5


つらつらとそんなことを考えていると、透が無言でいることにふと気付いた。
駅に着いて自転車を駐輪場に置いてから電車に乗り込む。
帰宅ラッシュの車内は混んでいて、人にぎゅうぎゅう押されながらも彼を窺った。透は固い表情で車窓の外を見ている。
横顔が端正で惚れ惚れする。そう思うのは僕だけじゃないようで、中学生らしき女子たちが透をちらちら見ながらささめきあっている。

「――先輩、次」
「えっ?あっ……」

いつのまにか何駅も過ぎ、ぼんやりしているうちに電車がホームに緩やかに止まった。透を追いかける形で急いで降車する。
降りたことのない駅で戸惑ったが、透は知っている場所らしく迷いなく足を進めている。人の波に流されながら先を行く彼のあとを必死で追う。
改札を抜けたあたりで透が慌てたように僕を振り返った。

「ごめん。俺、歩くの速すぎたね」
「い、いいんだ。初めて来た所だから鈍くてすまないな」

透は歩みを緩めて僕の隣に並んだ。けれどやはり口数少なく会話はあまり続かなかった。
駅から十分程度歩いた頃になって、透がようやく表情を崩した。

「ここなんだけど――」

そう言って彼が指差したのは三階建てのビルだ。それは、各地でよく見かける大手のディスカウントストアだった。僕は入ったことがないが品揃え豊富だという話だ。
電車に乗って学校や家から離れたところにわざわざ来て、ここにしかない商品でも買うのかと思いながら店に入った。
入り口からすでに所狭しと溢れんばかりの商品が並んでいる。
冬の必需品である様々な防寒雑貨が目玉としてドンと置かれ、来月はクリスマスだということもありパーティーグッズやツリー飾りなどがきらきらと輝いていた。
目移りするほどぎっしりと物が詰まっている。雑貨だけでなく日用品や菓子類まで。店内の音楽がとても賑やかでその勢いに圧倒された。

「先輩こっち」
「ま、待ってくれ」

エスカレーターで上階に上る透を追う。通路は脇にまで品物が置かれていて幅が狭く、自然と一人ずつ歩く形になる。
あちこちあたりを見回していると唐突に透が足を止めた。

「ここ。どれがいいか選んで、先輩」
「え?」

何を、と返す前に口を閉じた。
棚に並んでいるのは色とりどりの箱だった。そこには最薄だとか0.02だとかいう文字が躍っていて、何の箱かと訝しんだが、すぐにその意味に気付いて顔が熱くなった。
僕たちがいるのはコンドームがずらりと並んでいる棚の前だった。幸い他に人はおらず、それにしても性経験の乏しい僕にとってはひどく恥ずかしく感じる一角だ。
透が『買い物』としか言わなかった理由が分かった。学校や道端で「今からコンドームを選びに行こう」なんて言われたとしたら、僕は間違いなく腰が引けてただろう。

「と、透……」
「薄いの?それともジェルたっぷりめのにする?」

小声で聞かれたが返答しにくい。
まさかこんなに種類があるとは思わなかった。一見してそうと分かりにくいお洒落なパッケージもあるが、それが他とどう違うのかすら見当がつかない。事前にインターネットで調べておくべきだった。
とてもいたたまれなくて、赤くなってるだろう顔を俯いて隠す。それに対し透は慣れてる様子でいくつか手に取った。

「ぼ、僕は、そういうのはその……わ、分からないから……」
「んん?だって一緒に選ぼって言ったじゃん?」

たしかにそんな話をしたような、してないような――。
こともなげに言い放つ透は落ち着いている。焦っている僕のほうがむしろ挙動不審に見えるかもしれない。

「男同士で、へ、変な目で見られないか……」
「別に変じゃないでしょ。たくさん買ってシェアするテイでいればいいんだし」
「でも――」
「……そんなにイヤなら生でするけど?」
「で、できればきみに選んでほしい。えっと、普通ので頼む……」

普通がどれかも分からない僕がぼそぼそと訴えると、透は少し考えてから棚の一番下にある箱を手に取った。
『超うす』と大きく文字の書かれたもの三個パック。初心者の僕が言えることでもないが、さすがに三箱は多すぎじゃないか……?
僕の心の声が聞こえたわけではないだろうが、透はすぐに三個パックを手放して一箱のほうを手に取った。そしてローションボトルも。

「とりあえずこの辺かなぁ。先輩、これでいい?」
「いい……と思う」
「オッケー。じゃ、俺が会計してくるから入り口んとこで待ってて」
「――いや、僕も行く」

ここまできたら腹を括るしかない。変に意識せず透のように堂々としていれば案外平気かもしれない。
何より使うのは僕たち二人なんだ。彼にばかり気を遣わせるわけにはいかない。
決意して顔を上げると透の驚いたような表情が目に入った。それが思いのほか子供っぽく見えてつい笑みが零れた。透も同時に面映いような笑顔を浮かべた。

一緒に会計レジに行くとスキンとローションは意外と値段が張った。
余分な持ち合わせがなかったので、悪いと思いつつ僕の分の代金は後日透に渡すことにした。事前に言っておかなかったんだから当然だよ、と透は笑った。
そのかわり、買ったものは全部僕の家に置くという話になった。

ディスカウントストアを出たあと、透と近場のファストフード店に入って空いた腹を満たした。
終始ぎこちなかった彼の表情はもう柔らかくなっていて、今日の部活で起きた出来事や三連休に行くという親戚の家の話を面白おかしく語ってくれた。
そうして別れ際に透は僕に向かってはっきりと言った。

「近いうち、絶対先輩んちに泊まりに行くからね!」
「わ、分かった」

日曜のデートがなくなってしまったのは残念だが、なんというか、こうして現物が手元にあると心構えが違う。
僕はその夜、パソコンでひそかに男同士のセックスについて色々と調べた。そしてそのハードルの高さに一気に挫折感を味わう。
スキンとローションボトルは袋ごと棚の上に置きっぱなしにして、不精な僕はそのまましまい忘れてしまった。


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