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今日は徒歩で登校したので、そのまま校門を出た。
足早に僕の家方面へとまっすぐ向かう透。僕の腕を掴んでいた手は、いつしか手首に移動していた。
薄暗くなりはじめた空に白い月が浮いているのが見える。
学校からだいぶ離れたあたりで、ようやく透は歩調を緩めた。

「――ごめんね先輩。真田先輩との話中にムリヤリ連れてきちゃって」
「いや、いい。僕もきみと早く二人で話したかったから」

本音を零すと透が僕との間の距離を詰めてきた。かわりに彼の手が離れていく。

「つーかもう聞いちゃっていい?俺に言いたいことってなに?俺また先輩に何かしちゃった?」
「そ、そうじゃない。あの、来週の予定のことで」
「あーそのこと。なんかいい案あった?」

僕に叱られると思っていたのか、透はあからさまにホッとしたような顔で首を傾げた。
なので僕も、さりげなさを装ってなんでもないことのように告げた。

「少し遠出して、クリスマスマーケットに行くっていうのはどうかな」
「クリスマスマーケット?……ってどっかで聞いたことあるけど、どんなんだっけ?」

透にとってあまり馴染みがないようだったので、スマホを取り出して姉のメールに添付されていた写真を見せた。
従妹と仲良さげに写っているその背後は、イギリスのクリスマスマーケットの様子だ。スマホを覗き込んだ透が目を丸くする。

「えっなに!誰この美女と美女!?」
「こっちは僕の姉だ。たぶん母の実家近くのマーケットで撮ったんだと思う。こんな雰囲気の、簡単に言うとクリスマスの縁日というか……雑貨やドリンクの屋台なんかがあって、見回っているだけでなかなか楽しめるんだ」
「ふーん……?それって日本でもやってんの?」
「ああ。情報誌で調べたら、いま都内でやってるそうだ」

僕が図書館で確認したのは地域情報誌だった。
現在開催している冬季イベントのひとつにクリスマスマーケットもあった。向こうとこっちでどう違うかはわからないが、見た限り全然別物ということもなさそうだった。
デートもできてクリスマス気分も味わえる――ひらめいた瞬間はこれしかないと思ってみたものの、言葉にしているうちにだんだん自信がなくなってきた。

「あの……それで、当日そこでオーナメントをきみにプレゼントしようと思うんだが」
「プレゼント?」
「ああ。クリスマスまできみの部屋に飾ってもらえたらと思って」

クリスマス当日は会えないが、それまであのお洒落な透の部屋を彩れたらいいと思った。
身に着けるものではなく、消えものでもない。時期が過ぎれば遠慮なく外せるあたり、押し付けがましくない。
ドキドキとしつつ透の反応を窺う。すると彼は足を止め、両手で顔を覆って、はぁぁ、と大きな溜め息を吐いた。白い吐息がひときわ広範囲に吐き出される。
恋愛経験豊富な彼からしたら、やはり僕のセンスは見当違いな方向にずれているのだろうか。なんだか申し訳なくなった。

「す、すまない。そういうのは好みじゃなかったか」
「あーごめん、違う違う!そうじゃなくって、そんなね、先輩からのプレゼントなんてすっげー嬉しくてクリスマス関係なく一年中飾っちゃうから、俺!」

慌てて手を振る透の顔がにやけている。お世辞じゃなくて本心だとわかる口調だ。
その言葉に内心喜んでいたら、小指と薬指を軽く握られた。少しの衝撃ですぐ離れてしまいそうな不安定な緩さだった。それが透の気遣いだとわかる。
促されて再び歩きはじめた。もうそろそろ家が近い。

「……つかほんとのこと言うとさ、出かけんのとか別にどこでもよかったんだよね」
「え?」
「まあぶっちゃけ出かけなくても、ほら先輩が言ってたアレ、家で映画でもよかったっつーか」

前と言っていることが違って混乱した。出かけたいと言って譲らなかったのに。
どう反応していいか困っている僕を見かねたのか、透は決まり悪そうに前髪の毛先をねじりながら説明してくれた。

「俺との過ごし方とか、一生懸命考えてくれる先輩が可愛くてあんなこと言っちゃったけどね、先輩と一緒なら俺的に何でもいーの、マジで」
「そ、そうだったのか……」
「もしかして悩ませちゃった?ごめんね。でもめっちゃいいじゃん、クリスマスマーケット。俺、縁日とか好きだしすげー行きたい」
「そうか、気に入ってもらえてよかった」

恋人として貢献できたことで、僕はそこはかとない満足感に浸った。
抑えきれない笑みで口元がだらしなく緩む。そんな僕を横目で見ていた透は、ねじっていた前髪をかきあげた。

「あとね俺、先輩へのプレゼントとか全然思いつかなかったんだよね。もーなんにも想像できないし無難に食器かなーとか」
「そんな……気を遣わなくていいのに」
「だけど先輩の話聞いて気ぃ変わった。あのさ、二人でツリー作るってのはどう?」

話の流れがつかめず、訝しく思いつつ透を見つめた。

「クリスマスっていったらイブと当日が勝負!みたいな感じでいたけど、別にそんなのにこだわんなくてもいいかなって」
「まあ、そうだな」
「だからさ、当日会えないかわりにツリー用意したりして準備しようよ。んで、そのクリスマスマーケットで一緒にオーナメント選ぼ」

つまり、二人でツリーの飾り作業をするのか。
なるほど、そうやってひとつのものを作り上げるのは、すごく恋人らしい気がした。
それは、どんなものより嬉しいプレゼントのように思える。形として残るなら尚更。
考えてみれば、祭りやイベント事の類はそこに至るまでの、待ち遠しいようなそわついた雰囲気がなにより楽しい。
当日は一日で終わってしまう。けれど、準備をすればするだけ長く楽しめるという寸法だ。

「それいいな、賛成だ」
「よし決まり!んで、来週ツリー完成させたらパーティーしよ。俺、先輩のために色々頑張るからさ。あーやべ、めっちゃ楽しくなってきた!」

そこまで話したところでちょうどマンションに到着した。
もっとしっかりと計画を立てたい。それに、外で我慢していたぶん透と触れ合いたかった。
二人して僕の家に駆け込む。家に入ると透が声を弾ませた。

「先輩……あ、名前もういいよね?紘人んち久しぶりだね。あれ、つーかなんか部屋片付いてない?」
「片付けたんだ」

最近は、いつ透が来てもいいようにと日頃から掃除をするように心がけている。それを真っ先に言われてくすぐったい気持ちになった。
荷物を置いてコートを脱いでいると、透に手を引かれた。

「ひーろとさん、こっち向いて!」
「なに――」

にっこり笑った透の唇が僕の唇に触れる。
両手で僕の顔を固定して「んーっ」と長く口付ける透。あまりに長いのでコートを下に落としてしまった。
ようやく離れたと思えば、ぷは、と息継ぎをした透は、そのまま何度か優しく啄ばんだ。
その頃には僕もキスに夢中になってしまって、透の腰に手を回して引き寄せた。
冷たい唇が潤うまでたっぷり時間をかけて口付けたあと、鼻先を擦り寄せた。目を細めた透が、くく、と悪戯っぽく笑う。

「もうね、すっげー我慢してたんだから、俺」
「うん……僕もだ」

テスト期間が続いていたから、こうしてキスをすることすら久しぶりだった。


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