9


休んでいる間に空が暗くなって、広場全体に照明がついた。
今はまだ若干明るいから半端なライトアップだけれど、もう数十分もしたら綺麗なイルミネーションになるだろう。

腹が膨れたら、次は雑貨の屋台を見回る番だ。
雰囲気を楽しみに来ている人が大半らしく、雑貨屋のブースは比較的空いていた。人々は足を止めることなく冷やかし程度に流れていく。
僕たちもその流れに乗っていくと、人だかりのある場所に着いた。

見上げるほど大きなクリスマスオブジェが建っている。とても立派で存在感がある。この催しの目玉なのだろう。
ライトアップされて幻想的なそれを群衆が取り囲み、スマホを向けてカメラ撮影している。若年層が多いように思えた。

「何これすげー!こんなのあるんだ!」
「ああ。綺麗だな」

透もいそいそと自分のスマホを取り出してレンズを向けた。
撮影の邪魔にならないようオブジェをぼんやり見上げていた僕は、透にいきなり腕を掴まれたことにびっくりした。
「いっしょに撮ろ!はい笑って笑って!」と言われて咄嗟に引きつった笑みを浮かべる。

いつかのように二人で顔を寄せ合って写真に収まる。クリスマス飾りを背景に。恋人同士としてひとつの写真に写るのはこれが初だ。
嬉しいけれど人の目のある場所だと思うと複雑で、無言のまま俯く。そんな僕に、透が悪戯っぽい顔をして覗き込んできた。

「……ここも楽しいけど、早く帰ってパーティーしたいかも」

同じ気持ちだったので頷けば、透はスマホをポケットにしまい込みながら再び歩き出した。人の流れに逆らって、僕もつられて動く。

「やっぱツリー飾りっていったらアレだよね。てっぺんの星のやつ」
「ああ、そういえばなかったな」
「じゃあ決まり!それ選んだら帰ろ!」

目移りしないよう買うものをひとつに定めて、電飾の眩しい屋台を覗き込んだ。
暗くなったせいか喋るたびに白い息がはっきりと見えた。頬に触れる空気が冷たい。ドリンクで温まった体もあっという間に冷え込んだ。

「そういえば、クリスマス当日、きみのほうは何か予定があるのか?」
「んー?バスケ部の暇なヤツが集まってやるカラオケパーティーに誘われてんだよね。あ、一年のね」
「そうか。きみたちは仲がいいな」
「つーか紘人先輩にフラれたっつったら、慰めてやるから来いよーって感じの強制参加だけど」

それは冗談なのか本気なのか。透のふざけた口調ではどちらとも判別がつかない。
透ほどの人気者なら、バスケ部に限らず方々から引く手数多だろう。きっと色々な人から誘われているに違いない。
それでも今は、透の時間は僕のものだ。そのことにほのかな優越感に浸る。

横目で雑貨屋をのぞいていく。道行く人々の声が賑やかだ。気がつけば、あたりはもう真っ暗だった。
イルミネーションの中を歩いていると不思議な感覚に包まれた。
学校から離れた場所で、ライトの輝く夜道を恋人と歩いている。ここにいる誰も僕らのことは知らない。
そう思えばいつも戒めているものが開放されるようだった。少しくらい、この場所で恋人気分を味わってもいいじゃないかと。

オーナメントがずらりと並ぶ店をのぞいたとき、ちょうどいい大きさの星の飾りが目に入った。
金色で、複雑な透かし模様が彫られているのが洒落ている。

「透、あれなんかどう――」

オーナメントを指差しながら隣に向けて話しかけると、「は?」という低い声が返ってきた。
僕のほうを振り向いたのは違う人だった。女性連れの青年だ。
透がいるものだと思って確認もせずに声をかけたことが恥ずかしい。
彼が着ているのと似た色のジャケットだったから、余計に勘違いしてしまったようだ。

「す、すみません、間違えました」
「……あっれぇ?松浦じゃね?」

間違えた青年本人に、いきなり名前を呼ばれてドキッとした。
彼は、僕と同年代くらいの男子で見覚えはない。それなのに相手はやけに親しげに肩を叩いてきた。

「おー懐かしいじゃん!ってかまさか俺覚えてないとかいう?」
「あ、あの……?」
「ひっでーなぁ!俺だよ、佐藤!同中の!三年とき同クラだっただろ?」

言われてようやく思い当たった。ただ、どの佐藤君かはいまいち思い出せない。
それよりも、同じ中学、という言葉に過剰反応して顔が強張った。
店の前で立ち話をしていたくなくて距離を取ろうとしたが、その前に阻まれた。

「なんだよ、相変わらず暗ぇヤツ。あ、これ俺のカノジョな」
「はぁ!?うそちょっと違うし、てかそんな話全然したことないじゃん!」
「は?そうだっけ?」

佐藤君の隣でやはり見知らぬ女子がころころと笑う。
どう返答すればいいのだろう。
覚えのない同級生、知らない女子――なにより中学時代のことが脳裏に蘇って言葉に詰まった。

当時僕は、彼の言う通りたしかに根暗な生徒だった。今もたいして明るい性格とはいえないが、今以上にだ。
それは、たびたびぶつけられる心無い言葉や性的ないたずらが嫌だったからだ。
同性特有のおふざけといえばそうだし、騒ぎ立てたところで「気にしすぎ」と笑われる。だから自分の殻に閉じこもることしかできなかった。

はっきり言って、当時のことは思い出したくない。誰にどうされたかなんてことすら細かく覚えていないくらいに。
そのせいで佐藤君なる人物も記憶に留めていなかったんだろう。そもそも親しい付き合いをした生徒はほとんどいない。
なのに今、彼は僕に向かって『懐かしいクラスメイト』の顔をしている。それが白々しく感じられた。
僕が戸惑っている間に、佐藤君の隣の女子が両手で口元を押さえた。

「えーやばいめっちゃイケメンですねー!ハーフの人ですかぁ?てかこんな同級生いるなら早く言ってよ佐藤!」
「どこの高校行ったかとか知らんかったし」

女子がこちらを見上げてくるのと同時に、佐藤君が面白くなさそうに舌打ちした。
こういうときどう対応していいのかわからない。透だったらうまく受け答えできるのだろうが……。
――そうだ、透。
こんなところで悠長にしている場合じゃない。僕は彼とデート中だったんだ。
あたりを見回しても彼らしい人影が見つからなかった。どうやら彼と完全にはぐれてしまったらしい。

「つーかうちのクラス誰も知らねーって言ってたし。そもそも連絡先知ってるヤツ一人もいなかったんだよな、なぁ松浦?」
「いや、あの、じゃあ僕はこれで……」
「なに言ってんの?あ、そうそう日野も来てんだよ。俺、あいつと高校同じでさ。おーい日野!こっち来いよ!はやく!いいから!」

佐藤君が大声を張り上げて、周囲の人にぶつかりそうなくらい大げさに手を振る。
違う店を見ていた一人が反応した。人々の隙間をすり抜けてこちらに近寄ってくる。
苦笑気味に佐藤君の隣に立ったその人は、黒縁のすっきりしたデザインの眼鏡をかけた男子だった。

「なんだよ佐藤。そんなデケー声で呼ばなくても聞こえるって」
「いやそんなことよりこいつ覚えてる?松浦だよ松浦!」
「……松浦?」

暗闇に目を凝らすように、彼――日野君が僕を見据えた。
視線が合うとビクッと震えてしまった。続けて頬と額が熱くなる。
僕は、彼のことを覚えていた。彼のことは、鮮明に。

「松浦?えっ、ホントに?なんで?」
「あの、たまたまここに来てて……その、久しぶり。日野君」
「なに松浦、俺は覚えてなくて日野のことは覚えてんのかよ?ムッカつく〜」

笑いながらだけれども苛立ちが混じった佐藤君の言葉に焦ってしまった。
薄情だと責められるのを覚悟したが、その前に日野君が笑いながら彼を宥めた。

「そりゃそうだろ、修学旅行んとき俺ら同じ班だったもん。な?」
「ああ、うん……そう」

日野君に促されて慌てて頷いた。
中三のときに行った修学旅行は班決めをくじ引きで行った。そのときに偶然同じグループになったときは嬉しかった。

そう――忘れもしない、日野君は、中三のときに僕が恋した男子だ。


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