さよならと言われない彼は滑稽だ

「折角、帰ってきたと思ったのに」
「もう子供じゃないんだもの。大丈夫でしょう?」
「それにしたってもう少しゆっくりしていってよ」
「いや。帰るのが遅くなって怒られるのは私だもの」

そんなやりとりを弟のジャミルとして彼と故郷とに別れを告げた。

迷宮騒動があって幾日か。見事お金持ちとなったアリババの元へ一度訪れた。
その際に彼からいくらかの金銭を渡され、奴隷を解放してほしいと言われたので言う通りにした。
迷宮から帰ったその日に思い至って奴隷の足枷は外していたのだけれど、身分を解放したのはアリババと会ってからだ。
それから幾日か経って彼はチーシャンを旅立っていった。理由はわからないけれどまた会えたらと思う。
アラジンはというと全く見かけなかったのが多少気になるけれど情報は得られなかった。
ジャミル、とはまた色々とあったのだけれど私がそろそろ帰ると言った時の様子を見れば仲良し姉弟でいられていると思う。

かくして私は、私とモルジアナはチーシャンを後にした。

故郷に行きたいというモルジアナはとりあえずバルバッドへ行くそうだ。
バルバッドでカタルゴ行きの船が出ているらしい。
私はというと帰る為にバルバッドより前の、ちょっとした小さな港のある国を目指している。
心配だということもあり途中まではモルジアナと一緒に行くことにした。

のだけれど。
膨大な額の金銭を奴隷解放にともなって使った。
その上旅費を全額貸してくれ、と言ったらあの可愛い可愛い私の弟がどうなることか。
いくらかのお金を申し訳ないと感じながら借りつつ、残りはキャラバンで稼ぐ事にした。

「領主様のお姉様にこんなものを持たせる訳には行きません」
モルジアナのこの態度には困るけれど。

「わぁ、モルジアナすごいのね。でも無理はしないでね?」
「シャハラも負けるなよ!ほら、頑張って!」
こうしたキャラバンでのやり取りは心が暖かくなった。
荷物をしっかりと持ち直して頑張ろうと踏み出す。
結局数歩進んだところでモルジアナに荷物を取られて持たれたけれど。

何事にも問題はつきものらしい。
キャラバンが盗賊のせいで先に進めず困っており、それを何とかしようというモルジアナに私はついていった。
でも、よく考えれば私は足手まといにしかならないとわかっていた筈だ。
結果、私達は捕まってしまった。奴隷に、されるらしい。
巻き込んでしまってすみません、とモルジアナが頭を地に擦り付け謝罪していたが私は何も返せなかった。

アラジンと、再会した。
足枷を外したモルジアナが破壊した扉の向こうに彼はいた。
一件落着と言えそうなその空気の中で私は胸がざわめくのに気付きつつ踵を返した。

この幾日かの間。
とても恐ろしかった。本当に奴隷になるのではないかと怯えた。
熱にうなされた時もあった。気付かれたらどうなるのだろうと息を潜め泣いて、しまったこともある。
空腹に胃が捩れそうだった。それでも心配するモルジアナ達に大丈夫、と笑う自分が馬鹿みたいで仕方なかった。

死んだ方が良い人間はいる。
止めろ、近づくな、放っておけ。
止めろ、止めろ、と断続的にそれは続いてじわりじわりと私の中を満たした。

それは元凶。

「…ふぁてぃま、」
息をすればずくりと肺が沈む。
殺せ、死んだ方がいいんだ、こんな奴は。さあ、早く。殺してしまえ。
殺せ殺せとそれは鐘が鳴るように私の中で響く。
だけど、だけど。
全部振り払うようにふるっと頭をふった。

「ファティマー、この先にチーシャンという都市があるから行きなさい」
項垂れた彼はゆっくりと顔をあげた。
眉根を寄せて情けない表情をして私を見上げた。
泣きそう、に見えたのは私だけかもしれない。私のただの気のせいだろうか。
それでもその情けない表情の相手を真っ直ぐと見つめて言葉を続ける。

「手紙を書いてあげましょう。私の弟が領主でね、きっと貴方を悪いようにはしないわ」
泣いたのは私だった。

「…だからもう二度と、貴方はこんなことをしてはいけないのよ」
どうしてかと問われても答えられないけれど私は泣いてしまった。
流れる涙を拭いもせずに座り込んだままの相手を抱きしめる。
驚いた様子の相手にしがみつくよう抱きついて子供みたいに泣きじゃくった。

目の前にいる人くらい、抱きしめて幸せにする事ができればいいのに。

さあ楽園は誰のものだ。
きっと滑稽な人のものでしょう。
(笑うが勝ちとはつまり)

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