side:志摩
深い意識の中、突然鳴り響く大音量のアラーム音に眠気は一気に吹き飛ぶ。
「ちょっと、齋藤……煩いんだけど……」
寝返りを打ち、体に掛かっていたタオルケットを被り音を遮ろうと試みるも一向に鳴り止もうとしないそのアラーム音は激しさを増すばかりで。
「……齋藤?」
齋藤は何をしてるんだろうか。止めようとどころかこの騒音の中起きる気配すら感じなく、不思議に思い体を起こせばいやがらせかというくらいの近距離に置かれた目覚し時計を見つける。
アラームを止め、辺りを見渡した。そこに齋藤の姿はなかった。
胸の奥、ざわつき始めるのを抑え付け、そう広くはない部屋の中齋藤を探す。
もしかしたら、と思いシャワールームもトイレも覗いた。けれど。
「齋藤ー」
いくら名前を呼んでも返事は返ってこない。
まさか、いや、まさかな。疑いたくなかった、だって、あんだけ言ったのに、またいなくなったなんて。
部屋中探しても見つからない齋藤に、無意識の内に呼吸が浅くなっていたことに気付く。汗が滲む。
もしかしたらたら喉が渇いて飲み物を買いに行ってるだけかもしれない。……冷蔵庫にジュースを用意してるのに?
テーブルの上、置きっぱなしにしていた携帯に手を伸ばそうとしたときだった。そこで俺はテーブルの上のメモの存在に気付く。
引っ手繰るようにそれを手に取れば、見慣れた文字がそこに書かれていて。
『用事を思い出したので数日の間家に帰る。心配しなくていいよ。齋藤』
「……はぁ……?」
文面を読んだと同時に、口から気の抜けるような声が漏れる。同時に、全身から力が抜け落ちそうになった。
一呼吸し、再びそのメモに目を向けた。何度見たってその文面が変わることはなかった。
何度目かわからない、もう一度その文面をなぞるように口の中で呟いた時、今度は一斉に腹の底から怒りが込み上がってきて。
携帯端末を握り締める手に力がこもる。震えた文字からして、齋藤が嘘を吐いているのは一目瞭然だ。第一、もし本当に家に帰っているのなら俺に相談しなかった齋藤に怒りを覚えていただろうし、そもそもこんなすぐバレるような嘘を吐く齋藤に怒りを隠せなかった。
それ以上に、あれだけ約束したというのに簡単に裏切る齋藤に腹が立って仕方なくて。やり場のない怒りに、思いっ切り携帯を壁に叩き付ける。
「何度も何度も何度も何度も俺から逃げやがって……っ」
ずっと傍に居る。そう約束したのは齋藤だ。
そんなのがその場限りのものだと分かってても、それを信じていた自分がいたのも確かで。
齋藤は、栫井を探しに行ったのだろう。栫井が居なくなってからずっとソワソワしてた齋藤には気付いていた。それでも、俺の隣にいてくれたから何も言わなかった。少なくとも栫井よりも自分を優先してくれたと思っていたからだ。
それなのに。
上着を羽織り、部屋を出る。
人間が嘘を吐いて人を欺く生き物だと嫌というほど理解してる。信じるほうが浅はかだとも分かってる。齋藤は俺を騙したんだということも。
齋藤を見限ることも出来たのだろうが、それでも、ここまで馬鹿にされて「はいそうですか」と見なかったことにすることはできなかった。
早朝、一人で歩く学生寮の廊下の空気は酷く冷たく、静かだった。
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