07※
生徒会室前廊下。
酷く静まり返った通路には人気はなく。
無理もない。既に窓の外は真っ暗なのだから恐らく他の階にも残っている生徒は少ないだろう。
思いながらも、さながら歩き始めたばかりの赤子のごとく覚束ない足取りで便所を目指す。
本来ならば、ここらで灘を振り切って逃亡するつもりだったのだが、如何せん俺の腰が弱すぎた。
歩くだけでもガクガクして、灘がいなければまともに立つことすら出来るのかどうかさえ怪しい。そんな灘を振り切るなんて、以ての外。
仮眠室から出ることが出来ただけよしとするか、と一人完結していると辿り着いた男子便所。そこへ、灘は特に躊躇うこともなく俺をひきずる形で足を踏み入れた。
立ち並ぶ小便器は相変わらずピカピカに磨かれているようだ。そんな中、足を止めた灘はこちらを振り返った。
「では、どうぞ」
そう促してくる灘に、再び、俺と灘の間に形容しがたい沈黙が流れた。
いや、どうぞと言われても、どうしようもない。
まず手首が動かない。そしてなんで灘が側に待機しているのか。
ボケなのかマジなのかまるで理解できず、反応に困っているとようやく灘が気付いたようだ。
「……いえ、そのままでは無理ですね」
どうやらまさかのマジボケだったようだ。
一人呟く灘は何やら制服から取り出す。
もしかして、手錠を外してくれるのだろうか。そんな淡い期待に胸踊らせた時。
灘の制服から出てきたそれは、薄手の白のゴム手袋のよえで。それを自分の手に装着する灘に俺は自分の目を疑った。
いやまさか、だって、いや、あの、冗談だろう。だって、ゴム手袋付けた灘が背後に回ってるってちょっと待って。洒落にならない。
「ちょ、ちょ、ちょ、待って!灘君!」
「したい、と騒いでいたのは君じゃありませんか」
確かにそうだ。トチ狂ったようにトイレ連呼したのは俺だ、俺だけども。
下腹部、回された灘の手がスラックスのファスナーを摘み、そのまま素早く下ろした。
一切の無駄のない手付きたが、つまりそれは俺にとってよろしくないことには違いなくて。
「っ、ぁ、だ、ダメ、ほんと……ッ!」
「漏れそうですか」
違う、と反論するよりも開いたそこに指を捩じ込まれる方が早かった。
あっさりと下着の前開きへと辿り着いた灘の指は躊躇なくそこに進んでくる。
ゴム越しとはいえ、他人のその指の感触に心臓が止まりそうになって。いや、恐らく止まった。二、三度ほど。
「灘く……っ、灘君っ!」
「どうやら間に合ったようですね」
間に合っていない。寧ろ俺からしてみれば手遅れ同然で。
萎えたものを取り出され、それに目を向ける灘になんだかもう自分の中でなにかが壊れていくのがわかった。
今まで散々死にたくなるくらい恥ずかしい目にも遭わされたが、それでも灘に見られたことは俺の中で指折りの黒歴史になること間違いないだろう。
「ぅ……うう……っ」
「しないのですか?」
「で、出るわけないだろっ!こんな状況で!」
本当に俺が他人に手伝ってもらって呑気に便を足せると思っているのか。
恥ずかしさで泣きたくなったあまり、つい声を荒らげてしまったが、灘は無表情のまま押し黙るだけで。
「も、いいよ……っ、俺、トイレいいから……」
こんなことになるならこんな作戦を考えるのではなかった。
灘の石頭っぷりを頭に入れてなかったのは間違いなく俺の戦略ミスだろう。それでも、だからって、こんな、こんな。
とにかく灘に放してもらうよう、首を捩って背後を振り返ろうとした矢先のことだっと。
軽く掴まれた性器の尖端、ゴム手袋を付けた片方の灘の指が触れ、全身が緊張した。
「えっ、ちょ、なに」
尖端の窪み、手袋越しとはいえ爪を立てられれば背筋にぞくりと違和感が走る。
他の箇所に比べ、剥き出しになったそこは体の中で一番敏感といっても過言ではないだろう。そんな部位を、灘に弄られるという恐怖に、全身の筋肉が強張った。
「出ないのなら、お手伝いしますよ」
「苦しいんですよね」と、耳元、憎たらしいくらい落ち着いたその言葉に血の気が引く。
「やっ、あの、ちょっと……っ」
何を言ってるんだ、こいつは。灘の言葉に耳を疑ったが、残念なことにどうやら俺の聞き間違いでも何でもないようだ。
握ってくるそのゴムの感触に全身が竦む。
「いいって、ほんと、灘君っ!」
慌てて上半身を捩り、逃げようとするが前のめりになってしまっただけですぐに灘に襟を掴まれる。
そして、無理矢理背筋を逸らされたかと思えば、自分の下腹部、ゴム手袋に包み込まれたその指が尖端に触れる。
「や、め……っ」
「動かないで下さい」
「……っ」
そんなこと言われても。動きたくても動けない。
すぐ背後、耳元から聞こえるその淡々とした声がいつも以上に冷たく感じるのは自分の体が熱いからか。それとも。
「んぅ……ッ」
尿道口。窪んだそこを擽るように触れられれば、サラサラとした無機質なゴムの感触にぞくりと下半身が震えた。
気を失っていた間も含め、長時間トイレに行ってないのは事実だった。
けれど、意地でも灘の手の中でそんなはしたない真似、したくない。そう、後ろ手に拳を固め、込み上げてくる尿意を堪える。
「……まだ、出ないですか?」
尋ねられ、何度も頷く。だから、もうやめてくれ。そう言い掛けた矢先、性器から灘の手が離れる。どうやら諦めてくれたようだ。
ほっと安堵したその時、灘は右手のゴム手袋を外す。そしてその指を舐めるのを見て一瞬思考が停止した。
「えっ、あの、灘君」
「どうしましたか」
「なっ、なにし……」
言い掛けて、再び握り込まれる下半身。それも、今度はゴム越しのもどかしいものではなく、確かな指の感触に、剥き出しになったままのそれも僅かに反応したのが自分でもわかった。
「刺激が足りないようでしたので素手ですが失礼させていただきます」
「は……っ?」
「ああ、予め消毒させていただきましたのでご安心を」
何一つ安心出来るところが見当たらないのだがどうしろと。
どうしてこうなったのだろうか。何度自問しても答えは出てこない。
「ぅ、ッんん……っ!」
自分の下腹部から発せられる濡れた音に頭が可笑しくなりそうだった。
これならゴム手袋の方がましだ、そう思うくらい灘の細い指先は尿道口によくハマった。
「ふ、ぅ……っ」
一瞬でも気を許してしまえばそのまま腹に溜まったものをぶち撒けてしまいそうで、それでも、尿意を堪えるというのは苦痛にも等しい。
全身からドッと溢れる汗。緊張と我慢で張り詰めた心臓はその内破裂しそうだ。
窪みを重点的に指先で撫でられ、それだけでも大分堪えるというのに、時折唾液で濡れた灘の指が滑るようにその窪みの中へと埋め込まれそうになれば脳天何かが突き抜けるような、そんな衝撃に目の前が眩んだ。
「っ、も、やめてくれッ」
堪らず、俺は声を上げていた。
流れる汗を拭うこともできずに、顔も見えない灘に懇願するが、灘は手を止めない。それどころか。
「何故?したいと言ったのは君ですよ」
「っ、そ……だけどっ、でもっ!こんな……っ!」
そう言いかけたとき、腰を抱き竦めるように回されていた灘の手が腹部に伸びた。
瞬間、散々水や食べ物を詰め込まれ、僅かに膨らんでいたそこを思いっきり押さえ付けられ、腹部から全身へと駆け抜けるその衝撃に目を見開く。
一瞬、ほんの一瞬だった。四肢の力が抜け、腹から押し出されたものが下半身、性器から一気に溢れ出した。それは自分の意思とは反した生理的なもので。
「っは、ぁあ……ッ!」
添えられた灘の手に軽く持ち上げられ、便器に向かって勢い良く放出するそれに頭の中が真っ白になる。
「っ、い、やだっ、見ないで……ッ見ないで……ッ!」
勢いを失くしたものの、ぎゅっぎゅっとお腹を押さえ付けられる度に断続的に飛び出す尿に耳まで熱くなる。
止めたいのに、一度溢れ出したものを制御出来るのは難しく、それどころか濡れた尿道口を指先で刺激されれば緩んだそこからまた尿が出始めて。
「ぅ……っ、うぅ……ッ」
恥ずかしさと、情けなさでたまらなく惨めな気分になる。
実際にそうなのだろう。長い放尿を終え、濡れた尖端を拭う灘の指。
「もう出ないみたいですね」
あくまでも灘の態度はいつも遠りで、何事もなかったかのように俺から手を離す灘。
瞬間、膝から力が抜け落ちる。膝をつき、地べたに座ることからはなんとか免れたが蹲ったまま立ち上がることが出来なくて。
あるかどうかすら怪しい自尊心が、見事に打ち壊されたような気分だった。
涙すら出ない。嗚咽を漏らす俺を、灘はなにも言わずに眺めていて。
「……これも、会長の命令なの?」
相手があくまで冷静な態度を貫くからだろうか、混乱していた頭の中が冷めていくのが分かる。
残尿感はない。寧ろ、スッキリした気分だったがその代わり大切な何かがぶち壊されたような気がする。
「……」
灘は応えない。答える義務もないということか。そう思いかけた時、目の前に何かが落ちる。
それは袋に入った錠剤のようで。
「漏らさせておけ。替えは用意してあるから速やかに着替えさせろ。定期的にこれを服用させるように」
予め用意してあるなにかを音読するように、淡々とした調子で続ける灘。その言葉は俄信じられるものではなくて。
目の前の錠剤を見詰めたまま硬直する俺に、灘は「利尿剤です」と呟いた。
灘の言葉が会長からの言い付けだと理解したとき、言葉を失う。
それと同時に、会長から命令してあるにも関わらず連れ出してくれた灘の意図が読めなかった。
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