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日野君という人は、明るくて気さくで、クラスの中でも発言力のあるグループの男子だった。男女両方から好かれていたのを覚えている。
二年生と三年生のときに同じクラスになったものの、特に接点はなかった。あるとすれば席替えで近くなったときに喋ったことくらいか。
彼は僕に対しても平等に優しく接してくれて、僕がからかわれる場面に居合わせたら「やめろよ」と真っ先に諌めてくれた。
周囲に角が立たないようにあくまでさりげなく。

人の目が怖くてほとんどクラスメイトと関わらなかった僕だが、彼のことは羨ましいと常々思っていた。僕もああいう風になれたらいいのに、と。
羨望から目で追ってるうちに、いつしかそれは複雑な感情に変わっていった。

そして修学旅行のときくじ引きで同じ班になり、行動をともにしているうちに彼にますます好意を抱いた。
旅行後はそれ以上仲良くなったとか親しい友達になったとか、そういうことは何もなかった。ただ変わらず遠くから見つめていた。
しかし修学旅行中にあった『出来事』のせいで、その頃には日野君を恋愛相手として見てしまっていたのだった。

だからといって彼とどうこうなりたいとは思わなかった。現実的だと思えなかったから。
時期的なものもあって不安定で極度の怖がりだった僕は、結果、好きな人からも逃げたのだ。

ところが今になってみれば、当時好きだった人を前にして羞恥やむず痒さでいっぱいになった。
日野君が僕のことを覚えていてくれたことが驚きだし、素直に嬉しかったから。
何か喋らなくては、と妙に急いた気持ちになった僕は、たどたどしく言葉を繋げた。

「あ……その、眼鏡……前はしてなかった、よな?」
「これ?実は前からそんなに視力良くなかったんだけど、高校行ってから一気に下がっちゃってさ。てかいつもはコンタクトなんだけど……ってそんなことどうでもいいか。松浦は?今コンタクト?」

そう言われて、眼鏡のブリッジを上げる仕草をついやってしまった。当然そこには何もないので空を掻くことになったが。恥ずかしい。
今はやめてしまった度の入っていない眼鏡は、中学当時からかけていたものだ。
どう説明していいものか迷っているうちに、彼が次々と質問を重ねてきた。

「あのさ、高校別のとこ行ったのって何で?地元高第一志望って言ってただろ。なのにいなかったからびっくりした」
「い、色々考えて今の高校に決めたんだ」
「なんかすごい進学校行ったとか聞いたけどホント?私立?ていうか待って待って、じゃなくて今日ひとり?」

僕も大概だが日野君のほうも身振り手振りしつつ忙しなく詰め寄ってくる。
同時に佐藤君が横からなにやら茶々を入れてくるが、耳に入ってこない。

地元の高校を選ばなかったのは本当は逃げたかったから、とは言えなかった。
もちろん進学に有利な学校を選んだというのは間違いないが、本当の理由は、同級生の多い高校に行きたくなかったからだ。
無視される日々。教室の隅で俯く自分。同性から性的な目で見られる生活。そういうものを全部なくしたかった。

すると会話が途切れた瞬間、また別の見知らぬ女子が飛び込んできた。
彼女は日野君の背中をドンと叩いた。異性にしては親しげな仕草で、二人の間柄が察せられるようだった。

「もう日野君、どうして先行っちゃうの?暗いし分かんなくなっちゃうとこだったよお」
「あ……ごめん、佐藤に呼ばれたから。それでさ松浦、このあと時間ある?ちょっと話したいんだけど」

女子から視線を外し、日野君がこちらに一歩踏み出してくる。
その真剣な眼差しに気圧されて動けなくなった。
こんなことをしてる場合じゃないというのに足がその場に凍りつく。なのに背中が汗でじっとりと湿る。
懐かしい友人との再会、とは言い難い微妙なこの状況に反応が鈍った。

「松浦?」
「あの、僕は……一緒に来ている人が、いるから……」
「え?誰?どこ?」
「はいはい、ここでーす!」

聞き慣れた声とともに肩に腕が回された。隣を見ると、そこに眩しい笑顔の透がいた。正真正銘の本物だ。
彼の顔を見たら、安堵で緊張していた体の力が抜けた。

「ごめーん紘人!俺、迷子になっちゃった」
「い、いや、僕がよそ見をしてたせいだ。それできみを見失って……」
「んーん、もうどっちでもいいよ、見つかったし。あー良かった!俺すっげー焦って広場一周してきちゃったからね」

言いながらけらけらと笑う透。
まさか透は、この短時間で広場中を回ったのか?たしかに少し息が切れている。それが迂闊な自分のせいでと思うと心底申し訳なくなった。
透は大きな白い溜め息を吐いたあと、僕の肩に置いた手に力を込めた。

「んーと?で、なに、この人たち紘人の知り合い?電話したのに出なかったのって話してたから?」
「あ、ああ。同じ中学だった同級生で……さ、さっき、偶然会って……その、着信は気づかなかった。すまない」
「別にいーけど」

中学時代のことは恥ずべき過去だ。透には知られたくない。その思いからもごもごと言葉を濁した。
それでも決して連絡を無視したわけじゃないということだけは主張する。
ところが次に声を発したのは、日野君でも佐藤君でもなく、彼らと一緒にいた女子二人だった。

「すご、二人ともめっちゃカッコいい!」
「ね、もしかして芸能活動とかしてる?」
「え〜マジ?そんな風に見える?全然そんなんじゃないよ。ほんとフツーの高校生だから、俺ら」

慣れているように透がさらりと返す。嫌味にならない軽い口調は愛嬌たっぷりで、案の定、女子たちが色めき立った。
それを尻目に僕と透を見比べた佐藤君が突然プッと吹き出した。

「なに松浦、高校じゃこんなチャラい系のヤツとつるんでんのかよ?マジ意外!似合わねーなー!」
「あーそれよく言われるわ。でも俺のほうが紘人のこと超好きだし超べったりよ?ねっ、紘人!」

あっけらかんとした物言いは清々しいくらいだ。透の即座の返しに佐藤君も目を丸くして黙った。
透は後輩だということは明かさず、僕ととても仲がいいというところだけを強調した。僕もそれでいいと思った。
ただ、日野君の表情が急に険しくなったことだけが気になる。
愛想の欠片もない僕と違って透の対応は人当たりが良い。だからか佐藤君のみならず、女子たちの態度もあっという間に崩れた。

「えー二人ともそんな仲いいんだー?ねえねえ、せっかくだしうちらと一緒に回んない?」
「てかもぉ歩くの疲れてきちゃったし、そこ座ってなんか飲んだりしようよ」

またもや佐藤君の小さい舌打ちが聞こえたが、透は意に介さず笑顔のままだ。
そして日野君は、僕から視線を外さない。そのまっすぐさに耐えかねて逃げるように顔をそらした。

「んー……悪いんだけど、俺らもう帰んなきゃいけないんだよね。家ここから遠くて時間かかるから。あんま遅くなると親もうるさいし」

適度な嘘をまじえて透が誘いをかわす。早めに帰ろうと言い交わしたのは本当のことだが。
僕がこの場から離れたがっているのを察知してくれたんだろうか。

「えぇ〜うそ〜そうなの〜?」
「やだぁ残念。ちょっとだけでもダメ?」
「うん、ごめんねー。それにさ、俺らが混ざっちゃたら彼氏たちに悪いじゃん?」

『彼氏』と言われたことで佐藤君も満更でもない顔を見せて、さっきみたいに僕を引き止めるようなそぶりはしなかった。
女子たちが追撃の言葉を出す前に、「行こ、紘人」と僕の背中を押す透。そうされてようやく僕も足が動いた。
軽く手を振る透に対して、僕は彼らに向かって小さく会釈だけをした。


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