09
「なるほどねえ。芳川のやつ、全く進歩してねえな」
俺の話を聞いてくれた先輩は、開口一番そう眉を寄せる。
難しい顔。思い切って、縁には色々なことを話した。
栫井の怪我のこと、それを阿賀松のせいにしたこと、それを見て、芳川会長が恐ろしく感じたこと。
……芳川会長が、阿賀松を泳がせるために俺の偽装恋人を演じていたこと。
しどろもどろと、ゆっくりと自分の記憶から引き出すように縁に話した。下世話なことはさすがに言えなかったが、縁には伝わったのだろう。それでも、切羽詰まっている俺を思ってくれてか、縁も真剣に俺の話を聞いてくれた。
「あの先輩…」
言ってる途中は体内に溜まった悪いものを吐き出すように気持ちが良かったが、言ったあとは後悔の念しか残らない。渋い相手の反応が怖くなって、恐る恐る尋ねれば、ぱっと笑を浮かべた縁は「大丈夫」と俺の肩を掴む。
「伊織のやつは黙ってやられるようなやつじゃない。心配しなくても、まずは芳川に逆上せるはずだろうし、齋藤君は気にせずいつも通りしとけばいい」
「本当、ですか?」
「ああ、でもあまり一人でいるのは得策じゃないな。なにかあったらいつでも助けを呼べるようにしとくんだよ。そうしたら、大体どうにかなる」
そう、微笑む縁。わりとまともなアドバイスをくれる縁に戸惑いを覚えるのは、もしかしたらまだ俺は心のどこかで縁を見くびっていたのかもしれない。
そんな自分が恥ずかしくて、まともに縁の顔が見れなかった。
「そうだ。亮太は?あいつ、齋藤君齋藤君うざったらしいけど、あいつなら適当に持ち上げとけば色々してくれるよ」
ふと、思いついたように提案してくる縁。まさかこのタイミングで志摩を勧められるとは思わず、きっと俺の顔は露骨にひきつってしまっただろう。
「えっと、志摩とは今、あまり話してなくて…」
「えっ?まじで?」
「ちょっと、喧嘩しちゃって」
壱畝と仲良さげに話している志摩を思い出し、自然と顔が引き攣った。
そんな俺を見つめる縁は、「ふーん」と呟く。
「亮太、すぐ拗ねるもんな。あいつ、寂しがり屋だから多分凹んでんじゃねえの?仲良くしてやっといてよ」
「……えぇと、頑張ります」
「おー、頑張れ頑張れ!」
項垂れる俺を気遣ってくれているのか、ばしばしと肩を叩いてくる縁に釣られて俺は苦笑した。
十勝もだろうが、縁たちのような明るい人間といると気持ちが引っ張られるように晴れる。
優柔不断で他人の影響を受けやすい性分なだけ、余計。だからか、先程よりか幾分気持ちが軽くなった。
「取り敢えず、副会長の怪我が気になるな。適当に仁科呼びつけといてやるかな」
先ほど伝えた会長に殴られた栫井のことが気がかりらしい縁だが、栫井に邪険にされている仁科のことを考えると少々不憫に思えずにはいられない。
まぁ、確かに栫井の怪我が気にならないといえば嘘になるが。ここは仁科に頑張ってもらおうか。
「じゃ、行こうか」
そんな感じで様々なこれからの事につい話しているときだった。
いきなりそういって席を立つ縁に、俺は「え?」と間抜けな声を上げた。
「亮太の邪魔もないし、齋藤君の話聞く限り安久辺りがけしかけてくる可能性もあるしさぁ、ほら、一人は物騒じゃん。ってわけで、俺が齋藤君の用心棒やってあげる!」
「ええ?……結構です」
そう断りを入れれば、「そこははっきり断るんだね」と縁は大袈裟に肩をすくめる。
「先輩の怪我もあるし、流石にそこまで迷惑は……」
「気にしなくていいよ、そんなの。俺は齋藤君が好きだし、齋藤君だって、俺と一緒にいた方がいいと思うよ。伊織派のやつなら大体顔見知りだからさ、何かあったら助けることもできる」
「勿論、伊織からも」そう付け加える縁。
確かに、縁の言葉は最もだ。しかし、腑に落ちない。というか、ここまで来てもまだ俺は躊躇っているのだ。重要なことを忘れていてるぞ、ともう一人の自分が声をあげる。
「どう?利害は一致してるよ」
いまいち踏み切れない俺に、縁はそう笑った。
利害の一致。その言葉は、俺の心を揺さぶった。
利害の一致。それは、どんな相手でも協力関係へと持ち込める重要な武器だ。少なくとも、俺はそう言い聞かされてきた。
ただ、縁のメリットが破綻しているような気がしてならない。が、ここまできて断ったら相手に悪い。
「じゃあ、その……よろしくお願いします」
縁と行動するのは多少身に危険を感じざるを得がないが、暴力に晒されるよりかはましだ。
そう割り切る俺に、にっと微笑んだ縁は「こちらこそ」と恭しく頭を下げてみせた。
「いや、でも、意外だな。齋藤君が俺を頼ってくれる日が来るなんて」
図書館を後にし、廊下を歩いているときだ。
嬉しそうにはにかみながらそんなことを言い出す縁につられて俺は「え?」と相手を振り返る。目があって、縁は目を細めた。
「だってほら、今までこうしてちゃんと俺の隣にいてくれたことないじゃん?」
「それは……すみません」
「あはは、謝らないでよ。別に攻めてるわけじゃないんだから。むしろ嬉しいよ、俺は。俺のこと信じてくれてるってわけだからね」
「……」
信じてくれている。その縁の言葉が、やけに重く胸に響く。
確かに、縁のことは信じている。
信じていたい。だけど、その裏腹、今こうして並んでいる間も縁のことを勘繰らずにはいられない。それを悟られていないだけましなのだろうが。
「じゃ、これからどうする?齋藤君が好きなことしていいよ。せっかくの自由時間なんだからさ」
「俺は……その、別にしたいことなんて」
「なら、俺の用事付き合ってくれる?」
「先輩のですか?」
「うん。つーか、買い物だけどね。ちょっと包帯切らしちゃってさ」
そういって、笑いながら縁は自分の腕を指指した。捲った袖口から絆創膏が覗いている。よくみれば、腕だけではなく色々なところに絆創膏が貼られていた。
前にキスマークを隠すために絆創膏を貼っていたことを思い出し、もしかして縁もかと思ったが慌てて思考を振り払う。
「別に構いませんけど」
慌てて頷き返せば、縁は安堵したように肩の力を抜いた。そして、にこっと爽やかに笑う。
「よかった。ならいこっか」
本当ならあまり人目につく真似はしたくなかったが、縁の用事ならば仕方ない。
目的地に向け、歩き出す縁の背中についていく。
学生寮一階、ショッピングモール。
薬局へとやってきた俺達だったが、やはり、時間が時間だからか人気がない。
それでも普通に売店が営業をしているというのはやはり使用している人間が多いからということなのだろう。
それにしても、本当にこの学生寮はとんでもないな。店舗だけで街一個分の店はあるんじゃないのか、なんて思いながら俺はさっさと中に入って商品を物色している縁のあとを追う。
「あ、新しいやつ出たんだ」
傷薬や消毒液が並ぶ棚の前。一人はしゃぐ縁の元へ歩いていく。液体の入ったボトルを手にした縁は見るからに興奮しているようだ。
危ない人だなぁ、と思いながらも俺は縁の手元を覗き込む。
「そういうの、よくするんですか?」
「ん?怪我のこと?」
こくりと頷き返せば、縁は苦笑した。
「まあね、ほら、俺結構ドジっ子だからさ」
「……ドジっ子?」
「齋藤君と一緒だよ。なにかと巻き込まれちゃうからさ」
その言葉に、脳裏には以前数人の他校の女子に囲まれ揉めていた十勝の姿が浮かぶ。
なるほど、痴情の縺れか。一人納得する俺を他所に、縁は次々と買い物カゴへと薬品や医療品を投入する。
「えーと、あとは……」
「え、あの、こんなに買うんですか?」
「そうだね」
「そんなにひどい怪我なんですか?」
確かに縁の肌に生傷はよく目につくが、どこも小さな切り傷や擦り傷ばかりで大きな傷口は見えない。
それとも、俺の目に見えないだけなのか。
心配になって尋ねれば、縁は優しく微笑んだ。そして、ちょうど手に持っていたボトルを掲げる。
「違うよ。これはね、予備」
「予備?」
そ、予備。と縁は呟いた。
どういう意味かわからなくて、詳しく聞き出そうとしたときだ。
「……方人さん?」
聞き覚えのある声がした。その声に反応し、振り返ればそこには、
「仁科、先輩」
「さっ、齋藤っ?なんで、あんたら……」
縁の隣にいる俺に驚いたように呆れたように目を丸くする仁科奎吾。
どうやら仁科も買い出しに来ていたようだ。私物なのか誰かに命令されたのかわからないが、栄養ドリンクの箱を抱えた仁科との遭遇に素直に俺は驚く。
その反面、ここで会ったのが仁科ということに安堵した。しかし、仁科はそうではないようだ。
「やー奇遇だねぇ奎吾」
「方人さん、これ、どういうことっすか。なんで齋藤と……」
青褪めた仁科は、へらへらと笑う縁に咎めるような視線を向ける。
いつにも増してどことなく仁科の雰囲気がギスギスしているように感じた。
「は?なにって、ただのデートに決まってんだろ?ね、齋藤君?」
「あ……えっと……」
いきなり肩を抱き締められ、思わず怯む。
口籠るが、仁科は構わず縁に睨むような視線を向けた。
「方人さん、自分がなにしてるかわかってるんですか。阿賀松さんは、阿賀松さんは……」
恨めしそうに唸る仁科の目が俺に向けられる。
その視線には、同情や困惑、焦燥などが入り混じっていて、言葉にできないような息苦しさを覚えずにはいられなかった。そんな仁科を前に、俺の肩に顎を乗せた縁は変わらない様子で微笑む。
「退学だろうね」
「っ!」
「ははっ!別に伊織がどうなろうと俺には関係ないし、むしろなんで俺がわざわざあいつのために自粛しなきゃなんないわけ?面白いなぁ、奎吾は」
「それ、誰かに聞かれたらどうすんですか……っ」
「どうもしねえよ」
吐き捨てるような冷めた一声に、仁科は歯痒そうに奥歯を噛み締める。
俺はどうすることもできず、縁に肩を抱かれたまま固まった。
……正直、驚いた。俺の知っている縁は、少なからずもう少し温もりがあっただけに。
演技か、本心か。軽薄な口調と爽やかな笑みからは読み取れない。ただ、触れられた肩がやけに重く感じた。
「つーか、丁度よかった。ほら、これ奎吾使いたがってたやつ。新商品で入荷してたぞ」
ふと、思い出したように買い物カゴから消毒液を取り出し、笑顔でそれを差し出す縁。
勿論、仁科はそんなことで紛らわせることができる相手ではない。
「……方人さん、なに企んでるんすか」
「やだな、俺はなにも企んでないよ」
疑うような怪訝な眼差しに、心外だと言わんばかりの態度で肩を竦める縁は笑う。
「ただ、好きな子を守りたいだけだって」
そう、ただ一言。俺に視線を向けてくる縁とばちりと目があい、咄嗟に動けなくなる。
つられるようにして、呆れた顔の仁科も俺を見た。
「いえ、あの……」
注目され、どう答えればいいのかわからず口籠る。
縁のいつもの軽口だとわかってても、こういうのは正直リアクションに困った。
おまけに、仮にも阿賀松に近い仁科の前だ。狼狽える俺からなにか察したのだろう。俺から視線を逸らした仁科は、面倒臭そうに浅く息を吐き出した。
「齋藤、お前もあんまり出歩くなよ。授業出ねえならさっさと部屋に帰れ」
「あっ、はい。ご……ごめんなさい……」
ぺこぺこと頭を下げれば、仁科は余計ばつが悪そうな顔をして。
せっかく整えたであろう髪を乱暴にかき乱す。
相当来ているようだ。少しだけ、申し訳なくなる。
「奎吾。お前これからなんかあんの?」
そんな仁科を気にするわけでもなく、なんでもないように縁は仁科に尋ねた。
「……や、まあ、色々とありますけど」
「よかったらさ、頼みがあんだけど」
俺から手を話したかと思えば、仁科の耳元に顔を近づけた縁はなにかを耳打ちする。
内容まで聞き取ることは出来なかったが、おそらけいい事ではないのだろう。現に、仁科の顔色はみるみるうちに青褪めていく。
「至急な」
「方人さん……っあんた……!」
華のように微笑む縁に目を見開いた仁科は唸る。
そして、そのままなにかを言おうとしたときだった。
どこからか、着信音が鳴り響く。聞いたことのあるメロディのそれはどうやら仁科の携帯から発せられるもののようだ。
「ほら、呼び出しかかってんぞ。早くいかねえとやばいんじゃねえの?」
慌てて携帯を取り出す仁科に、にやにや笑いながら縁は肩を叩く。
どうやら、図星のようだ。ぶわっと冷や汗を滲ませる仁科は尋常ではない。
その様子からして、発信先はあいつだろう。脳裏に赤髪がちらついた。
「……っ失礼します」
なにかを言いたそうな顔をして俺と縁を交互に見ていた仁科だったが、電話の主の方が大切だと判断したようだ。
苦渋の面持ちでそう頭を下げた仁科は、そのまま携帯片手にその場を後にした。そんな後ろ姿に、縁はいつもの調子で「頑張ってねー」と手を振り見送る。
縁が阿賀松のことを切り捨てた時、なぜだろうか。本来ならば喜ばしく思わなければならないのだろうが、なんとなく、胸に引っかかった。
阿賀松に同情するわけではないが、縁を冷たい人だと思ったのも事実で。自分がなにを考えているのか、俺自身、わからない。
「……」
「あ、奎吾に渡すの忘れてた。ま、いいか。どうせ後から渡せば」
薬局を出て、縁は袋の中身を漁る。いつもと変わらない縁。あんな風に阿賀松を切ったのは、もしかしたら俺を安心させるためかもしれない。
そんなことを考えてみたが、やはりどうしても先ほどの仁科の反応が気になって仕方なかった。俺と縁がいることに対し、仁科はひどく焦っていた。
「あの、先輩……やっぱり、もういいです」
「は?」
「やっ、あの、変な意味じゃないですけど、これ以上は先輩に迷惑になりそうですし……」
散々考え抜いた結果、俺はそう縁の申し出を断ることにする。
縁がいると心強いのも事実だが、それ以上に不信感は募るばかりで。
縁が本当に善意だとしても、このままそんな相手の気持ちを踏みにじるような邪な思考を働かせたくなかった。
そんな俺の苦悩を知ってか知らずか、それでも縁はくすくすとおかしそうに笑うだけで。
「さっきからやけに静かだと思ったら、そんなこと考えてたわけ?本当、可愛いねえ齋藤君は」
「か……かわ……っ」
「だって俺のこと心配してくれてんだろ?」
「嬉しいよ」と、伸びてきた手に頬を優しく包み込まれ、額に唇を落とされる。
あまりにも自然な動作でキスをされ、俺は反応に遅れてしまった。
「なっ、ななな、なにして……っ!」
額に残る唇の感触に全身の体温が急上昇し、背中から変な汗が滲み出す。
バクバクと跳ね上がる鼓動。堪らず飛び跳ねるように縁から離れた俺は、額を抑えたまま目の前の飄々とした男を見た。目があって、縁は柔らかく笑い返してくる。
「やー、せっかく俺が言うこと聞くって言ってんだからさ、齋藤君は俺を顎で使うくらいしなきゃ損だよ?……ま、それが出来ないからいいんだろうけど」
なんだか、キスで誤魔化されたような気がしてならない。
「あ、あの」と狼狽える俺に構わず、縁は俺の肩に手を回す。
「買い物、付き合わせてごめんな。もう終わったし、一旦部屋に戻ろうか」
そう、こちらを覗き込むように促してくる縁の言葉に俺は思わず凍りついた。
ふと、脳裏に阿佐美の顔が浮かび上がる。阿賀松伊織の弟である、阿佐美詩織の顔が。
「齋藤君?どしたの?」
「あの……部屋は……」
視点が定まらず、視線が泳ぐ。語尾を濁す俺からなにか察したようだ。
「あー」と縁は思い出したように声を上げる。
「もしかして、帰りたくない?」
「……」
「ま、無理もないねえ。詩織のことだからとっくに伊織のこと耳に入ってるだろうし、あいつ、結構ブラコンだからなぁ」
世間話でもするかのような軽い縁の言葉に、俺は思わず縁を見上げる。
「……ブラコン、ですか?」
「齋藤君は兄弟いないの?」
「俺は一人です」
質問を突拍子のない質問で返され、内心疑問に思いつつも答えれば縁は「そ、なるほどねえ」と納得するように頷く。
「ま、ブラコンはブラコンでもむしろ『コン』の方が強いだろうけど」
コン、ということは……コンプレックス?
阿佐美が阿賀松に対しコンプレックスを抱いているということだろうか。
確かに、あまり特別仲良しというわけでもなさそうだったが、第一同じ血が流れるとは思えない程中身はかけ離れた二人なだけに、まだブラザーという部分に疑問を覚えずにはいられなかった。
無言で考え込む俺に焦れたらしい。「部屋に戻りたくないんならさ」と縁は強引に話題を切り替える。そして、いつもの笑顔を浮かべた。
「俺の部屋来る?」
「縁先輩の……?」
「そ。前から遊びにおいでっていってんのに齋藤君まったく来てくれないじゃん」
「でも……」
「でも、なに?部屋に帰りたくないんでしょ?」
「そうですけど、そこまで迷惑は……」
「いいって別に、そういうのはさ」
「それに、齋藤君から被られる迷惑なら大歓迎だから」と、気障ったらしく続ける縁の粘り強さには俺も驚いた。
このまま根負けしてしまった方が楽なのだろうが、縁の部屋は確か一人部屋だ。
自惚れたくはないが、ただでさえ下半身方面でいい話を聞かない縁と共に密室で二人きりになるのは抵抗があった。
俯き、言葉に詰まる俺からなにか察したようだ。少しだけ、縁は眉を下げる。
「もしかして、まだ俺のこと信じられない?」
「……ごめんなさい」
「謝んないでよ、余計傷ついちゃうじゃん」
そう笑って縁は手を振る。
その笑顔はどこか寂しそうで、自分の態度のせいだとわかってるだけに心臓が鷲掴みされたように苦しくて堪らない。それでも、その笑顔に素直に甘えることが出来ないのだから、余計。
「いいよ、ならどっかラウンジで休憩しようか。いっぱい歩いて疲れてるっしょ」
ころっと表情を明るくした縁はそんな提案を持ち掛けてくる。
その前向きさといい粘り強さといい、俺には尊敬に値する。
こんな俺をそれでも気にかけてくれてるという事実が嬉しくて堪らなくて、つられて顔を上げた俺は縁を見上げた。
「いいんですか?」
「本当は部屋に無理やりでも押し込んでやりたいんだけどね。あまり乱暴なことはしたくないんだよね、俺。あんまタフじゃないしさ」
冗談が本気かわからないが、縁なりの気遣いだとわかりなんだか胸が暖かくなる。
「ありがとうございます」と頭を下げれば、にこっと微笑んだ縁は胸に手を置き、恭しく腰を折ってみせた。
「では、参りましょうか。我が主」
なんの映画か漫画か、あまりにも演技がかった縁の対応が可笑しくて、俺は頬を緩ませる。
そして、俺達はラウンジに向かって歩き出した。
「……」
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