僕と彼のディスタンス


11月も半分過ぎた頃、本格的な冬を迎えて寒さは一段と増した。
おなじみの『弁当の日』である月曜の昼休み、僕と透は視聴覚室でのひとときを満喫していた。
無人の視聴覚室には暖房が入ってないのでそれぞれ防寒対策をしている。けれど防音壁と分厚いカーテンに覆われた窓に囲まれた教室は外気を遮断してくれるので十分に暖かい。
弁当を食べ終えたそのとき、透が甘えるような声を出した。

「ねーせんぱい、今度の日曜デートしよ」
「構わないが……きみ、部活は?」
「ないよん」

透が在籍しているバスケ部は、大会前でもない限り休みの日全部が練習というわけではないらしい。あっても午前中で終わるそうだ。
二学期のテスト期間後は部活やその付き合いのために忙しくしていた透だったが、ようやく時間が取れるようになったのだと説明された。

夏休み後に三年生はすでに引退し新部長と新副部長に引継ぎされていたのだが、文化祭後にバスケ部内でいざこざがあったようだ。
透曰く、新生幹部のやりように納得行かず部内が二分されたのだとか。
前部長の立花先輩の存在があまりに大きすぎたことが原因のようだ。文化祭の出し物を終えて本格的に三年生が姿を見せなくなってから、それまで大人しくしていた二年生の傍若無人ぶりが顕著になったのだという。
数度にわたる話し合いや揉め事でついには部活動が機能しなくなり、そして結局、静観を決め込んでいた立花先輩以下三年生達が口を出してようやく紛争を収めるに至ったという話だ。

そのことで透も色々と思うことがあったらしく何度も愚痴を零していたので、部外者にも関わらず僕もバスケ部の内情にやたらと詳しくなってしまった。
透は二年生メンバーをあまり好いていないようだ。
そんな事情があり透はしばらく僕の家に来ることもなかったのだが、デートと聞いて気分が上向いた。

「それでね、あの……その次の月曜って祝日じゃん?だからさ、デートのあと先輩んちに泊まってもいい?」

少し照れたように言う透。僕はその言葉にうろたえてしまった。
友人が家に泊まるのならこんなにも動揺しない。けれど透は僕の恋人で、つまり、泊まるという言葉の裏には不健全な意味が隠されている。
以前に約束した言葉がパッと脳裏に蘇る。『挿れてもいい』――ペッティングだけで終わらない、挿入を伴うセックスをするという約束。
僕に挿入したいという透の要望を了承したのだが、そのときは僕も雰囲気に呑まれ高揚していて、それほど深く考えてはいなかった。けれど改めて考えてみればとんでもない事柄だ。

「だめ?」
「いや……いいよ」

赤くなってしまった顔を隠すように俯いて頷く。すると透の手が僕の手に重なった。体温の高い透にしては冷えた指先だった。
誰に見られるかもわからない学校内でいかにも恋人らしい触れ合いをしたくはないが、透の手つきは慎重そのもので、十分許容できる範囲だ。
一度そのことで喧嘩をしたせいかもしれないが彼は殊更気を遣ってくれる。さらに学校では僕の意思を汲んで『先輩』呼びを徹底するほどだ。

そんな透のことが、好きで仕方がない。だから彼が望むことはできる限り叶えたかった。
それでなくとも僕は性行為に関して初心者で、いつも透にリードしてもらっているという体たらくなのだ。こんなことで大丈夫なのだろうかという不安でいっぱいになる。
少し顔を上げてみれば透のはにかんだ笑顔がすぐ近くにあって、そんな杞憂は霧散した。
触れ合った手はじわりと温まっていった。


――翌日の昼、透の友人である吉住君と園田君も視聴覚室に顔を見せた。
ところがこの日はもう一人、以前から時々来ることがあった透の友人だというバスケ部員が、あとから混ざった。その手には一冊の雑誌が握られている。

「なぁ透!これお前だろ!?」
「え?」

机の上に広げられた雑誌を僕も一緒に覗き込む。それは男性向けのファッション雑誌で、ページには街頭で写真を撮られたという感じの私服の透が載っていた。
そういった通りすがりふうのお洒落な同年代の男子が同じページに何人も写っているが、その中で透は飛び抜けて格好良く見えた。
園田君がいつもの気の抜けたような喋り方で歓声を上げる。

「えぇ〜とーるちゃんすごーい!モデルさんじゃ〜ん」
「あー……それいつだったっけ?出かけたときちょうどスナップやってるとこに当たって声かけられたんだよね。使うかどうかはわかんないって言われてたけど、載ったんだ?へぇ」

あっさりと、まるで他人事のように返答した透だが、こんなに身近な人間が雑誌という媒体に載っているだなんて僕にとってはすごいことに思えた。
思わず紙面に釘付けになってしまうと、透の乾いた笑い声が耳に届いた。

「先輩、俺ここ。ここにいるから」
「え?あ、そ、そうか……珍しくて、つい」

わざわざ雑誌で見なくても本物の透が傍にいる。そうわかっていても、紙媒体で見る彼は元の良さに加えカメラマンの腕が良かったのか、本当にとびきり男前に見える。
とりあえず報告をしたことで満足したのか、友人の彼は雑誌を片付けてしまった。もっと見たかったのに残念だ。
そしてはたと気付く。雑誌なのだから買えばいいじゃないかと。チラリと見えた雑誌の名前を、僕はこっそりと覚えておいた。


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