三秒先の狂気をいつだって予想してた

あ、死んでしまう。

振り下ろされる剣を見てぞくりと背中に悪寒が走る。
体は震えたのにそれ以上は動かなくて。
死んでしまうのかもしれないとぎゅっと目を伏せた。

「お止めください!」
空気を裂く声は震えていた。
恐る恐る目を薄っすらと開けばそこには先程と変わらない人の姿。
何か違いをあげるのならばその人物にぎゅっとしがみつく少女の姿があった事だ。
力任せに振り払われて怒鳴りつけられる少女は地に座り込んだまま泣いていた。
泣きながら震えたままの声で彼女が彼を見上げたまま言う。

「りょ、しゅさま…きっと、後悔なさると、思うのです…」
途切れ途切れに彼女はだから止めてくださいとそう言った。
彼女の主人でありこの地の領主であるジャミルは面食らったものの何かを振り払うよう首を動かしてから剣を握り締めた。
それからうるさい黙れと何とも安直な言葉を口にして握りなおされた剣をモルジアナへと振り下ろす。
頭を庇う形で地にへばりつくモルジアナがいなければ私はきっと彼に殺されていたんだろう。
あんなに言うことを聞かなかった体が嘘みたいに軽快に動いてぱっと彼の動きを止めるよう飛びつく。
どこかで身につけた当身を気絶するよう彼にやる。どうやら上手くいったらしい。
乾いた音を立てて彼の手から剣が零れ落ち転がった。だらりと力の抜けた体がこちらに寄りかかってくる。
流石に男の体は支えきれなかったのか尻餅をついた。
気絶したジャミルの姿をじっと見つめてしばらく目を覚ましそうにないのを確認する。
それから驚いた表情でこちらを見るモルジアナとゴルタスを呼んでジャミルを預ける。
モルジアナの手を借りて立ち上がると精一杯伸びをしてから笑みを作ってみせた。

「さぁ、進みましょう」
ここは迷宮アモンの中だ。

迷宮と聞くと私は必ず眉を寄せてしまうらしい。
指摘されるまで気づかなかったが不満そうに不機嫌を露わにした表情になるそうだ。
確かに、不愉快ではあると思う。
迷宮を攻略して力を手に入れる。地位や名誉を手に入れる。シンドバッドドリーム。
大いに素晴らしいと思う。応援をしてあげたっていいくらいだ。別に悪くない。

けれど、迷宮攻略を夢見て志半ばで死んでしまうのは違う。
だって生きていればもっと違う道があったはずだ。違う人生が、世界があったはずなのに。
迷宮を攻略出来ず命を落とすだなんて。命を落とさなかった世界が消える。何万、何億という可能性がなくなるんだ。
それは、とても不愉快である。

武力を好まない自分にとって武力を使うであろう迷宮は好ましくない。
だから迷宮を攻略しようがしまいがここをモルジアナ達と無事に出たい。
誰一人かけることなく、全員で再びチーシャンの地へと。

「モルジアナ、さっきはありがとう」
出口までもう少しであろう道を真っ直ぐ進む。
多少頭や体を使ったが無事迷宮の最後までたどり着きそうなのにほっと安堵の息をつく。
モルジアナと私の後ろをジャミルを背負ったゴルタスがついてくる。
街にも似たここは迷宮の中というのを忘れてしまいそうになるくらい穏やかな空気が流れていた。

「いえ…私はただ…領主様が、きっと後悔なさると」
歯切れ悪く途切れがちになりながらモルジアナが言う。
貴方を手にかけてしまったら領主様はきっとずっと後悔なさると思ったから、と。
眉を寄せた彼女は今にも泣き出しそうな顔で私を見上げてそう言った。

「家族って、そういうものですよね」
私は彼女に出来るだけ優しい声で同意して、その鮮やかな赤い髪を撫でた。
街のように建物がたくさんある中でもひときわ目立つ場所があった。
ようやくその場所へとたどり着いて一息つけばどうやら先客がいるらしい。

何となく見覚えのある二人の少年の姿に記憶を手繰り寄せればなるほど思いだした。
金髪の少年はチーシャンへとやってくるのに乗せてもらった時の御者だと。
その時一緒に乗っていた少年があの青い髪の子だ。
ちょっとした問題が起こったからか記憶は割と鮮明に思い出せた。

むすっと不機嫌そうな顔をしたモルジアナ達を横に改めて彼らと自己紹介をと話した。
青い髪の子がアラジンで金髪の少年がアリババ。
私が名乗る前にアラジンが飛びついてきてモルジアナとアリババが慌てていた。
子供のする事だからと飛びついてきたアラジンを抱きながら気を取り直して再び口を開く。

「私はシャハラ。チーシャンのジャミルの姉です」
それからジンであるアモンはアリババを選んで私達は迷宮を後にした。
地上へと戻るとみんなバラバラになってしまったもののすぐに見つかった。
未だに目を覚まさない弟をゴルタスに背負ってもらいながらモルジアナを連れて家路を歩く。

「貴方達が無事で良かった」
隣を歩くモルジアナの頭を撫でながらそう言えば彼女は視線を下へとやる。
私もつられて下を見れば裸足の足が。何か靴を買ってあげようと考える私に彼女が言う。
たくさんの人が死んだ。助けられなかった。何も出来なかった。小さく小さく彼女はそう言っていた。

「…世界中の人を助けるなんて無理なんだから、傍にいる大切な人を守れたらそれでいいよ」
貴方達が無事で良かったと先程と同じ言葉を続ければ泣きそうな顔をした彼女は震えた声でありがとうございますと口にしていた。
再び彼女の頭の上に置いた手を撫でるよう動かしながら私の方こそありがとうとお礼を告げる。
何だか暗い雰囲気に包まれたのでぱっと顔を上げてモルジアナの肩を抱いてゴルタスの背に手をやる。
裸足で地を歩く彼らの鎖を断ち切ってやろうと考えながら笑みを作る。

「ジャミルが目を覚まして、落ち着いたら貴方達の故郷へ行きましょう!アリババの所にも行ってみようね。他にも色々な事をしよう!」

今の私は世界が平和になる事を祈って、傍にいる大切な人を守るのに全力を尽くして、笑顔でいるべきだろう。
その為にも今は今日の夜、どんな美味しいものを食べてやろうかと考えるべきなんだ。


この狂気に名前はあった。
それは世界を変えようとする何か。
(だけど不発弾)


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