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話に区切りがついたので、手をつけてなかった紅茶のカップを持ったそのとき司狼が僕を呼んだ。

「――なあ紘人」
「なんだ」
「お前、俺と同じ大学に行かねえか」
「はあ?」

今度は何の冗談かと思いながら司狼を見やった。しかし彼の表情はさっきと違い真剣そのものだ。

「……僕には僕の進路があるんだ。きみに合わせたりしない」
「お前なら頷いてくれるかと思ったんだがな」
「そんなわけないだろう」

そもそも司狼と同じところだなんて僕が追いつけるわけがない。彼は最高峰と名高い大学に行くと言って憚らないから。そしてそれを実現し得る力があるのも司狼のすごいところだ。

「つれねぇな。俺はお前に合わせて今の高校にしたってのによ」
「……え?」

意外な言葉に驚き、持ち上げたカップを落としそうになった。
司狼とは高校の入学式で会ったのが初めてだ。それなのに入学前から僕を知っていたようなことを言われて混乱する。

「えっと……きみと僕は、高校で初めて会ったはずだよな?」
「正確には受験のときが初だな。やっぱり覚えてなかったか」

やれやれというような、これみよがしに大げさな溜め息を吐く司狼。
受験のときに司狼と会った……?そう言われても全く覚えがない。

「俺は受験の日に風邪引いちまってマスクしてたから、人相は分からなかったかもな。喉やられてて声も相当違ってたし」
「ということは、僕はきみとそのとき会話したのか?」
「まあな。つっても、一言二言くらいでたいしたことは喋ってねえよ」

受験のときのことを思い出そうとしたが、当日は数式や年表を忘れないようにすることで頭が一杯だったから、試験以外のことはうすぼんやりと霞がかっていた。

「――いや、お前が覚えてないならいい」
「す、すまない。自分のことばかりであまり周りが見えてなくて……」
「二年近く前のことだ、気にすんな」

司狼に笑われて顔が熱くなった。
なるほど、だから入学してすぐ彼から声をかけてきてくれたんだな。

「今の学校は瑞葉の本命だったから入るつもりはなかったんだがな」
「もしかしてきみは、受かっていた別の高校を蹴ったっていうのか?」
「ああ。どうせ勉強なんてどこでもできるから、それほどこだわりなんてなかったしな。それなら気の合いそうな奴がいる所のほうが良かったんだよ」

なんとも自信溢れる台詞だ。そしてその進路に僕が知らず関わっていたと聞かされて無性にむず痒い心持ちになった。
首のほうまでじわじわと熱くなってきて、友情に薄い自分に失望もしたがそれ以上に照れくさかった。
司狼は自分のカップに入ったコーヒーを呷って飲み干したあと、テーブルに両手をついた。

「……色々付き合わせちまって悪かった。お前のおかげでずいぶん気が晴れた」
「い、いいんだ。その、僕なんかで役立てることがあれば遠慮なく言ってくれ」

精一杯の笑顔を作って気風の良さげな科白を投げてみるが、司狼みたいにはゆかず、あまり格好はつかなかった。
それでも司狼は「頼もしいな」と僕が喜ぶような返答をくれた。


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