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僕はその日の帰りに少し遠くの大きい本屋に行き、雑誌を探した。
『HiMMel』――これに違いない。よく見ればそれはティーンズ向けの雑誌だった。最後の一冊だったようで、ギリギリだったが買えて良かった。

家に帰ってから着替えもしないうちに改めて透の載っているページを見る。
すごく個性的というわけじゃないけれど、服装の中にうまく取り入れた明るい色やスタイルの良さに否応なく目が惹かれる。なによりとても格好良い。
もともと僕より少しだけ高かった身長も、出会ってからこの半年でさらに伸びたと思う。僕もわずかながら伸びたがそれを上回る成長速度だ。

透の裸体を思い出して頬が熱くなる。そんな彼の服の下を知っていて、性的な触れ合いをしていると思うとくらくらした。
二人にしか聞こえないような小声で好きだと囁き、舌を絡めるキスをして、素肌を直に触り、勃ち上がったものを擦ったりして――。

「透……」

僕の中の欲がじわりと熱を持った。腰の辺りに重みを覚えてそっと股間に手を這わせば、そこは案の定盛り上がっていた。
ベルトを緩め、ファスナーを下げるとスラックスの中に手を入れた。下着越しじゃ物足りなくて、直に握る。軽く擦りあげると勃起はさらに増した。

「ん……っ」

不意に透に舐められたときのことを思い出して声が出た。あの時は足や、内股や、色々な場所に彼の舌が這った。
くすぐったくて、けれど他の誰にも見られないような場所を暴かれるその恥ずかしさにひどく淫乱な気持ちになったものだ。
あれ以降、透はすぐに部活のことで忙しくなってしまったので二人きりになる機会がなかった。そのせいだろうか、近頃悶々とした気持ちが抑えられなくなっている。
雑誌に載っている明るく爽やかな笑顔の透。それを見ながら自分のものを上下に擦る。
被っている皮を剥きながら動かし亀頭を刺激して、自分が気持ちいいと思うことを夢中になってやった。それにつれ手の温度がそこと同調してゆく。
先端からとろとろと粘液が溢れ、自分の指がしとどに濡れた。けれどここにいるのは僕だけだ。思うさま乱れても、誰の目に触れることはないんだ。

「はっ、ぁ、透……透……っ」

恋人の名前を呼びながら一心不乱に自慰を続けていると、あっけなく終わりは訪れた。ティッシュでその後始末をしていると、開放感のあとに虚しさとともに罪悪感に襲われた。
まさか透の写真を元にして自慰をしただなんて、とてもじゃないが本人には言えない。言う必要もないがバレてしまわないかとドキドキする。
こっそり買った雑誌でこんなことをするなんて気持ち悪いと思われるかもしれない。さらに言うなら、肌の露出があるわけでもない普通のスナップ写真なのだ。
僕の透好きは重症で恥ずかしいくらいだ。いくら恋人とはいえ、こういうのは鬱陶しく感じるだろう。

「はぁ……」

ついつい溜め息が漏れる。するとテーブルの上に置いたスマホがブーブーと震えた。どういったタイミングか、それは透からのメールだった。
念入りに手を洗ったあとにメールを開封する。内容は他愛のない話題なのがまた、僕の罪悪感に拍車をかけた。
『部活終わったよ。疲れた!先輩なにしてた?』――そんなメールにドキリとする。きみを想って自慰をしてましただなんて、言えるはずもない。
もう一度手を洗ってから、彼に向けてあたりさわりのない返信をした。



雑誌は本棚の一般書籍に紛れさせて収納したけれど、家に帰って来ると必ずといっていいほど見返した。さすがに自慰はしなかったが何度見ても飽きなかった。
もちろん本物の透に勝るものはない。しかし、知らないところで僕の知らない相手に向けた余所行きの笑顔が新鮮だった。
それに透の与り知らぬところでこっそり楽しんでいるということも、いけないことをしているみたいで胸が高鳴った。
ところがそんな僕の挙動が不審だったようで、金曜には透に何かを疑われてしまったのだった。

「ねー先輩。なんか楽しそうだね。いいことでもあった?」
「え、あ、そ、そうか?」

昼休み、視聴覚室で待っていると間もなく透がやって来て、首を傾げた彼は開口一番にそう言った。
楽しそうと聞かれて内心焦る。決してやましいことはしていないが隠し事があるのは事実だ。
透の目が少し疑いの色を含んでいる。さすがに本当のことは言えないので曖昧に口ごもった。

「日曜日のことを考えると、楽しみで……」

嘘ではないが言い訳がましく小さくそう言うと、透は表情をさっと曇らせた。

「あのさ、それなんだけど……」
「どうした?」
「……ホントごめん!実はね、今度の三連休丸々、家族みんなで親戚の家に行くことになっちゃった……」

それはつまり、泊まりの約束は果たせなくなったということだ。異論を唱えようにも家庭の用事ならば仕方がない。
透のご家族は皆仲が良く、それ以上に彼が秋葉家の養子だということを考えると喉奥がぐっと詰まってしまった。
彼はそのことに関して別段気にしてないと言っていたが、そういう複雑さは本人以外理解し得ないだろう。

「今朝いきなり言われてさ、せめて俺だけ残ろうとしたのに兄貴に睨まれちゃった。俺からお願いしたことなのにマジでごめん……」
「そういうことなら仕方ない。別に気にしなくていいのに」
「しょーがなくないって!俺がヤなの!……んで、代わりにってのもちょっと変だけど、今日の放課後ってなんか予定ある?」
「いや、特にない」
「あのね、先輩と一緒に行きたいとこがあんの。俺の部活が終わってからになっちゃうけど……いい?」
「もちろん」

透の提案に一も二もなく頷いた。友人も少なく部活動もない、面白味のない至極平々凡々な学生生活を営んでいる僕だが、こういうときすぐに時間を割けるのは嬉しいことだ。
僕の返事を聞いて彼はホッとしたように息を吐いた。

「えっと、部活が終わる時間ってわかる?」
「だいたいは。それまで図書室で待ってるよ」

図書室ならば本も読めるし勉強もできる。なにより暖を取りながら長居していてもうるさいことを言われない。時間を潰すにはもってこいの場所だ。
そう言うと、透が苦笑いを見せた。

「さっすが先輩。マジメ……」

真面目というよりは、他に時間潰しのすべを思いつかないだけなんだが。


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