天国か地獄


 side:志摩

「……い……」

 遠くから声が聞こえる。
 せっかく人が眠っているのになんなんだ、もう少し気を使うということは出来ないのだろうか。

「おい……!」

 次第に大きくなるその声。
 煩いな、と舌打ちしながら寝返りを打とうとする。が、体が動かない。この窮屈な感覚には身に覚えがあった。

「おいっ!」

 三度目。今度はハッキリと聞こえた。
 目を開ければ、薄暗い室内。そこでようやく自分の身に起きたことを思い出す。

「……齋藤」
「……あんた、まだ寝惚けてんのか?」

 暗闇の中、どこからか聞こえてくるその呆れたような声。その腹の力が抜けたようなだるそうな声は、生徒会のクルクルパーだろう。
 なぜ栫井平佑がここに、と思ったがすぐに理解する。まあ、自分から騒ぎでかくしたんだし自業自得だろう。

「ねえ、ここどこ」
「知らねえよ」
「あんた生徒会だろ。学園内の建物把握しとくぐらいしなよ」
「生徒会にそんな決まりはない」

 ああいえばこういう。
 溜め息混じりに切り捨ててくる栫井は落ち着いているようだが、それもそれで鼻につく。

「役立たず」
「勝手に言ってろ」
「……」

 おまけに相手にしてこないやつに余計見下されているような気がして、というか実際されているのだろう。どうでもいいが、不愉快だ。
 もういい、栫井平佑の存在は無視しよう。
 取り敢えず、辺りを調べる。どうやら俺の体は柱に括りつけられているのだろう。
 なにか切れるものがあればと思い、手探りでポケットを調べるがやはり全部取り上げられているようだ。
 縄一本ぐらいなら引き千切ろうと出来たのだろうが、胴、腹部、脚と何重にも縛られ柱に固定されている今ろくに動かない。それどころか、俺が動けば動くほど柱を挟んで後ろ手に縛られた腕がいかれてしまいそうで。
 栫井の方はどうなのだろうか。
 声の位置が変わらないところを見る限りどうせしばられているのだろうが、考えてみる。
 学園内、部屋の中に柱がある場所なんて限られているはずだ。
 まず一般教室は除外する。そして一階から最上階までの、特別教室の内装を思い浮かべてみた結果。思い当たる場所はあった。
 だけど、だけどここがあそこだとしたら理解出来ない。なぜだ。俺は確か、芳川知憲たちに待ち伏せされて捕まったはずだ。それで、思いっきり頭ぶん殴られて……。
 その時、どこからか重い何かが開く音が聞こえてきた。薄暗い室内に差し込む光の眩しさに目を細めた時、開いた扉の向こう、そいつは立っていて。

「よお、気分はどうだ」

 耳に絡み付くようなその声に、目を細める。
 こんなことなら芳川たちに捕まっていた方がましだ、と思ったが正直どっちもどっちだな。

「良い夢見れたか?」

 そう言って笑う赤髪、阿賀松伊織の姿に驚きはしなかった。
 ここが、四階学生寮一人部屋だと理解した時からある程度こいつが出てくるのは想像ついていたから、余計。

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