きみと僕が〜 | ナノ


◎ その一言に心が乱れる


「香坂くんさぁ、いい加減にしなよ?」
「は?なにが?」
「なにがってわかってるでしょ?」


どうしよう。
それが1番最初に思った事だった。

放課後、教室で先輩からのメールを待ったが、連絡はなかったのでとりあえず帰ろうかと閑散とした廊下を歩いていると、ふと話し声が聞こえてきた。

生徒はみんな帰った後の教室で男子生徒が4人ほど、1人の生徒を囲っている。
いじめかな、とめた方がいいのかな、なんて思いながら教室の入り口でこっそり覗いてみれば、囲まれている男子生徒に見覚えがあった。

いつかの先輩のセフレだ。
呼びだされて、わけの分からない事を言われて、名前は知らないが、顔はよく覚えている。
知り合いと言えばいいのかどうか分からないが、関わりのある人間。
それはあまり良い関わりとは言えないけど。

「ちょっと、誰?」

囲まれているけど強気な子みたいだし、囲んでる4人も可愛くて小さくて、とても力があるようには見えないから大丈夫かな、なんて都合よくその場から離れようとしたが、それがいけなかった。
囲んでいる4人の内の1人に覗いていたのが気づかれてしまい、5人の視線が一気に突き刺さる。

逃げてしまえば良かったのかもしれないが、気が動転してしまい結局動けないままツカツカと入り口まで来た男の子に腕を引かれて僕まで囲まれる羽目になってしまった。


「コイツ知ってる。コイツも水上先輩のセフレだよ」
「香坂くんはまだわかるけど、お前みたいな平凡が水上先輩の相手かと思うとイライラする」

いつの間にか矛先は僕の方へ向いていて、辛抱な言葉を投げつけられる。
まあ本当にその通りだから言い返す事もできないのだけど。

「でも香坂くんは香坂くんで水上先輩だけじゃなくて、誰彼構わずヤっちゃってるから気にくわないっ」
「ほんとだよ!水上先輩の相手できるのが当たり前みたいに思っちゃってむかつくっ!」

そして矛先は元に戻る。
どうやら例の男子生徒は香坂くんというらしい。

先輩は相手に不自由しない容姿なため、セフレは結構選り好む方だ。
だいたい相手から声をかけて、先輩がその気になればそのままセックスに持ち込まれる。
女なら可愛い系より綺麗系。
男ならどっちでも構わないが綺麗系の方が複数回関係をもつ事が多いらしい。

香坂くんは可愛いというより綺麗で中性的な顔出ちをしているため、1回切りではなかったのだろう。
そうすると僕はどうしてなのか。
確かに告白は僕からだったが、先輩の好みにはほど遠い平凡顔で、本来なら断られているはずだった。
それがどうして今のような関係になったのか、僕には分からない。

「先輩とヤるのも気持ちいーけど足りないの。てゆーか、僕が誰とどこでセックスしようがあんた達に関係ないでしょ?僕が先輩以外とヤってよーが伊山くんが先輩とヤってよーが、あんた達が先輩とヤれるかどうかに何の影響も与えないと思うけどね。とりあえずその短期で群れないと何もできない女みたいな性格を直せば?」

行こ、伊山くん。と手を引かれ、顔を真っ赤に染めてる4人の横を堂々と通り抜けて僕達は教室を出た。


「ごめんね?僕のせいで」
「別に…それじゃあ」

玄関まで着いたところでようやく腕を放した香坂くんは苦笑いを浮かべながら謝罪を述べた。
それに気の利いた返しができるはずもなく、僕は俯き気味に別れを告げる。

「あ、待って」

そのまま靴を変えて帰ろうと下駄箱へ向かおうとした僕の腕は再び香坂くんに捕まれた。

「何か食べて帰ろうよ?お腹すかない?」
「僕、ちょっと用事があって…」

用事があるというのは嘘だが、お腹は別にすいてないし、一緒の時間を過ごすという事に抵抗があった。
僕がそう断れば香坂くんは腕を放しながら残念…と眉を下げて呟く。
ごめんと一度謝ってから、僕は今度こそ下駄箱へ向かった。




数日後、例に習って先輩と一緒に夕焼け空のなか、先輩のマンションへ向かって歩いている時。

「そういえば、恵のこと助けたんだって?」
「え?」

メグム。先輩の口から出てきたその言葉に覚えはなくて、頭に疑問符が浮かぶ。

「香坂恵。こないだ絡まれてるとこ颯太に助けてもらったって言ってたけど」
「あ…」

メグムが香坂くんのことだと理解はするが、あれは助けたなんてものに入らない。
むしろ、助けられたの方が正しい。
ましてや自分はあの場から逃げようとしていたのだから。

「ありがとうって言い忘れたから言っといてって言われた。それと今度はご飯食べに行こうだって」
「あ、はい…」

どうして先輩にあの日の事を言ったのだろうか。
どうして先輩に伝言を頼んだのだろうか。
香坂くんがわからない。

「行くの?ご飯」
「あ、いや、わからないですけど、」
「行かない方がいいと思うな」

たぶん行かない。というのは続かなかった。
初めから行く気はなかったが、先輩のその言葉に僕は頷いた。

「恵はさ、きっとB型だよね」
「え?」

にこりと笑った先輩によって、話が逸れる。

「気に入った奴となら誰とでも寝るし、勝ち気で我が儘で自分勝手な男。そういうのが周りにはウケ悪いらしくて、陰口たたかれるってよく愚痴ってる」

面白そうに話す先輩に僕は何も返す事ができない。
相槌の一つすら。
そんな僕を気にする様子もなく、先輩は続けた。

「クラスでも浮いてて友達も少なくて、嫌われ者なんだよね。…颯太も恵が嫌い?」
「…、わかりません。でも、こないだ助けられたのは僕の方だし、僕は香坂くんのこと見捨てようとしたのに…悪い人じゃ」

好きか嫌いかで問われれば先輩と関係をもっている以上僕の中では嫌い寄りだ。
でも、こないだ僕が助けられたのは事実で、悪い人ではないんじゃないかと思ってしまう。

だから、嫌いかと、そう問い掛ける先輩に僕はそう言おうとしたのだが、あと少しのところでまた最後まで言えなかった。

「でも、恵が颯太を助けたのは下心があっての事だよ?悪い人じゃないってわけでもないと思うよ。だからご飯なんか行っちゃ駄目だよ?」
「え…?」

わかった?とこちらを向いて聞く先輩に僕は頷く事しかできなかった。

別に行く気はないからいいのだけれど、先輩が知っている香坂くんの情報量が気になる。
どうしてそんなに詳しいのだろうか。
名前呼びするほど、親しいのだろうか。

そんな事を考えてもやもやしてきた頭を軽く振り、僕は考えるのを止めた。

「恵は自分の生き方が悪いとも駄目だとも思ってないし負い目も感じてない。ある意味羨ましいし、そういうのも悪くないと思う。」

それは、僕としても羨ましいと思う。
複数人と関係をもちたいとは思わないし、嫌われるのも嫌だけど、自分に自信があるというのはとても魅力的だ。

「そんな事より、用事ってなんだったの?」

目を細めて言う先輩に、用事なんて嘘だった、と言えばいいのだけど、なかなか言葉が喉につっかえて出てこなかった。


((瞳の色がさっきまでとは違ったから))



 
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