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恋愛経験の少ない僕はどう答えていいかわからなくて、正直に言ってものすごく困った。

「その……僕はそういうことに不慣れだからうまく言えないが……でも、それくらい彼女は司狼との付き合いを真剣に考えてるってことだと思う」

しどろもどろに何とか言葉にすると、司狼がじっと僕を見据えてきた。
僕も視線を返したそのとき、くぐもった振動音が聞こえた。司狼が舌打ちしながらコートのポケットを探って、取り出したスマホを耳に付ける。着信だったようだ。

「……あぁ、なんだ。ああ。いや、学校だ。違うって」

電話が終わるのを待っていると、司狼が突然僕の前にスマホを突き出した。

「紘人、ちょっと喋ってくれ」
「は?」
「いいから」

わけもわからずスマホを耳に付ける。「もしもし」と、とりあえず定型の挨拶を口に出すと受話口の向こうから甲高く優しい女性の声が聞こえてきた。
一瞬瑞葉かと思ったが声の質が全然違った。聞き覚えのない声に混乱していたら、サッと司狼にスマホを取り上げられた。

「……言っただろ、女じゃねえよ。男友達だっての。あとで掛け直す」

面倒くさそうに言い放った司狼は、すぐに着信を切って再びスマホをポケットにしまった。

「すまん、悪かったな。噂をすればなんとやらだ。今の電話、俺の彼女」
「えっ!?い、いや、だったらどうして僕に通話させたんだ?」
「……同棲の話断ってから、他に女ができたのかとか、今どこで誰と何してんだとかゴチャゴチャ疑うようになったんだよ」

つまり今のは浮気を疑われてたのか。なるほど、一緒にいるのが男の友人だと証明するために僕の声を聞かせたんだな。
疲れたように深く長い溜め息を吐いて司狼はうなだれた。部外者の僕から見ても大変そうだ。
かけるべき言葉が見当たらずおろおろとしていると、司狼が僕の肩にもたれかかってきた。右肩にずしりと重みがかかる。

「ったくよぉ、どうしろっつうんだよ……」
「あの、彼女が疑心暗鬼になってるのなら、今は何を言っても聞き入れられないかと思うんだが――」
「…………」

僕の肩に頭を乗せた司狼は不機嫌そうに唸り、眉間に皺を寄せて目を閉じた。

「提案を断られて意固地になってるだけかもしれないし、それなら根気良く説き伏せるしかないと思う。きみたち、今まではうまくいってたんだろ?」
「そう、思ってたんだけどな……」
「僕は何も出来ないが、話だけならいつでも聞くから」

しばらく無言で考え込んでいた司狼はやがて「サンキュ」と小さく言った。その頃にはココアはすっかり冷たくなって懐炉の役割も果たせなくなっていた。
幾分かすっきりとした顔つきになった司狼と別れてようやく図書室に行くと、出入り口近くの椅子に透が座っていた。
だらしのない格好で机に頬杖をついていたが僕と目が合った途端、非難の声を上げた。

「ちょっとー先輩どこ行ってたのー!?」
「は、早かったな。部活が終わるのはまだだと思ってた……」
「うん、今日は早く終わっちゃった。なーのーにー!先輩いないし連絡繋がんないしで、すっぽかされたかと思った!」

拗ねたような口調で文句を言われたので慌てて鞄の中からスマホを探した。なかなか見つからないと思ったら、運悪くそれは教科書の間に挟まっていた。
たしかに透からメールも着信も何件か入っていたけれど、これでは気が付けなかったわけだ。

「す、すまない。ちょっと友人と話し込んでて……」
「んー……いいんだけどさぁ。ま、じゃあ遅くなんないうちに行こっか」
「ああ」

騒いでしまったせいで、カウンターにいる図書委員から鋭い視線が飛んできた。居心地悪く思いながら透と並んで図書室を出る。
学年が違うので昇降口で一旦別れたが再び合流して校門をくぐった。日の短いこの季節のこと、外はすっかり暗くなっていた。
そういえばどこに行くのか聞いてなかった。どこだろうと透と一緒だと思うと嬉しいけれど。

「透、これからどこに行くんだ?」
「買い物だよ買い物。電車使うけどいい?」
「ああ」

遠出の買い物とはちょっとしたデート感覚だ。透と恋人付き合いを始めてまだ日が浅いせいか、こうして並んで歩いているだけでも気分が浮つく。
放課後になったらさっさと帰宅していた僕だが、こんなふうに透の部活が終わるのを待って一緒に帰るというのはいいかもしれない。
ああでも、透には広い友人関係があるのだから僕が独占してしまうのは悪い気がする。彼は明るく社交的で、いつも誰かと楽しそうにしているから。

さっきの司狼とのやりとりを思い出す。あいつは年上の女性に物分かりのいいさっぱりとした付き合いを求めていた。
司狼と同じ考えというわけでもないが、僕も透に対して先輩として余裕ある態度でいたいとは常々思ってる。思っているだけでちっとも行動に移せないのが情けないところだ。

もっと二人の時間がほしいと願うのは狭量なわがままだろうか。
透は僕とどういう付き合い方を望んでるんだろう。
こういうことを言うタイミングが分からない。そもそも言っていいのかすら分からない。
気の置けない人付き合いというものに慣れてないせいで、僕は未だに透との距離感を掴めないでいる。


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