23
気を失っていたのはほんの数秒間だも思っていた。
だから、痛む節々を動かしながら起き上がった俺は慌てて周りを見渡す。
すると、傍に座り込んで俺の服を畳んでいた灘と目が合った。
「大丈夫ですか」
「……な……灘、君……?」
「はい」
「ぁ、あの……俺……」
「あの後気を失われていたようだったので勝手に体を拭かせて頂きました」
まるで何もなかったかのように続ける灘に、咄嗟に自分の姿に目を向けた。すると、確かに着ていたのは見慣れない服で、下着の気持ち悪い感触もベタベタした感じもない。
それと、灘と繋がっていたはずの手錠も。
「ご……ごめん、灘君、手が痛いのに……」
おまけに、あんなことになったのは俺のせいだと言うのに。口振りからすると全て灘が処理してくれたのだろう。そう思うと頭が上がらない。
けれど灘はいつもと変わらない無表情で、
「俺は問題ありません」
そう、応えるばかりだった。
「けど……っ、具合は?具合はもう……」
「どの具合のことを聞かれてるんですか」
「へ……」
その言葉に、俺は、薬のせいで勃起した灘との行為を思い出し、カッと顔面に血液が集まった。墓穴だ。
慌てて俺は思考を振り払った。
「その、あの、そういうことじゃなくて……総合的な……体調を……」
「そのことでしたら現在は一先ず落ち着いています」
「……そ、そっか……」
ならよかった、とは言えなかった。
結果的に灘の体調は悪化してることには間違いないだろうし、やっぱり、縁は大丈夫だと言っていたがまともな薬とは思えない。
これから副作用が出てくる可能性を考えると、やはり、早急に病院に連れて行くべきだろう。
「あの、縁先輩は……?」
「どこか行かれましたがいつものことなので」
「……どこかに?」
ええ、と頷く灘に、慌てて俺は扉へ向かった。
ガチャガチャとドアノブを激しく捻るが、開かない。
「う、嘘……開かない」
「外側から鍵を掛けているのでしょうね。君が眠ってる間に俺が勝手に出ないように」
約束では、自由にしていいということだった。鍵も。なのに、これでは約束が違うではないか。
俺が眠っていたせいか、それでもこのままじゃ縁が戻ってくるまで見動き取れないじゃないか。
「どこか、連絡取れるようなものは……」
「心配しなくてもすぐ戻ってくるでしょう」
「でも」
「俺ならともかく、貴方がいるので」
だから、必ず縁は戻ってくると、灘は言う。
確かに、縁にとって俺は新しい玩具同然だろう。このまま縁が俺の前に現れない可能性はないと思うが、もしものこともある。あの気紛れな性格だ。『焦る齋藤君が見たかったんだ』と言い出しても納得できる。
「……っ、そうなったら、それまで灘君は……」
「俺のことなら心配は不要です」
「せめて、何か固定するものとか……」
「不要です」
「灘君……」
相変わらず自分のことに対して異常なまでに無頓着な灘だったが、これ以上深く追求しても恐らく灘は『大丈夫です』の一点張りだろう。
どうすればいいのだろうかと困惑していると、「それよりも」と灘が静かに口を開いた。
「どうして貴方が縁方人と一緒にいるのですか」
「……それは」
さっきは罰ゲームのせいで有耶無耶になってしまったが、やはり灘は疑問だったのだろう。栫井と出ていったはずの俺が縁と一緒に現れたのが。
「……もしかして、会長達に何かあったんですか?」
温度を感じさせないその目に、俺は言葉を飲んだ。
何もなかった、とは言えない。栫井は退学処分を受け、会長も入院している。生徒会がバラバラになってる、と言えば灘はどうするのだろうか。
ろくに見動きが取れない今、下手なことを言って灘を不安にさせるべきではない。
そう、俺は判断した。
「……縁先輩とのゲームに勝ったら、阿賀松先輩を止めるために手を貸してくれるって言ってくれたんだ」
「まさか、それを信じて?」
「勿論、完全に信じてるわけじゃない。けど……志摩が……」
志摩の名前に、微かに灘の眉間がぴくりと動いた。……ような気がした。
何かを察したのだろう、俺を見つめたまま、灘は静かに俺の言葉を聞いていた。
「それで、その賭けに乗ったら灘君にも会わせてくれるって言うから、それで……」
「……それで、そのゲームというのは?」
「まだ詳しくは聞いてないんだけど、多分……」
「ろくでもないことでしょうね」
そう、即答する灘に俺は何も言えなくなる。
「……ごめんね、変なことに付き合わせちゃって」
「心配はご無用です。巻き込まれたのは貴方でしょう」
「それよりも、ご自分の心配をされた方がいいのでは」痛いはずなのに、それでも俺のことを気遣ってくれる灘に俺は余計情けなくなってくる。
主導権を握れたと思ったのに、このザマだ。
結局俺は、縁を待つことしか出来ないのか。
まるで死刑執行を待つ罪人のような気分だったが、俺はそんな薄暗い気持ちを振り払うよう、首を振った。
そして、部屋の中を漁り始めた。
「齋藤君?」
「いや、……何かないかなって思って。隠し扉とか……」
「隠し扉」
呆れたのか分からないが、それでも俺は何かをせずにはいられなかった。このまま大人しく待つなんて勿体無い。
縁がいないいまだからこそ出来ることだってある、かもしれないのだから。恐らく。
そんな中、横に灘が立つ気配がした。
「大体は俺も見たんですが……手伝いますよ」
「あ、ありがとう……」
「礼は無用です。俺も隠し扉が見たかっただけなので」
灘なりの気遣いなのだろう。無表情のまま告げる灘の言葉が嬉しくて、じんわりと胸が熱くなる。
そうだ、くよくよしてても仕方がない。今は一先ず、一つでも多く切り札が無ければならない。
俺は、灘とともに部屋の中を探索することにする。
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