7


金曜になると、胸中に抱えたもやもやは知らず僕を侵食していた。
三時間目終了後の休み時間、用を足したあと廊下を歩いていたら、背後から腕が伸びてきて肩に回された。
嗅いだことのある柑橘のフレグランスに包まれたので驚いて顔を上げた。

「せーんーぱい!」
「透?」

僕の肩を抱いているのは透だった。その溌剌とした笑顔を見たら、僕の沈んでいた気分がふわふわと蕩けていった。

「どーしたの?暗い顔しちゃって」
「あ、いや……そんな顔してたか?」
「うん、すっげーおっもーい溜め息ついちゃってヤバそうだったよ。つか、今週全然会ってなかったし、俺、寂しかったんだけど?」

からっとした言い方だがわずかに責める響きがある。
そう言われてみれば、メールは欠かさず送り合っていたものの、先週金曜の放課後以来顔を合わせていなかった。
司狼のことで頭がいっぱいになっていたせいで透をなおざりにしていたのだ。

「すまないな。ちょっと色々とあって……」
「ふーん?色々?」

透が首を傾げながら僕の耳にかかる髪を指で弄ぶ。
それが気持ち良くてされるがままになったが、すぐに我に返った。ここは学校の廊下で二人きりの空間じゃないんだ。
慌てて離れようとしたのに、透の手が僕の腰に回された。

「あの……透」
「なーに」
「放してくれないか」

透の手を外そうとしたが、今度は逆の手で背を撫でてきた。僕が、人目のある場所でこういう親密な触れ合いを好まないと知っているはずなのに。
彼とのスキンシップ自体は好きだけれど、時と場所を弁えてほしい。
授業の合間だから傍を通りかかる生徒は何人もいた。僕たちの戯れを見られているようで、恥ずかしくて、気分を害した。

「透、いい加減に――!」
「ごめん、先輩」

僕が低い声を出すと、ようやく透は体を離した。
両手をホールドアップの形にして、過ぎた冗談でしたと反省を見せる。

「……今日の昼休みは行く」
「ほんと?」

僕の言葉に表情を輝かせる透。こんなにも好意を前面に押し出して慕ってくれる彼のことが眩しくもあり、一方どこかで苛立ちもあった。
僕と透の関係は秘密のものだ。他人に掻き乱されたり、立ち入らせたくない。だから隠し通しているのに。
唯一、僕たちの関係を知っているクラスメイトで友人の長谷川は普段何も言ってこない。
いっときは世話になった恩もあるが、そんな彼でさえ僕たちのことはむやみに触れてほしくないと思っている。

――違う、僕は恐れてるんだ。
お前たちの関係は不道徳だ、間違っていると、誰かに否定されたくない。透と引き離されたくない――それを何より恐れている。

「先輩、怒った……?」

おずおずと話しかけてくる透の声で意識が引き戻される。僕は無言で考え込んでしまっていたようだ。

「……いや。じゃあまた、あとで」
「ん」

このときは気付かなかったが僕がいたのは上級生の教室付近だ。そして、いつもたくさんの友人と一緒にいる彼は、一人だった。
透はわざわざ僕に会いに来たのだと、あとになって知った。

今日は日直だったこともあり、四時間目の授業が終わってから教材の片付けを手伝わされた。
ただ準備室に持っていくだけなのだが、模造紙や教具など先生が一人で持つには大変そうな分だけ引き受けた。
そして準備室からの帰りに司狼と廊下で鉢合わせた。全くの偶然というわけではなく、司狼のほうが僕を探していたらしい。

「司狼、ちょうど良かった。今日の昼は友人と約束があるから一緒に食べられないんだ」
「そうなのか?」
「ああ、悪いな」
「ならしょうがねえな」

残念そうに肩を竦める司狼の表情を見て少しだけ胸が痛んだ。
このところ精神的に疲弊している彼を間近で見ていたせいもあり、言いようのない罪悪感が僕をちくりと刺した。
進級してクラスが別になってから彼と過ごす時間が格段に減ったように思う。一年のときは何をするにも行動をともにしていたのに。僕は薄情だろうか。

「帰りは、良ければきみを待つがどうする?」
「ああ――実は、お前に聞いてほしいことがあるんだ」
「分かった。いつもみたいに図書室で待ってる」

簡単な約束だけ交わして司狼とは別れた。


prev / next

←main


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -