01

「私の髪飾りがないのよぉ」
私の主である姫君がそう泣きついてきたのは今朝の事。
ただの髪飾りであればここまで気にする事でもなかったのだろうが金属器ともあれば別だ。
陽が高く高く昇るそんな時間にもなったのに探し物は見つからない。
何か陰謀に巻き込まれたのではと不安になるが嫌な考えを振り払うよう首を振った。

「あら、夏黄文!一体何をしているの?」
嬉しそうな少女の声が聞こえて振り返ればそこには第七皇女の紅香の姿があった。
私に駆け寄ってきて嬉しそうに笑う少女を前に深々と頭を下げれば不機嫌そうな声が耳をついた。
そんな挨拶止めて、と不満そうに言うもすぐにきょとんと大きな目を丸くさせて首を傾げた。

「ねぇ、何をしているの?紅玉も忙しそうだったわ」
何かあるの、と問いかけてくる相手に素直に答えていいものかと迷うがもし彼女が見かけていたならばという考えと共に口を開く。
紅玉姫の金属器である髪飾りが見当たらないというのを伝えると彼女にはぴんとこなかったのか黙っていた。
それでもしばらくすると見かけたら伝える、頑張ってとそう言ってその場を立ち去っていった。

溜息を、つく。

見つからなかったらどうしようか。
それよりももっと事が大きくなったら。
皇子達の耳に入ってしまったら。
折角武人としての立場を手に入れたまだ幼い姫君が…―
そこまで考えて思考を中断させる。考える時間があるなら今は探さなければ。

「黄文!助けてっ!」
高い悲鳴と一緒に私へと駆け寄り背中に隠れると小さく震えるのは紅香だった。
その後を顔を真っ赤にさせて涙目で怒ってるであろう紅玉姫が続いた。
あれだけ私を不安にさせた金属器を片手につかつかと歩み寄ってきた。
そして半ば怒鳴るようにどきなさいと私に向けて言う。が、紅香はぎゅっとこちらの衣服を掴んで放さない。
そしてぐすぐすという嗚咽の合間に震えた声を出した。

「こ、こうぎょくがね、おこってるの」
それは見ればわかる。
しくしくと泣き始めた彼女の泣き声は次第に大きくなっていく。
うぅ、と呻くような声を上げて幼子のように泣きじゃくっている。
この姉妹はお互いに仲が良くて甘やかすような関係だから泣きじゃくる姉の姿を見てさぞかし紅玉姫も心を痛めて、はいなかった。
恐る恐るといったように紅玉姫を見ればこちらを射抜くような視線で馬鹿な事をといった表情で見ていた。

「お姉様、私は何も怒ってるんじゃありません」
嘘だろう。
それを怒ってないと言うのなら金属器を武器に変えるのは止めていただきたい。
大体どうして私はこの二人の喧嘩に巻き込まれているのだろうか。
何があったかも全く把握していないのに。

「お、おこってるもん…こ、ぎょく…おこってるもん…」
嗚咽の合間に途切れ途切れにそう言うと紅香はまた泣き始めた。
むっつりとした表情で紅玉姫が私に近づき背中へと回る。
びくりと体を跳ねさせてぎゅっと私に抱きついてきた紅香がやだやだと首を振った。

「…お姉様、どうして私の髪飾りをとったの?」
怒ってる、というよりは悲しげに紅玉姫がそう問いかけた。
なるほど、ようやく少しだけ話が見えてきた。
無礼を承知で紅香の肩を抱いてやり紅玉姫と向かいあわせた。
一瞬こちらを縋るように見てきたがどうしようもなくなりぽんぽんと優しく肩を叩いてやった。

「…怒らない?」
先程よりは落ち着いた様子で紅香がそう呟くように言った。
紅玉姫の武器はいつの間にかただの髪飾りに戻っていて手に握られていた。
ややあってから姫君が頷く。
そして躊躇ってから紅香が口を開いた。

「紅玉にね、危ない事してほしくないの」
「怪我なんかしちゃ嫌なの。争って欲しくないの」
「武器なんて持ってほしくなかったの…」
続けてそう言うと紅香は最後にごめんなさいと謝罪を口にした。
姫君はというと俯いたまま小さく震えていた。
自分勝手だと我儘だと怒っているのだろうか、そう思った。
多分、次姫君に怒られたら紅香はもう泣きやまないだろうな。
そう考えると自分がこの場にいるのがとてつもなく不幸に思えた。
関係ないのに。関係ないのに。

「私は、この力を手に入れた事を後悔してないわ…」
姫君はそう呟くと顔を上げて紅香に飛びつくように抱きついた。
そして泣き始める。続いて紅香も泣き始めた。

「だって、お姉様の為だもの!だからお姉様が否定なんてしないでよぉ」
「わあああん、ごめんなさい紅玉!紅玉大好きだからね!一番好き!」
「私だってお姉様が好きよ!お姉様への思いは誰にも負けないんだから!」
一体この場でどうすればいいのだろうか。
泣きじゃくる彼女達にはついていけず、かといってこの場から立ち去ることもできず。
うんうんと頷いて何となくその場は乗り切った。と思う。乗り切れたと。



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