3


学校で透とゆっくり話せる昼休みは無情にも終わりを告げる。腹の満たされた生徒達が過ごす午後の授業時間は、ぬるま湯のような空気の中過ぎていった。
そして待望の放課後。透の部活が終わる時間まで図書室に行こうと思ったその時、別のクラスである司狼がわざわざ僕のクラスに来て声をかけてきた。
体格の立派な彼は威圧感もあるが頼もしさも感じる。彼が姿を見せただけで周囲の空気がきりりと引き締まる気がした。

「紘人、一緒に帰ろうぜ」
「なんだ珍しいな司狼。今日は忙しくないのか?」
「おう」

精力的な司狼はやれ部活だ生徒会だのと常に忙しい。しかも集団では中心人物で特に目立つポジションにいるから尚更だ。
司狼は部活動の引継ぎ後は当然のように剣道部の主将になった。
そんな彼とは対照的な僕が、よくもまあ友人を続けていられるなと自分自身不思議に思う。

「悪いが今日は駄目なんだ。これから図書室に行こうと思ってて」
「なんだ、自習か?」
「友人と約束があるから、それまでの時間潰しで」
「じゃあそれまでの間でいいからよ、ちょっと話せねえか」
「? 構わないが……」

僕をじっと見下ろしながら珍しく神妙な表情をした司狼。
もしかしたら何か悩み事でもあるのだろうか。いつも自身の問題は自力で解決してきた彼にしてはなかなかないことだ。
教科書やノートを急いで鞄に詰めて帰りの支度を済ませる。廊下で待っていた司狼の隣に並び立つと、彼はまず校内の自販機で飲み物を買った。
そのあと中庭まで移動し、木製のベンチに座りながら彼から手渡されたのは温かい缶ココアだった。僕の分まで買ってくれたらしい。
僕が甘いものは苦手だと知っているはずなのに、司狼はいよいよおかしい。けれどせっかくの厚意を突っ撥ねるわけにもいかず、差し出されたココアを受け取った。

「……ありがとう」
「ああ」

司狼は自分の分のココアを握り込んだ。彼だって甘いものは嫌いなはずなのに。
でも冬の寒さのなかでそれはとても温かく、熱に縋るように両手で包み込んだ。

「どうしたんだ。何かあったのか?」
「いや、まあ……そうだな」

司狼が言い難そうに口ごもる。僕をわざわざ誘ってまでということは相当深刻な事態なのかもしれない。
自分の殻に閉じこもって思い悩んでしまう癖のある僕を、うまく導いてくれるのは司狼の得意技だ。そんな彼に困り事があるというなら、僕はぜひ力になりたい。
薄暗くなってきた中庭を見つめながら司狼の言葉を待った。なんでもいいから話せと言って素直に口を開く彼ではないと知ってるから。

校舎間の近道をするためちらほらと人が通ってゆくが、寒風吹きすさぶ中庭に足を止める生徒は誰もいない。ベンチに座っているのは僕と司狼だけだ。
そうして手の中のココアがぬるくなってきた頃にようやく司狼がぽつりと零した。

「……お前、年上の女ってどう思う?」
「え?」

黙って待っている間、あれこれと想像していた相談内容とかけ離れた質問を浴びせられて、僕は寸の間ぽかんとした。

「どうって聞かれても……」
「すまん、妙なこと聞いちまったな」

司狼が何を言いたいのか分からず首を傾げた。質問が曖昧すぎる。
返答に困っていると司狼はおもむろに大きな嘆息を吐き出した。

「俺が付き合ってる女いるだろ。実はな、最近そいつに同棲迫られてんだよ」
「ど、同棲?」

あまり詳しく聞いたことはないが司狼の恋人は大学生だ。付き合い始めて二年は経っている。
その彼女と一緒に暮らすとなると、高校生の身分ではなかなか難しいことのように思える。

「だから同じ大学に通えってうるせえんだ」
「たしか、きみが目指してる進路と彼女の通っている大学は違ったはずだよな」
「ああ」

同じ大学に通いながら同棲をしたいと言い出すほどに、彼らは将来を見据えた付き合いをしているということなんだろうか。僕にはとうてい想像が及ばない世界だ。
例えば僕と透が一つ屋根の下で住むことを考えてもまるでピンと来ない。

「年上で物分かりがいい奴だと思ってたんだがな、最近俺のすることにやたらとあーだこーだ口うるさくてよ」
「そんなの……」

年齢が多少上だからといって何でも飲み込めるわけじゃないだろう。
司狼は見た目も中身も大人びているから二人はうまくいっていると勝手に思っていたが、そういうわけでもないようだ。


prev / next

←main


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -