きみと僕が〜 | ナノ
◎ かっこいい人
15回目の春。
桜が散る季節。
お母さんは大手企業でバリバリ働いているし、お父さんは弁護士で自分の事務所を持っている。
お金に困った家庭ではないし、それなりに裕福だと思う。
小さい頃は少し寂しかったけど、忙しい暇をぬってお母さんが料理を教えてくれたから、自炊はできるし栄養が偏った事はない。
そして優秀な両親を継ぐように、高校はわりと背伸びをしたところが第一志望だ。
去年までのツケが回ってきたのか、今の成績では少し難しいと言われている。
それでも立派な両親の後を追うように、頑張って合格できるように、塾なんかに通わせてもらっている。
勉強は別に嫌いじゃないから自分でできると言ったし、両親もわかってくれたが、一応と言われてしまった。
まあ安全圏ならともかく、難しいと言われている以上心配なのは分かるから仕方ないと思う。
そんな感じで学校終わりに塾へ通う毎日。春休みも塾の毎日で終わった。
とっくに陽が暮れて、自習室での勉強もそろそろ切り上げようかと帰る支度をする。
そういえば、去年の夏頃まで続いた関係だったが、よく考えたら先輩は受験生だった気がする。
僕と関係を切った後も遊んでいたようだったが大丈夫だったのだろうか。
卒業式の日に見た最後の先輩はやっぱりかっこよくて、同級生と笑っていた。
どこを受験したのかは知らないし、合格したのかも知らない。まして本当に受験したのかも知らなかった。
自分から諦めたのに半年経っても思い出す未練がましい自分に思わず笑みがこぼれた。
もう忘れよう。
そう思いながら塾がはいっているビルから出たところで、声をかけられた。
「なぁ、金貸してくれねぇ?」
「え?」
「え?じゃなくてぇ、お!か!ね!」
そこまで聞いて、あぁ、と思った。かつあげ。
たぶん中学生。3年生か、もしかしたら年下かも。
色シャツの上に学ランを羽織って、ピアスまでしている男が2人。
かつあげなんて本当にあるんだ、なんて呑気に思ってたら腕を引かれてビルの陰まで連れていかれた。
あ、お金。
「あ、ちょっと待ってください…」
「はーい」
かつあげに遭った時は素直にお金を渡せばいいと、学校からも両親からも教えられてきた。
お父さんに至っては後で訴える事もできるんだから痛い思いなんてする必要がない、と。
裁判沙汰にしたいなんて思ってないが痛いのは嫌だ。
だからもしもの時のお金という物を財布の中に用意してあるはずなのだが、ない。
「まだ〜?」
「ちょ、待ってくださ…」
はっきり言って焦っていた。
鞄の中は教科書や参考書やノートばかりで、肝心の財布がない。
ないのだ。
「あの…ごめんなさ…財布が」
「あぁ?」
「あ、忘れてきたみたいで…っ」
若干震えながら言う僕は目の前に立つ男達の顔が見れない。
ああ、殴られるのだろうか。
痛いのは、嫌だな。
「文無しだって〜……どーする?」
「とりあえずストレス発散の方向で〜」
「りょーかいっ!」
笑う男の右手が振り上げられ、殴られる、と目をぎゅっと瞑るが、痛みがなかなか訪れない。
フェイントかと警戒しながらも恐る恐る目を開いてみれば、学ランの男達のその後ろ、ブレザーの男が笑っていた。
「とりあえず僕のストレスを発散させる方向で」
まさに今殴りかかろうとしていた男の手首を捻り上げて、はらわたに蹴りをいれる。苦しそう。
それを見たもう一人の男は逃げ出そうとするが、襟を後ろに引っ張られ尻餅をつく。
「とりあえず僕のストレスを発散させる方向で」
さっきと同じ事を言いながら、尻餅をついた男の腹を踏んだ。
「あ、お金だっけ?ちょっとはスッキリしたし、はいどーぞ」
呻きながら蹲る2人の男の傍に財布から出した万札を数枚。
でも風で飛んでいきそうだったらしく、思い直した男は学ランのポケットにねじ込んでいた。
「あ、だいじょーぶ?」
「あ、え、あ、はい…あの、ありがとうございます」
ずっと男達に構っていたその人は僕の存在に気づいたらしく、未だ震えの治まらない僕の頭をぽんぽん撫でながらそう言った。
急な事に何が起こったかまだ理解しきれていない僕だったが、吃りながらもお礼を言う。
「財布忘れるなんて災難だったね?」
「あ、はい…」
本当に、と心の中で付け足しながら男と目を合わせる。
茶髪に緩くかかったパーマが今どき感を出していて、身長も僕より高くて、整った顔立ちでかっこいい。
「塾?受験生?」
「はい、そこの塾に通ってて」
「そっか」
ビルを指差しながら言うと男はまた笑った。
「それじゃあ、気をつけて帰りなね?」
「あ、はい。ありがとうございました!」
学ランの男達はまだ蹲っていて、もしかしたら気を失っているのかもしれない。
少しだけ気になったが、僕は男に促されて一つお辞儀をしてからその場から立ち去った。
痛い思いしなくてよかった。
かっこいい人だったな。
今度から財布はちゃんと持ち歩こう。
勉強頑張ろう。
今日の晩ご飯何にしよう。
そんな事を考えながら僕は帰路についたのだった。
((優しい親切な人…?))
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