side:芳川
灘から齋藤君をトイレに連れて行くという旨のメールを受け取ってから数十分。
あれから灘からの連絡はこないが、正直気が気でなかった。
どういうつもりなのだろうか、あいつは。
絶対に部屋から出すなと念を押していたはずなのに、齋藤君がごねたと言っていたが自由を奪った今ごねたところで大したことではないはずだ。
まさか、余計な真似をしたんじゃないだろうな、あいつ。
いつも無駄なことをせず俺の言うことだけを行動していた灘だが、どうもここ最近様子がおかしい。勝手な行動が多いのだ。
やることやってくれているのだから役に立つが、それでも栫井のように勝手な真似をされては困る。出る釘は早めに打たなければ。
話中、目の前の教師の声は勿論内容すら頭に入ってこない。
呼び出された時点で辞任表のことだとわかっていたから内容は大抵想像つく。それでも、齋藤君のことが気になって気になって仕方がなかった。
灘たちは何も理解していない。彼がどれほど役に立つのかを。その影響力を。
だから、勝手な行動が取れるのだ。こういうことならやはり俺の部屋に連れて行っとけばよかった。
だけど、今業者の手が入ってるせいで使えない。ああ、くそ、どうしてこうも思い通りにいかないのだろうか。いつだって他人は俺の邪魔ばかりをする。
「芳川君?」
「……ああ、すみません、これから気を付けます」
「いや、君が謝る必要はない。君は被害者的立場なんだから」
顧問は困ったように笑いながらもフォローしてくる。
「それじゃあ、全て志摩亮太に脅されていたということで構わないね」
「はい」
「……よし、話はわかった。彼には私の方から話を聞くから君はもう戻りなさい」
「お手数掛けます」
「いや、気にしなくていいよ。芳川君も大切な時期なんだから何かあったらすぐに相談してくれ」
「はい」
無駄な時間を掛けるのは嫌いだ。
志摩亮太。あいつのせいでまた時間が無駄になってしまった。これ以上与太話をされては困る。「ではこれで俺は」と、キリのいいところで切り上げそのまま指導室を後にした。
まさか、自分が指導室に指導される側で呼ばれるとは思わなかった。二度とないと思っていた分、癪だ。
全ては志摩亮太のせいだ。本当、先輩といいどこまでも邪魔をしてくる。先輩の弟だから見逃してやっていたというのに図に乗りやがって。
腹立たしい。
「かーいちょう!」
「……」
「あっ、ちょっと待って下さい会長ー!」
通路を歩いていると、長身の影が視界を遮る。
道を塞がれ、渋々立ち止まればそこには忌々しい改造制服の男子生徒がいて。
「……櫻田君」
本来ならば顔も見たくたいが、それでも、ある程度の利用価値があるのは事実だ。
実際、旧体育倉庫に閉じ込められたとき実感した。
呼ばずとも周囲を嗅ぎ回っていたこいつがいたから迅速に行動することが出来たわけだからな。その無駄なストーカー能力だけは認めてやらないこともない。
「会長、どうだったですか?えらく長引いてましたけど」
「問題ない。全て片付いた。……そっちは?」
「さあ?わかんねーけどどうせあいつんところじゃないっすかー?」
「……」
「ちょっ、そんな目で見ないでくださいよー!俺だって頑張ったんすよ!取り敢えず、それっぽいやつら捕まえたんすけどなかなか口割らなくて〜」
志摩亮太と栫井が消えた。栫井が消えたのはまだいい。あいつがすることは大抵想像つく。しかし志摩亮太がいなくなったのは厄介だ。
風紀委員に阿賀松派の人間がいることは知っていた。
というよりも、俺のことが気に入らないのだろう。何か事あるごとに横槍入れてくるものだから委員長の方を抑えたつもりだが、下っ端までは管理仕切れていないとは。
「……早く見つけろ。抵抗するようなら潰しても構わない」
齋藤君に勘付かれる前に、早く。
齋藤君に人質が有効だと分かった今、それをあいつの手に取られたと思うも生きた心地がしない。
そんな人の気を知ってか知らずか、櫻田洋介は「はぁーい」と笑う。愉しそうに。
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