ、てめーに名前呼ばれたら萎えるんだよ、黙って続けろよ」
「……」

 灘の目が、微かに細められる。それはもう底冷えするような視線だった。
 こんな状況で続けられるのかと思ったが、灘は縁を無視して俺の瞼に唇を落とす。
「すみません」と、一言。確かに耐え難い状況だが、それは灘も同じなことには変わらない。俺は灘の手にそっと触れ、首を横に振る。
 今更恥ずかしがる程のものではない、一人や二人、ただ人数が増えただけだ。
 本当は舌を噛み切って死にたいぐらいだが、灘の手前、そう言うことしか出来なかった。
 灘は何かを言いかけて、口を噤んだ。
 そして代わりに、俺の足元に跪く。
 繋がった手錠の鎖が小さく音を立てる。
 どうしたのかと視線を落としたとき、下腹部、臍に唇を押し付けられる。

「っ、ん、ぅ……」

 腹筋、骨盤と落ちてくる唇の感触に狼狽え、やり場に困って手で灘の頭部を押えた時、下着越し、膨らんだ性器にキスをされた瞬間、俺はハンカチを咥えていたことに感謝した。

「っ、んん、ぅ……」

 今更性の乱れがどうとか言うつもりはないが、我ながらこの状況がどれほど異常かということは理解しているつもりだった。つもりだったが、その感覚すら次第に薄れてきているのが現状だ。

「っ、ふ、ぅ……ッ、ん……ッ」
「っ、ああ、もう本当……齋藤君、かわい……っ」

 濡れた音に、自分の姿を見て扱く縁に良い気分になれるほど逞しい精神を持ち合わせていない俺は、やり場のない羞恥に苛まれるがそれもすぐに性器を弄る灘の指によって散らされる。

「っん、ぅうッ」

 灘に触られているという事実からか、それとも縁という第三者の存在のせいかは分からない。直に触られていないというのに馬鹿みたいな染みが下着に滲み、次第に濡れた音を立て始める自分の下半身に益々俺は泣きたくなる。

「……齋藤君」

 掠れた声に名前を呼ばれるだけで現実に引き戻され、顔が熱くなった。臍に舌を這わされ、窪みを抉るように皮膚を滑る灘の舌先に下腹部が跳ねる。
 まるで性器を愛撫されてるかのような錯覚に目の前が赤くなり、自分の体温が急激に上昇するのが嫌でも分かった。

「っ、ん、ぅ、んん」

 唾液が口の中に滲み、それをハンカチが吸い取っていく。
 熱に充てられ朦朧とする頭の中、逃げ場のない快感にじわりじわりと追い詰められていくのが分かった。下着の上からでも分かるくらい勃起したそこを隠すことすら出来なくて、そこを凝視する灘に更に居た堪れなくなるばかりで。

「っ、ふ……ッ」

 恥ずかしくて死にそうなぐらいなのに、もっとと頭の片隅で考えてしまう自分が嫌で、情けなくて、俺がやり場に困った手を彷徨わせた時だった。
 ぬるりとした熱い感触が、指先に触れる。
 嫌に生々しい感触に驚いて、慌てて手を離そうとしたが遅かった。
 いつの間にかに俺の背後に立っていた縁は、そのまま俺の手を掴み、自分の性器ごと俺の手を握り締めてきた。瞬間、全身に鳥肌。

「っ、齋藤君……ね、俺のも触ってよ」
「……っ、ぅ、ん、ぐぅう……っ」

 というかもう既に握らされているのだが。
 ぬるりと指を滑る先走りで濡れたその肉の感触に動けなくなっていると、「ねえ」と強請るように縁は更に俺の手を握ってきて。
 掌全体に広がる熱と粘着質な感触に俺は堪らず息を飲んだ。

「っ、ふ、ッ、ぅ……!」
「縁さん」
「握らせてるだけだって、ね、齋藤君?」

 口に詰め物されているこの状況てうんともすんとも言えるわけないと分かっておきながら尋ねてくる縁。
 見兼ねた灘が俺の腰を抱き、縁から引き離す。
 けれど、しっかりと握り込まれて手はちょっとやそっとじゃ離れなくて。

「これ以上の介入はルール違反のはずですが」
「妬いてんのか?齋藤君取られて、あのお前がヤキモチか?へぇー」
「そう言う問題ではありません」
「別にいいだろ、危害加えるわけじゃねーし」

「な、齋藤君」と笑いながら俺の口に指を突っ込んできた縁は、そのまま一気に咥内に収まっていたハンカチを引き抜いた。俺の唾液を吸い込み、ドロドロになったそれはそのまま床に棄てられる。
 と、同時に、遮るものがなくなり、一斉に新鮮な空気が流れ込んできて、ただ息苦しさから逃れたかった俺はそのまま深呼吸をしようとし、縁と目が合う。そして、唇を塞がれた。

「っ、ん、ぅ……ぁ、んん……ッ」

 ちゅ、ちゅ、と角度を変え、唇を吸われれば、突然の出来事に脳みその処理が追い付かず、俺は暫く呆けていた。
 しかしそれも束の間。

「何やって……」

 呆れが含まれた灘の声に、ハッとする。
 俺から唇を離した縁は、にっこりと笑い、きゅっと俺の指に自分の指を絡めてきた。

「齋藤君が物寂しそうにしてたから」
「っ、なひ、ひっへ……」
「うわー!齋藤君呂律回ってないねー!すっげー可愛い!乾いちゃったの?俺がベロ舐めてあげよっか?」
「い、いや……ぅ、んんッ」

 人の話も聞かずに、またもや縁は俺の唇を塞いでくる。
 悪戯に舌を絡め取られ、口の中で蠢くその感触が嫌で、顔を逸らそうとすれば顎を掴まれ、深く唇を貪られた。

「せ、んぱ、い……ッ」
「はぁー、やっぱり、俺がやっときゃよかったなぁ……」
「貴方が言い出したんでしょう、俺に選べと」

 冷めた灘の声がしたと同時に、ぎゅっと性器を握り締められ、腰が別の生き物みたいに跳ねる。
 痛い、というよりも、散々イジられて神経過敏を起こしたそこはちょっとの刺激でも大分辛くて、前屈みになってしまう俺の下半身を支えたまま、灘は上下する手を早めた。

「っぁ、や、待っ、ぁ、あ……ッ!」

 ようやくまともに息できるようになったというのに、ろくに呼吸すら儘ならないまま途切れなくやってくる快感に腰が痙攣を起こし、下腹部の濡れたが一層下着の中で大きく響いた。そんな気がした。

「っ、齋藤君、可愛い、その声……もっと聞かせて……?」
「何、いってっ、ぇ、な、灘く……ダメ、ダメだって、灘君……ッ!」

 俺の言葉を無視して、扱く手を加速させる灘に、緊張で器官が締め上げられていく。目の前が白くなって、息が苦しくて、なにかが迫り上がってくるその感触に何も考えられなくなる。
 犬みたいに呼吸が浅くなる俺をどう思っているのか、ジッとこちらを伺いながらもその手を止めない灘に、限界まで張り詰めた俺の性器は呆気なく射精する。
 拍子に、縁の性器を強く握ってしまったような気がしたがそれ以上に、真っ白になった頭の中では何も考えられなくなって。
 ただ、下着の中にじわりと広がる濡れた感触への嫌悪感だけはハッキリと感じ取ることが出来た。

「……っ、ぁ、は……っ」
「あーあ、齋藤君お漏らししちゃった」
「お、もら……っ」

 確かに漏らしたといえば漏らしたのだろうが、あまりにも直球な縁の言葉に顔が熱くなる。
 微笑んだ縁は、空いた手で俺の下着に手を滑り込ませてくる。

「汚れたパンツは脱ぎ脱ぎしないとね」
「ぁ、の……ッ」

 冗談じゃない。咄嗟に手を動かしたと同時に、縁の手が振り払われる。

「不要です」
「……結構分かりやすいね、お前」

 変わらない表情の灘に、縁は引き攣ったような笑みを浮かべた。
 助けてくれたのだろう。ありがとう、と、灘を見上げた時だった。
 下着の中へと滑り込んできた灘の指が、そのまま下着をずらしていく。

「っ、ぇ、あッ、なだ、く……っ」
「……」
「な……だ、君……っ?」

 包帯越しの灘の指の感触に、それを無理矢理振り払うことも出来ない俺は結局灘にされるがままになってしまう。
 露出させられたケツに、ひんやりとした空気に俺が身を震わせたとき。手錠の鎖が小さく音を立て、引っ張られる。

「ちょっ、あの、何して……」

 るんだ。と、言いかけたときだった。
 俺の腰を抱き締めた灘は、背筋から臀部へとゆっくりと辿るように、シャツ越しに唇を寄せていく。
 それだけでも密着した体に戸惑うというのに、それ以上に、徐々に降りていくその唇の感触に心音はバクバクと煩くなっていって。
 剥き出しになったそこに、指が触れる。
 割れ目を押し広げるような動きに堪らず「灘君」と止めるが、勿論灘君は俺の言葉を無視して、割れ目の奥、肛門に舌を這わせた。瞬間。

「ひっ、ぃ」

 ぞわりと言葉にならないようなものが背筋を駆け抜けていく。
 熱い舌先が入り口を解すように舐める。
 唾液が絡み、濡れた音を立て、徐々に内部へと入り込んでくる肉の感触に全身の力が抜けるようだった。

「っ、だめ、そこは……ッ!灘君、灘君……ッ!」
「っ、は、こりゃ驚いたわ……」

 灘の行動に驚いたのは俺だけではなかったようだ。
 顔を引き攣らせていた縁だったが、俺の手をぎゅっと握り締め、笑う。

「っ、でも、その顔、すげーいいよ……齋藤君……ッ」
「ん、ぅ、うぅ……ッ」

 止まっていた手を再び上下し始める縁。
 ぬちゃぬちゃと厭らしい音を立て掌全体に絡みつく粘着質なそれ。
 内壁を綺麗にするかのように丹念に舌を這わせてくる灘に次第に前屈みになっていき、そんな俺を縁は上半身で抱き留めた。

「ふ、ぅ……ッ、ぁ、あ……ッ」

 舌を挿入され、抉じ開けられたそこに唾液を流し込み、更に奥へと舌を押し入れられれば腹の奥、抉るような刺激に腰が震え、射精したばかりの性器には既に熱が集まり始めていた。
 腹の中に別の生き物がいるみたいな、不愉快な違和感に全身の汗が止まらず、何も考えられなくなる。

「……っ可愛いね、齋藤君……可愛い、もっと顔見せてよ」

 顔が近いと感じれば、当たり前のように唇を重ねてくる縁に、もう何も感じなくなってきた。
 口の中と腹の中と、別々の舌で執拗に愛撫されれば蕩けそうな程の熱に次第に意識が朦朧としてくる。
 口の中、流し込まれる唾液を吐き出すことができず、喉奥へと受け入れれば縁は嬉しそうに目を細め、そして、手の中の性器の脈が加速した。

「っ、ん、ぅ、ふ……っ」
「……っ齋藤君、舌、もっと出して?」

 舌が引き抜かれ、惚ける俺の頬を撫で、縁は甘えたような声を出した。
 舌を?靄がかったような思考の中、言われるがままに舌を突き出したときだった。
 縁に舌を引っ張り出され、思いっきり口を開けられる。
 そのときだった。

「っ、へ、ぁ……ッ?!」

 俺の手から縁の性器が離れたかと思ったと同時に、前髪を掴まれる。そして、大きく頭を押さえ付けられた。
 陰る視界の中、目の前には縁の性器が突き付けられていて。
 まさか、と顔を逸らそうとすれば、開いた口の中へ性器を捩じ込まれる。

「っ、ん、ぶ……ッ!!」

 口いっぱいに広がるその肉質に口を閉じることも吐き出すことも出来ず、ただ生々しい匂いに嗚咽を漏らせば縁の笑顔が歪む。

「俺の精子、こぼさず飲んでね……ッ!」

 後頭部を押さえ付け、喉の奥まで一気に押し込まれその衝撃に目の前が眩んだ瞬間だった。
 大きな脈が打たれると同時に、膨張した性器から溢れ出した精液が喉奥へと直接注がれる。
 熱された鉛かなにかのように熱く、粘膜に絡みつく精液に息苦しさのあまり噎せ返りそうになる。
 けれど、断続的に吐き出されるそれを受け止めきれず、開きっぱなしになった口の端からは精液が垂れた。

「っ、ぅ、え」

 長い射精が終わり、ずるりと引き抜かれる性器に、慌てて中のそれを吐き出そうとした瞬間顎を抑えられ、無理矢理口を閉められる。
 吐き出し損ね、行き場を失った縁の精液の味が口の中いっぱいに広がって、涙が滲む。
 嫌だ、と首を横に振れば、縁はにっこりと笑った。

「いけないなぁ、飲んでって言ったじゃん」

「ほら、ごっくん」そう、愛しそうに俺の膨らんだ頬を撫でる縁。その目は笑っていない。
 なんで、こんなことを。思ったが、灘の手前、下手に逆らうことが出来なくて、ただ飲むだけだ、ちょっと独特な飲み物だと思えば、そう念じながら俺は喉に絡みつく俺を唾液と一緒に流し込んだ。焼けるような感触が、縁の匂いが、器官に染み渡っていく。体内に染み渡る他人の体温が嫌で、滲む視界の中、ゆっくりと口を開き、空になった咥内を見せれば縁は「よくできました」と俺の頭を撫でた。

「ぅ、っうえ……」

 慣れないし、今すぐ喉を洗いたかった。けれど、それは叶わない。
 阿佐美のときは平気だった。けれど、縁の体の一部が自分の中に流れ込んだと思うと怖くて、落ち着かなくて。

「縁さん」

 不意に、舌を引き抜いた灘は見兼ねたように縁を呼ぶ。

「んだよ、てめぇが使わなかったところを俺が有効利用してやったんだろ?齋藤君のためだよ」

 何が有効活用だ、と思ったが、灘と縁が揉めてまた灘がひどい目に遭わされるのは耐えられない。俺は縁に合わせるように頷いた。

「お……俺のことは、気にしないで……いいから」
「そら、本人だってこー言ってんじゃねえの?」

「だからほら」と、俺の言葉を遮るように俺の腰に手を回した縁は舌で嬲られ、開いたそこに指を捩じ込み更に大きく左右へ開いた。
 瞬間、体内へ入り込んでくる外気に肩が震える。それ以上に、遠慮ない縁に、今灘の目前に中が剥き出しになってるのかと思ったら生きた心地がしなくて。

「さっさとハメてやれよ、生殺しとか可哀想だろ」
「っ、ぅ……あ……ッ」
「……」

 今まで舐められていたのだから今更中がどうとか言うのもおかしな話だが、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
 相手が、当たり前のように接してくれる灘だからこそ、体の奥まで見られてるのかと思ったらすごく、舌を噛み切りたくなる。

「つかさ、お前だって突っ込みてーくせによくここまで逆に我慢できたな。……大分強いやつ用意したのに」
「……貴方とは違いますから」
「ああそうだな、お前みたいなのと一緒にしてほしくねえよ俺も」

 含めたような縁の言葉に灘は何も答えない。
 そんな灘に、縁は更に追い打ちを掛けるように口を開いた。

「それで、ここまで時間稼ぎして勃ったのか?」
「……そうですね」

 縁の言葉に気を悪くするわけでもなく、灘は呟く。
 けれどまじまじと本人の股間を確認するわけにもいかなくて、狼狽えている内に背後からガチャガチャとベルトを緩める音が聞こえ、ぎくりとした。

「貴方の馬鹿げた薬のお陰でご覧の通りですが」

 灘の声に、心臓が跳ね上がる。
 それを確認する術もなく、目のやり場に困っていると剥き出しになった肛門に押し当てられる湿った肉の感触に堪らず息を飲んだ。

「……っ、ひ、っ」
「へぇ、そりゃ、体に合って何よりだ……」

 笑う縁。確かにあんな無機物を突っ込まれるよりかはと思った俺だったが、その考えもすぐに改めさせられることになる。

「ぁ、あの、なだ、くん……っ」
「……ご心配なく。こんな茶番、すぐに終わらせますので」
「そ、そうじゃなくて……ぇ……ッ」

 我慢できず、ちらりと背後を盗み見てしまった俺は全身から血の気が引いていくのを確かに感じた。
 血管が浮き出る程充血した性器は反り返り、先走りを滲ませて怪しく光るそれを見ただけで息が詰まる。
 別に男同士の挿入行為がどうたらと言うつもりはないが、薬のせいか、膨張したそれは縁が用意したディルドと然程差がないように思えたのは恐らく気のせいではないだろう。

「……先に謝らせていただきます」

 それが今から挿入されると思えば全身から嫌な汗が溢れ、止まらない。
 そんな俺の腰を掴んだ灘は、そのまま俺の耳元に唇を寄せた。

「手加減ができなかったら、すみません」
「……へ……」

 その言葉の意味を考えるよりも先に、文字通り、頭の中が真っ白になる。
 体内へと埋め込まれた亀頭部分に気がついたのは腹の中、慣らされていたはずのそこを抉られてからだった。

「ッひ、ぎッ」

 ぐっと腰を寄せてくる灘、唾液で濡れた内壁をみちみちと押し広げるように腹の中を進んでくる圧迫感に全身が硬直し、押し潰された肺からは潰れた蛙ような声が漏れる。
 痛みよりも、苦痛。腹の中の異物感に全身を押し潰されるようなそんな衝撃に、なんにも考えられなくて。

「っ、ぁっ、ぐぅ……ぁ……っ」
「……っ、齋藤君……力を抜いて下さい」
「ひ、ィ……ッ!!」

 苦しいのは灘も同じだと分かっていても、力の抜き方が思い出せなくて、ただ、灘が動くだけで息が出来なくなる。
 堪らず目の前の縁にしがみつけば、縁は笑いながら俺を抱きとめた。

「そりゃ、ローションなしでその大きさはキツイっしょ。あーあ、可哀想に齋藤君、痛いよね?苦しいよね?おーよしよし、俺が慰めてあげるよ」
「……っ、分かっていたなら、何故……」
「だってその方が面白そうじゃん」

「つーか一発抜いて入れてあげた方が齋藤君のためになるってのにお前、そうしなかったんだもんね、やっぱなんだかんだ男なんだねぇ」縁の声が、頭の中を右から左へと抜けていく。言葉の意味を理解する余裕すらなくて、今はただ、動きを止めてくれた灘を受け入れるため、必死に呼吸を繰り返すだけで。

「……ッ、齋藤君……」

 灘の声が、聞こえた。
 無機質な声だと思っていたが、結合部から伝わる灘の脈が乱れているせいかその声まで不安そうに聞こえた。
 灘を、困らせるわけにはいかない。
 これを根本まで挿れられたら直腸にまで届くんじゃないだろうかとか、また病院送りにならないだろうかとか、色々不安があったのも事実だ。だけど。

「っ、ぁ、いっ、たくな、いから……ッ、おれは、だいじょっ、ぶ、だから……ッ」
「……」

 すみません、と灘が呟いた、そんな気がした。
 が、すぐに灘の腰が動き、腹の中を這いずる性器に思考回路を乱される。
 ただ犬かなにかのように浅く呼吸を繰り返すことで精一杯だった。
 どうすれば灘を受け入れられるのだろうか、そんなことを考える余裕も行動する程の気力もなかった。

「っ、ァ……ひ……ッ」

 どこまで入ったのか分からない。ただ、腹の中いっぱいに広がる焼けるような熱に下腹部が溶けてしまいそうで、怖くて、自分の熱なのか灘の熱なのか、それすらも判断つかなかった。

「ぁ……あぁ……ぁぁ……ッ」

 ゆっくりと、それでも確かに深く入り込んでくる灘に息が漏れる。脂汗が止まらなくて、目の前が霞む。
 俺を見下ろす縁の口元が楽しそうに歪んでいるのが見え、それでも、縁の腕から離れることも出来ずに俺はただ堪えるように縁の服を掴んだ。
 それを、甘えているのと勘違いしたのだろう。

「あーあ、齋藤君ひっどい顔だねぇ。ほら、おいで」
「っ、ん、ぅ、んん……っ!!」

 何度目かすら分からなくなったキスに、ただでさえ少なくなっている酸素を奪われて、心拍数が加速する。
 無意識に下腹部に力が入り、体内の灘の性器が更に大きくなるのを感じ、俺は絶望する。

「っ、ぁ、ぐっ、ぅ、うぅッ」
「……ッは、ぁ……ッ」

 辛そうに息を吐き出す灘。
 どこまで大きくなるんだ。考えただけで血の気が引いた。
 そのままじっくりと中を拡張していくように腰を動かしてくる灘に、ぞくぞくと背筋が震える。

「ぁ、ぐ、っぅ、あ……あぁ……ッ!!」

 焦らされるよりも、ゆっくりと体内を犯されるその感覚が生生しくて。
 出し入れを繰り返して中を摩擦されればされるほど脳味噌から変な汁が溢れ出すようだった。

「は、ぁ……あぁ……ッ」

 灘が気遣ってくれているのだろう、息苦しさは変わらないが、それでも体内の奥まで届くそれによる快感は俺には強すぎて、ずるりと半分まで引き抜かれ、そのままゆっくり腰を進められれば腹の中で濡れた音が響き、全身が灘の体温で蕩けそうになる。
 苦しいはずなのに、その息苦しさまでも興奮剤となってひまっているのだろう。
 薄まる酸素に頭がぼーっとしてきて、ただ、腹の中の灘の感覚だけがリアルで、何も考えられなくなる。

「ぅ、うあ、あ……ッぁ、あぁ……ッ」
「本当、可愛いね……っ、ん、すごい涎、こんなに顔どろどろにしちゃってさぁ……可愛すぎ……ッ」

 うっとりと微笑む縁にいつの間にかに溢れていた涎を舐め取られ、啜られる。
 本当ならば目の前でそんなことされたら気持ち悪くて堪らないはずなのに、わけわからなくなって俺はされるがままにその舌を受け入れた。

「っ、はッ、ぁ、あ、ひ、…ッん……!」
「っ、齋藤君、苦しいだろ?大丈夫、俺が齋藤君のこと気持ちよくしてあげるからっ、なっ?」
「っぁ、ひッ」

 ひんやりとした縁の手が、イッたばかりの俺の性器をつんと弾く。
 その衝撃にもう既に腰が抜けそうになったというのに、そのまま精液を全体へ塗り込むよう掌で握り込まれれば、脳天から爪先へと甘い電流が流れた。

「っや、ぁ……あぁ……っ」

 灘の性器と縁の手に同時に下半身を刺激され、継続的にやってくる快感に腰がガクガクと痙攣を起こし、先程まで半勃ちだった性器は既に硬くなっていて。
 薄笑いを浮かべた縁の指先が尿道を穿った瞬間、糸が切れたように射精する。

「っ、ぁああッ!!」

 ボタボタと落ちる精液は既に濁りが薄れ、量も少ない。
 ヒリヒリと疼き始める性器。それを指先で弄ぶ縁はにっこりと笑う。

「っ、はえーじゃん……そんなに俺の手、気持ちよかった?」
「っ、やめ、て、くださ……もっ、俺……おれ……ッ」
「そんなら、もっとサービスしてあげちゃおうかな」
「っひぃッ!」

 萎えたそこをギュッと握り締められたかと思えば、先走りと精液を絡めるように上下擦り始める縁に息が止まりそうになる。

「ぁ、はぁっ、あ、あぁあ……ッ!」

 頭がおかしくなるほどの快感に、嫌なのに、刺激を加えられれば反応してしまう自分自身が情けなくて堪らない。
 別の生き物みたいに反応する下半身に、一度溢れた涙が止まらなくて、朦朧とする意識の中、指先に力を入れることも出来ず、その場に崩れそうになる俺を灘は背後から抱き寄せてくれる。

「っ、い、やだ……も……ッ」
「っ、……齋藤君……」

 無意識の内に零れたその言葉に、灘の目が細められる。
 先走りと唾液が混ざり合い、先程よりも挿入がスムーズになった体の中、灘のものが腹の中で脈打つのが分かった。

「んぅう……ッ!」

 顎を掴まれたかと思えば、灘に唇を重ねられる。
 灘に舌を絡められ、口の中、蠢く舌が宥めるように俺の舌の根をなぞる。
 縁の目の前だとか、そんなことを気にする余裕もなかった。

「は、ッぅ、んん……ッ」

 濡れた音が口から発せられるものなのか腹の中なのかはたまた己の性器からなのかすら分からなくなって、ただ、背中に感じる灘の体温が心地よくて。
 体が密着すれば、必然的に体内奥深くまで灘が入ることになるわけで。

「何、そいつばっか見てんの?」
「っ、ぁ……ッ?」

 底冷えするような縁の冷たい声にハッとしたときだった。
 玉を掴まれ、柔らかく潰されれば刺すような痛みにも似た鋭い快感が突き抜けた。瞬間。

「んんんぅッ!」
「……ッ」

 精液と呼べるものはもう出てこない。下半身が大きく痙攣し、頭の中が真っ白になった。
 それでも自分がイッたとわかったのは、射精後特有の疲労感に襲われたからか。

「齋藤、君……ッ」

 拍子に思いっきり灘を締め付けしまったようだ。
 呻くように俺の名前を呼んだ灘は、そのまま俺の体を強く抱き締めた。
 瞬間、体の奥深く、注がれる大量の熱に声にならない悲鳴が自分の口から出た。
 ようやく、灘がイッてくれた。
 そのことだけが嬉しくて、同時に、糸が切れたように下半身から力が抜ける。

「……っ、齋藤君……」
「は、ぁ……ひ……ッ」

 引き抜かれる性器に、大きく捻じ開かれたそこからごぽりと大量の精液が溢れ、腿を汚す。
 灘と繋がった手錠の鎖に引っ張られるのもつかの間、俺の元へ屈んだ灘は、座り込む俺の肩を支えてくれた。
 そんな俺を見て、縁は楽しそうに手を叩いた。

「いやーさっすが齋藤君、こいつを射精させるなんて」
「……縁さん」
「じゃ、今度は俺が……」
「……」
「って言いたいところだけど、トんじゃってる子に挿れてもつまんないからまた今度かな〜」

 二人の声が聞こえてきたが、言葉の内容を理解できるほどの機能を俺の脳みそは残していなかった。
 朦朧とする意識の中、灘が何かを言いたそうにこちらを見ていたのだけはよく覚えている。

「ま、良いもん見れたからいいや」

 そう、縁は何かを俺の目の前に捨てる。
 小さな金属製のそれは鍵のようで。サイズからして手錠のものだろう。目の前に落ちるその小さな鍵を拾おうと手を伸ばすが、結局、俺はその鍵を拾うことすら敵わなかった。
 疲労は限界に達し、俺は、霞む視界の中意識が飛ぶのを確かに感じていた。

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