02

卑しい生まれの私に優しく接してくれる彼女が好きだった。

他の姉妹みたいに、否、他の姉妹よりもずっとずっと仲良くやってきた。
新しい着物のどの柄が素敵だとかあの色が好きだとか。
花の中ではこれが一番素晴らしいだとか、あれを育ててみたいだとか。
彼女と一緒にお茶を飲んで菓子を口にするそんな時間が一番幸せだった。
お姉様がいてくれるならば他の誰に蔑まれても平気だった。

だけど、その時は当然のようにやってきた。
お姉様が嫁ぐ時は当然のように。
私が駄々をこねても仕方ないし、それが彼女の役割で国の為だから、仕様がないと。
お姉様が泣きじゃくる私をぎゅっと抱きしめて言う。
死ぬ訳じゃないのよ、また会えるわ、と優しく。
それがいつになるの、ずっと一緒がいい、なんて我儘を言うほど私はもう幼くなかった。
精一杯笑顔で姉を見送れたと今でもそう思う。

だけど、姉はすぐに煌を戻ってきた。
なんでも相手方のところへ辿り着く前にたちの悪い盗賊に襲われたそうで。
結納品も壊れてしまったししばらく婚儀を先延ばしにして戻ってきたそうだ。
お姉様がちょっと困ったような顔をして仕方ないねと笑う。
それからまた紅玉としばらくいれるなんて嬉しいわと。
また襲われたらどうするつもりなんだろう。相手方は一体何を考えてるの。
お父様は、煌は一体何を考えているんだろうか。
不安と苛立ちとその他色々な感情が胸を占めて私の思考を鈍らせた。

「紅玉が、迷宮攻略に行ったんですって。ずっと前から神官さんに誘われてたんだって」
「神官さんは意地悪ね。私から紅玉を奪うだなんてずるいわ。とてもひどい話よ」
「…ねぇ、紅玉は私と一緒にいたくないのかしら。私が嫌いだから迷宮に行ったのかしら」
「私は、ずっと一緒にいられる訳じゃないから、こうして時間がある時は紅玉と一緒にいたいのに」
「…私ってまだまだ子供ね。我儘ね。煌にずっといたいよ。嫁ぐのなんて、本当は嫌」
「そんな顔をしないで。こんな話をしてごめんなさい。みんなには内緒にしてね?」

思っていたよりもずっとずっと時間がかかった。
痛い思いをしたし悲しい思いもした。来なきゃ良かったなんて思う時もあった。
傷だらけでそこら中痛む体を無理に動かして屋敷の中を走る。
彼女に会いたい。私の大好きな大切な家族に!

「紅香お姉様!」
驚いた表情の姉の細い手を取る。
それをぶんぶんと振りながら抑えきれない喜びに口角をあげた。

「迷宮を攻略したの!ついにやったわ!」
心配そうに私を見つめる姉の白い頬に触れる。
大きな瞳の中に私が映ってとても満足。

「貴方を守る力を手に入れたのよ!」
姉が表情を緩めると私に笑いかけて名前を呼ぶ。
そしてぎゅっと抱きついてくると泣いてるみたいな声を出した。

「紅玉、大好きよ!」
この人を守る為の力をやっと手に入れた。
誰かに任せて不安になる事なんてない。
どこかの誰かに傷つけさせたりなんてしない。

私がきっと彼女を守ってみせるんだ。
私より少し身長の低い、小さな彼女を抱きしめた。

それから程なくして彼女は再び嫁ぎ先に。
私も道中をついていき婚儀にも顔を出した。
幸せになってほしいと思った。笑顔でいてほしいと。
できるなら私の傍にいてほしかったけれどそれは言わなかった。
お別れにお互い幼い子供みたいに情けなくなるくらい泣きじゃくった。

「また会えるわ、きっと会えるから」
姉の言葉を噛み締めて私は再び煌へと戻った。
武人としての立場も手に入れて肩身の狭い思いをする事はなくなった。
なくなったけれど、姉の姿がない煌にすぐには慣れなかった。
やっぱり寂しかった。泣いてしまう事もあった。
だけど、姉の言葉を信じた。忘れないでいようと。
きっとまた会えると。

それからすぐにしてお兄様が軍を指揮して属国となった地から姉は煌に戻ってくるのだけれど。

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