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財布はバッグの中なので、いったん観覧スペースに戻った。
いつの間にか隣の女子がいなくなっている。他の生徒たちも部員が姿を消すや否や、各々待ちの態勢をとりはじめた。

テスト日課の今日は学食が閉まっている。購買部も入荷数が少なかったらしく、出遅れたせいでケースはすっかり空になっていた。
なので仕方なく学校の外に出て、コンビニで軽食を調達した。それと飲み物も。

昼休みといえば視聴覚室、というパターンが染み付いている僕はそこで昼食をとった。
さっきと変わらず無人で寒々しく、少し不気味で、けれども落ち着いて食べられた。

校外に出たことで時間がかかってしまったので、なるべく早く腹に収めて体育館に戻った。
すると、バスケ部員が水分補給をしているところだった。彼らもちょうどランニングから戻ってきたばかりのようだ。

集団の中でもつい透の姿を探してしまう。これはもうどうしようもない癖だ。
透もこっちの視線に気づいたのか、ドア付近でぼんやり立ち止まっている僕に向かって小走りに近寄ってきた。

「先輩おかえりー!」
「きみも戻ってきたところか?」
「うん、ちょーど今戻ったとこ。いいタイミングだったね。あっそうだ!先輩、これ持ってて」

そう言って渡されたのは、透が羽織っていた長袖のスポーツウェアだった。学校のジャージと違ってスタイリッシュな色とデザインだ。
わけもわからずに受け取ると、透は人好きのする笑みを浮かべた。

「それ、終わるまで預かってて。寒かったら着ちゃっていーから」
「あ、ああ……そうか、わかった」
「じゃ、またあとでね!」

軽く手を振りつつ部員の輪に戻っていく透の背中を見送る。
そうしたら天羽君の視線を感じたので、あまりそちらのほうを見ないようにしてそそくさと上にのぼった。……彼のことはいまだに苦手だ。

観覧席のさっきの場所はすでに別の人で埋まっている。かろうじて空いていたところを探してバッグを置いた。
手渡された上着はまだほんのりと温かい。
汗の匂いよりデオドラント剤の香りがする。それがなおのこと、運動部の透らしい気がした。

彼はどこまで気が利くんだろう。頼む体裁をとりながら僕の体調を気遣ってくれている。そしてそれをさりげなくやってのけるあたりがすごい。
寒くなるどころか体温は上がりっぱなしだ。
こんなに良くしてもらっているのに、僕は彼に対して何か返せているだろうか?
いや、何かしようと考えることが重要なんだ。そうやって関係は続いていく。
受け取るばかりではなく、与えたいと思うのが『好意』なのだと思うから。

部活は、はじめのうちは笛の音に合わせてダッシュやディフェンスの動きを繰り返した。
ドリブルやパス、順番に次々シュートをしたりといった練習が続く。フロアに絶え間なく掛け声やキュッキュッという音が反響している。
透の練習風景を見るのは興味深くて少しも退屈しなかった。なにより一連の動きが滑らかで惚れ惚れする。
それにしてもよくあんなにめまぐるしく動けるものだ。
もしも僕が同じことをしたら、疲れ果てて家に帰る余力すらなくなりそうだ。

やがてジャージ姿の先生が現れてマネージャーと少し話したあと、生徒の練習に混ざった。
休憩を挟みつつ、そのうちに試合形態の練習がはじまった。どうやら三人ずつに分かれてのトーナメント形式のようだった。
最終的に五対五の試合になり、静かに見学していた女子たちもこのときばかりは熱い声援を送った。

三年生がいないので以前より物足りないように思えたが、透や吉住君、園田君たちのパワフルなプレーはそれを補って余りある。
なかでも透の活躍ぶりは目を瞠るものがあり、食い入るように見つめてしまった。
いったい何回シュートを決めたんだろう。
パスを繋げて敵陣にボールを運び、彼は果敢に攻めていた。敵側のパスを華麗に遮ってロングシュートを決めたときは、僕も思わず歓声が出た。

試合が終わると部員たちは全員でフロア内をゆっくりと走り、最後に再びストレッチをした。
気がつけば相当時間が経っている。もう帰ってしまった見学者も多い。
それから寄り集まってミーティングをしたあと、ありがとうございましたの掛け声で終了し、彼らは片づけまできっちりとこなした。

そうしてからようやく透が上を向いた。
左右に大きく手を振られたので面映ゆい気持ちで片手で応えてから、下へと降りた。
軽快な足取りで透が飛びついて来る。勢いに押されて少しよろめいてしまった。

「お、お疲れ様……」
「も〜体鈍っちゃってて超疲れた!つか、マジで全部見てたの?先輩いなくなってたらさみしーから、あんま上見ないようにしてたんだけど」
「ああ。こんなことをいつもやってるなんてすごいな、きみは」

俺らもですけどねー、とすれ違いざまに園田君の間延びした茶々が入る。

「訂正、きみたちは、だな。部活はこれで終わりか?」
「うん。これから着替えてくるからー……うーんと、外だと寒いし下駄箱んとこで待っててくれる?」

頷きながら預かっていた上着を返す。結局着ることはしなかったが、透のものだと思うと手に持っているだけで温かく感じた。
透と離れたら昇降口へと直行した。
靴に履き替えて出入り口付近で待っていると、体育館で感じていた熱気はあっという間に冷えていった。

帰る生徒を曖昧に眺める。やがて廊下の向こうから男子の一団がぞろぞろとやってきた。
バスケ部かと思ったが違った。中に良く見知った顔があったから。

「紘人?なんだお前、まだ残ってたのか」
「司狼……」

剣道部だ。いま部活動を終えたばかりらしい。
上履きを履き替えた司狼は僕のほうへとやってくると、親しげに肩を叩いた。

「さっきは本のこと頼んじまって悪かったな。あと、瑞葉の足止めも助かった」
「別にいい。それよりも司狼、彼女から聞いたぞ」

呆れつつも冷ややかに睨めば、彼は大げさに肩を竦めた。

「お前が俺とクリスマスデートしてくれるっつぅなら今すぐ撤回するけどな」
「なんだそのデートっていうのは。僕の事情は知ってるだろ、それこそ無理だ」
「はいはい、つまんねえな」

たいして残念にも思っていない調子で司狼が笑う。こういう下らない冗談を軽々しく口にするから変な噂を立てられるんじゃないか?
重ねてたしなめようとしたが、その前に機嫌良く笑った司狼に遮られた。

「で、紘人お前、俺のことここで待ってたのか?」
「違う。後輩を待っていて――」
「紘人先輩!」

早口で鋭い声が僕と司狼の間に割って入った。
声のしたほうから廊下を走って来る透が見えた。重そうなスポーツバッグを肩からさげて、ものすごく急いで来たという感じだ。
司狼も同じ方向を見て「またあいつか……」と軽く舌打ちをした。
目にも留まらぬ速さで上履きからスニーカーに履き替えた透は、僕の腕を強く掴んだ。

「ごめんお待たせっ!」
「吉住君たちは?」
「あいつらなんか待たなくていーよ。捕まると面倒だからさっさと行っちゃお!」

透にぐいぐいと腕を引かれる。かと思えば、逆側から司狼に肩を掴まれた。

「おい紘人、行くなよ」
「そう言われても……これから彼と約束があるんだ。ああそれと、西村さんは焼肉をおごってほしいそうだ。じゃあな」

彼女の名前を出すと、司狼も眉間にくっきり皺を寄せて僕から手を離した。
透が何故だか勝ち誇ったような顔で、司狼に向かって「さよーならー」と言い放った。
そうして彼に引っ張られる形で校舎をあとにした。


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