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宣言通り、透は毎日ツリー飾り用のビスケットを持ってきた。僕も家に帰るとそれをひとつずつ吊り下げた。
フェイクグリーンとはいえ、日ごと飾りが増えるたびにツリーは華やかさを増していった。
金曜に渡されたのはハート型だった。袋越しに軽くキスをした透は、「俺の愛情入り!」と陽気に笑いながら渡してきた。
そんな大げさなことも透がやると茶目っ気があって、僕もつられて笑ってしまった。つくづく彼は愉快な人だと思う。



――そうして翌日の土曜日。
透は午前中は部活だというので、そのあとに僕の家に来る予定だ。
迎えに行くと言ったのだが、「部活後はいったん家に帰って荷物を取りに行きたい」といって断られた。
たしかに部活が長引くかもしれないし、好きな時間に来てもらったほうがお互いに都合がいい。僕も彼を迎えるために掃除をしたかったから。

こうやってあらかじめ泊まりの約束をするのは初めてだ。
実際は先月が初めてだったけれど、あのときは流れてしまったのでこれが実質的に初となる。
急遽泊まることになった先日とはまた趣が違う。泊まることが分かっているだけに期待で胸が躍った。

昼食を食べたあと急いで来る、と言っていた透だったが、僕の家に来たのは三時近くだった。
訪れた透の手には紙袋などいくつもの荷物が握られていた。
一泊するだけにしては多くて、重そうなそれらに目を瞠る。

「遅くなってごめん!準備してたらこんな時間になっちゃった。しかも家出る直前に兄貴がどーでもいいことで絡んでくるしマジ最悪」
「僕は別に構わない。出かけるのは明日でもいいんだから」
「えー良くないって!今日のうちにツリー完成させたいじゃん?あっ、つか冷蔵庫に空きある?」
「? ああ、空いてるが……」

僕は普段それほど食材を詰め込まないので冷蔵庫はスカスカ状態だ。
そう伝えるや否や靴を脱いだ透は、リビングに荷物を置いたあと手に持った紙袋を持ち上げてみせた。中には白い小箱が入っている。

「これ、母さんが作ったケーキ。二人で食べてって。紘人あんま甘いの得意じゃないしケーキいらないかなーって思ってたんだけど、母さんが作っちゃってさ。あ、あと、今度またうちにも泊まりに来てね〜、だって」
「そ、そうか。ありがとう」

透のご家族には僕との関係を知られているので、暗に認められているような気遣いに恥ずかしくなった。
それからその場で箱を開いた透は、中身を僕に見せてくれた。
透明なカップに入った赤いムースのケーキがふたつ。瑞々しい果物が乗せられていて見た目にも綺麗だった。

「どう?こーゆーの食べられそう?」
「ああ、いただくよ」
「駄目だったら無理して食わなくていーからね。そんときは俺がふたつ食べるし。あーあと俺、ピザとチキン焼いてきたんだよね。それとパスタソースも作ってきたんだけど、たしか紘人んちに生麺あったよね?まだ残ってる?」

透が抱えてきた大荷物は食べものが大半を占めてるらしい。
外装越しにソースやスパイスのいい香りが漂ってくる。香りに刺激されてもうすでに空腹になってきた。
手料理を披露する彼は生き生きとして楽しそうで、本当に料理好きなのが窺える。これは本格的なパーティーになりそうだ。

「……いつも思うんだが、きみはよく食べるよな」
「うん。逆に食わないとどんどん痩せてっちゃうし体もたないからね」

食物を冷蔵庫に収めるのを手伝っていたら、透がふと手を止めてにんまり笑った。

「やべー、なんか今の俺らって同棲っぽくね?」
「何を言ってるんだ」
「照れてんの?かーわいーい」

気恥ずかしさで熱を帯びた頬を両手で包まれて、横を向かされる。笑みの形のままの唇が、僕に戯れのキスをした。
バタンと冷蔵庫の戸が閉まる。冷蔵庫の前でしばらく何度か軽く唇を触れ合わせた。
外から来たばかりの透の唇はほどよく冷えていて、のぼせた僕には気持ちよかった。

「……このままこーしてたい気もするけど、遅くなっちゃうしデート行こっか」
「ん……」

それも目的のひとつなので、名残惜しく思いながらも体を離した。
帰ってきてから存分に堪能すればいいのだから。

残りの食材を手早く冷蔵庫に詰め込むと、僕たちは出かける準備をした。
私服で来た透は、相変わらずファッション誌の誌面を飾れそうな洗練されたスタイルだった。
白いニットに色柄のシャツを合わせているのがお洒落だ。細身のズボンが足の長さを強調している。
上は珍しくダウンジャケットで、外歩きすることを考えて厚着をしてきたのだと透が言った。

一方で僕は何の変哲もない厚手の普段着だ。コートも通学に使っているものだし、マフラーを巻くくらいで華がない。
考えてみればデートなのだから、もう少し身なりに気を回せばよかった。
自分の気の利かなさに少し落ち込んだが、透に手を握られて「行こ」と玄関まで促されたらすぐに気分は回復した。


歩いて駅に行き、そこから電車でクリスマスマーケットのある駅まで向かった。
あれから場所などの詳細を調べ直したので間違いはない。最寄駅から徒歩で十分もかからない場所だ。
改札を出る頃にはうっすらと日が翳っていた。そのせいで外気温はぐっと下がり、風がより寒く感じた。
会場となる広場はアーチで区切られている。
土曜だからか思ったよりも人が多く、家族連れやカップルなどで賑わっていた。

「うーわー、すげー人!」
「そうだな」

あたりを見回した透がうきうきした様子で声を上げる。夜遅くまでやっているので、むしろ今の時間が賑わい時のようだった。祭めいた雰囲気が色濃い。
オーナメントや雑貨、リースの屋台が並ぶ一方、やはり人気なのはフード屋台らしかった。肉が焼ける香ばしい匂いは人を惹きつけるようだ。

「どーしよっか、もう飾り見て回る?」

そう言いつつ、透の目は完全にフード屋台に向いている。なんとも正直だ。
僕は笑いながら屋台が立ち並ぶほうを指した。

「先にそっちに行こうか」
「マジで!?いいの!?」
「食べないともたないんだろ?この寒さだし、僕も先に温かいものが飲みたい」

表情をパッといっそう明るくした透は、僕の腕を掴んでフード屋台のほうへと急いだ。
もとはドイツの催しだけあって、やはりソーセージなどの肉料理やビールが多い。
僕らは目に付いた店の列に並び、待ち時間の間にメニューを見上げた。すると透はドリンクメニューを見てポカンとした。

「え、なにこのデポジット制って」
「マグカップ付きドリンクで、カップを持っていると二杯目以降は安くなるシステムだ。飲み終わってカップを返却すればカップの分の代金は返ってくる」
「ふーん……あ、返却しないで持ち帰りもオッケーなんだ?スーベニアカップってやつ?」

話してる途中で僕たちの順番が回ってきた。ノンアルコールのホットドリンクもあったので、僕はフルーツドリンクを注文した。
透はホットチョコレートとソーセージを。もっと食べたそうにしていたが、このあとのことを考えてそれだけに留めておくつもりらしかった。

屋内の飲食スペースは席が埋まっていたので屋外の席に座る。
隣り合って座れば、寒風もそれほど気にならなかった。
しかし寒さを理由に透がぴったり寄り添ってくる。あたりを見ると周囲も同じようにしていた。冬はカップルにとってなんて都合がいいんだろう。

冷えた指先をカップで温めつつ、甘酸っぱいドリンクを口に含むと体の中からポカポカとした。カップが空になる頃にはマフラーが熱く感じたほどだ。
僕の横で美味そうにソーセージを頬張っていた透は、自分のカップをおもむろに目の前で持ち上げた。

「ねー紘人、このマグカップさ、今日の記念に持ち帰ろ?おそろいだしめっちゃ思い出になるじゃん!」
「あ……ああ。うん」

僕は何も考えず返却するつもりだったのだが、言われて慌てて頷いた。
透とのデートの思い出――そう考えると胸がいっぱいになった。
クリスマスらしいイラストと西暦入りだから記念として申し分ない。ドリンクを飲み終えたマグカップが、殊更特別なもののように見える。

そうしよう、と頷くと透も満面の笑みになった。
僕のショルダーバッグはあまり物が入らないから手提げの袋で持ち歩こうとしたが、透のデイパックにふたつまとめて入れてくれるというので申し出に甘えた。
帰る場所が同じだからできることだ。こんな何気ないことでいちいち浮かれてしまう。


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