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そのあと透は何事もなかったかのようにしていたが、僕は感情の切り替えがうまくできずに動揺したままだった。
楽しい話題を提供してくれる透に対し僕が感心して頷くといういつものやりとりなのに、曇りガラスごしに会話をしているような、そんなあやふやな心地でいた。
普段なら動きが速い時計の針も今日は殊更遅く感じた。

昼休み後、教室に戻った僕は自分の机の上をじっと見つめた。
透が何を考えているのか分からない。
人目のある廊下で過剰なスキンシップをして、僕に弁当を食べさせたり、挙げ句、僕が嫌がると知っていてキスをした。
ここのところ透のことを放っておいた意趣返しだろうか。考えてもどうにも腑に落ちない。それならそうと彼はちゃんと言うはずだから。
透の好意に甘えて僕は我を通しすぎなのだろうか。もしかして今さっきので彼は嫌気が差したんじゃないだろうか。
これでまた来週まで会えないと思うと落ち着かない気持ちになり、そわそわと座る位置をずらしたりノートを忙しなく捲ってみたりした。

やっぱり一度よく話し合おう。こんなのは自分だけで考えていても埒があかない。
ただでさえ同性同士というデリケートな付き合いなのだから、不平不満を溜め込んでいては続きようがないんだ。
『明日、少しでいいから会って話せないか』――授業が始まる前に透へメールを送ったが、返事はすぐにもらえなかった。

放課後、司狼との約束通り図書室で待っているとようやく透から返信がきた。いいよ、と一言だけ。
明日は土曜だがもしかしたら午前中は部活があるかもしれない。そう考えると午後――昼過ぎか、夕方なら時間を割いてくれるだろうか。
色々と考えている間に司狼が図書室に顔を見せたので、時間の打ち合わせはあとまわしとスマホを鞄にしまいこんだ。

「なあ紘人、今日は外に行かねえか」
「ああ、わかった」

このところだいたい中庭で話していたのだが、今日の司狼は行きたい場所があるようだ。
彼の行く先に従うと、着いたのは今年の文化祭中に連れて行かれたカフェだった。
あのときは僕が瑞葉とのことで司狼に話を聞いてもらったのだが、今回は逆だと思うと複雑なものがある。
掲げられたメニューから目に付いた飲み物を注文してテーブルにつく。対面に座った司狼はやけに気負った表情をしていた。
最初は、昨日より寒くなった天気の話とか司狼のクラスで起こったことだとかいう軽い雑談から入った。

「――それで、話したいことがあるって言ってたのは何だ?」
「ああ……実はな、別れた」

もっと勿体つけて話すかと思えば、さらりと出てきた司狼の言葉に唖然とした。

「え……っと、それは、彼女と……?」
「そうだ。さすがに家にまで押しかけられたらな」
「きみの家に?まさか」
「そのまさかだっての。昨日の夜に、俺んちの前まで来て泣くわ喚くわでもう無理だと思ってな。間が悪いことに瑞葉んとこと一緒に焼肉行った帰りにばったり……だったもんで、余計始末に負えなくて参った」

詳しく事情を聞けば、昨日は司狼の家と瑞葉の家、親戚両家総出で食事に行ったのだそうだ。
彼らの住まいは近いのでそういうことがしょっちゅうあるということは僕も知っている。
ところが食事から帰ってきたら家の前で司狼の恋人が待っていて、おまけに一緒にいた瑞葉を横恋慕の相手だと思い込み、それはもう筆舌に尽くし難い修羅場に発展したのだという。
そんなことに巻き込まれた瑞葉に同情したが、昔からそういった勘違いは多々起こっているのだという。かくいう僕だって当初、司狼と瑞葉は良い仲だと思ってたくらいだ。
激昂する彼女をなんとか宥めすかし二十四時間営業のレストランに連れて行き、長々と話し合った末に恋人付き合いを解消したようだ。
話し合いは深夜にまで続き、その後彼女を家まで送り届けたので今日はあまり眠れないまま登校したらしい。

説明を終えた司狼は疲労困憊といった様子でいる。
そんな壮絶な結末に僕はどう返したものかと悩んだが、結局ありきたりな言葉しか出なかった。

「た、大変だったな……。その……大丈夫か?」
「ああ、まぁ、きっちり話はつけたからな」

疲れた顔をしてるが肩の荷は下りたようで、司狼はさほど未練や悲しみを抱いてなさそうに見える。

「はっ……しばらくこんな面倒なのは御免だ」
「そうは言うが、きみくらいの男なら誰も放っておかないだろ」

僕は本心からそう言ったが、司狼は冗談で返してきた。

「……紘人が女だったらなあ」
「は?」
「そしたらお前を俺の彼女にするのに」

笑えない冗談に呆れ果てた。けれど司狼は自分で言ったその言葉がツボに嵌まったらしく、一人でくつくつと笑っている。

「馬鹿なことを言って……心配して損した」
「悪い悪い!いや、お前はいいヤツだなってことだよ!」
「まったく褒められてる気がしないんだが。――そういえば、瑞葉にきみと彼女が揉めていたことがバレたんじゃないか?」
「まあな。つっても別に隠してもねえけど。あいつは俺の恋愛沙汰にゃ無関心だから、知られたところでなんともねえよ」
「そ、そうか」

家族付き合いが長く距離が近すぎるがゆえにそういった感情が湧かないとは聞いていたが、本当に二人はきょうだい同然らしい。
以前ならそのことにやきもきしたものだが、瑞葉と友人に戻った僕は驚くほど穏やかでいられる。


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