3


テストが終わった今日から部活も再開する。なので当初僕は、一度帰宅したあと部活動が終わった頃に改めて透と会う段取りでいた。
けれどこの思い付きを早いところ言いたくて、いてもたってもいられず衝動的に廊下を急いだ。

ところが途中で今が昼時だったことを思い出した。
しばらく階段の踊り場でうろうろと足踏みしつつ考える。
透は部活の前に昼食をとってから活動にのぞむはずだ。ということは、体育館じゃなくて視聴覚室にいるのかもしれない。
そう思って期待に胸を膨らませながら視聴覚室に赴いたが、そこは無人だった。
だったら、教室で友人と食べてるのか?バスケ部はどういうスケジュールで動いてるんだろう。
自分の所属クラブすらまともに参加していない僕には、運動部のことなど皆目見当がつかなかった。

仕方ない、とりあえず体育館に行こう。そこで待っていれば透は必ず来る。

そう決めて、校舎を抜けて寒風にさらされながら渡り廊下を歩いた。短距離なのでコートは手に持ったままだ。どうせ館内では脱いでしまうから。
震えながら体育館に入ったが、中は明かりがついているものの閑散としていた。
やはりまだ昼休憩中だったらしい。それでもちらほらとジャージ姿の生徒がいて、部活動の開始を待機しているように見えた。

以前に透から教えられたルールの通り、二階の観覧スペースへとのぼる。
そこにはバスケ部目当てらしき女子生徒がいて、もうすでに前方を陣取っていた。
空いている場所にバッグを置いて階下を見つめる。屋内でも動いてないと肌寒く感じたので、コートを羽織った。

先に待っていた女子たちが僕のほうを指してひそひそと何かを話している。
男子の姿が珍しいせいか、それとも僕の浮かれた思惑を見抜かれているのか――。

待っているとやがて観覧席に人が集まってきた。圧倒的に女子率が高い。
この中に透目当ての女子はどれだけいるんだろう。彼目当ての男子は僕だけのようだが。
それにしても、女子たちが僕の周りをあからさまに避けているような感じがする。
待っている間に衝動が落ち着いたことですっかり気後れしてしまった僕は、隅にそっと一歩引いた。

すると、空いた場所に女子が並んだ。生真面目な印象の、少し背が高い人だ。
一瞬視線が絡んだが同時にそらした。体育館にぞろぞろとジャージ姿の男子が入ってきたからだ。
中に透の姿もあった。この寒いのに半袖Tシャツを着た彼は、吉住君たちとふざけあいながら何かを楽しそうに話している。

無駄のない動きで準備をはじめる一年生部員たち。ボールの積み上がったカゴを出してきたり道具を揃えたり、指示されなくても協力する姿に感心する。
天羽君の姿も見えたが、端のほうで女子マネージャーとドリンクをせっせと用意していた。

部員が揃うと部長らしき生徒の号令で一度集まり、掛け声とともにストレッチをしはじめた。
そういえば、バスケ部で起こったという一年と二年の対立はもうすっかり収まったんだろうか?
見た限りでは刺々しさを感じない。至って普通の部活風景に見える。

思えば、こういう風に普段の部活の様子を見るのは久しぶりだった。
入念に準備をして練習も欠かさず、そうして試合にのぞんでいるんだ。
夏にあった出来事が引っかかって足が鈍っていたが、透の日々の頑張りをもっとたくさん見に来ればよかった。

「ランニング行くぞー」

小さな後悔に落ち込みながらも見入っていると、部長らしき人の声が上がった。
壁際に投げられた長袖ジャージを部員たちがそれぞれ手に取っている最中、園田君がふと上を向いた。
間を置かず、彼がこっちを指差しながら透の肩を忙しなく叩く。
透が煩わしそうにしながらも顔を上げる。彼のことを凝視していたせいで、ばっちり目が合ってしまった。

「紘人先輩!?」

透の大声が体育館中に響く。周囲の目も一斉に僕に向いたので頬が熱くなった。
満面の笑みでこちらに向けてぶんぶんと大きく手を振った透は、次に『今すぐ下りてきて』というジェスチャーをした。
……いいんだろうか?見学はここでしなければいけないはずなのに。
それでも両手で激しく手招きされると僕も焦ってしまって、落ち着かないまま人垣をかきわけてフロアに下りた。
駆け寄ってきた透に手首を握られ、体育館の外に出た。透の掌は少し汗ばむくらい温かかった。

「どしたの先輩?今日の約束って部活のあとじゃなかったっけ?あっ!もしかして連絡くれた?」
「し、してない。その……きみに言いたいことがあったから」
「マジで?なんか急用?」
「違う、たいしたことじゃないんだ。だから見学しながらきみの帰りを待とうと思って」

会いに来た、と小さくつぶやけば、僕の冷えた手が両手でギュッと包み込まれた。

「そーなんだ!?やっばい、嬉しい!先輩見ててくれんならめっちゃ気合入る!てかもう昼食った?」
「ああ、そういえばまだだった」
「このあと俺ら外でランニングだからさ、その間に何か食べてきて。あ、それと今日の部活長いんでなんか飲み物とかあったほうがいーかも」
「わかった、そうする」

細やかに気遣ってくれる透のことが好きだ。
言う通りに頷くと彼の目尻がよりいっそう下がった。

「先輩、かわいい……」
「は?」
「もー、可愛いって言ったの!――ねぇ、今日は先輩んち寄っていい?」

こっそりと囁かれた言葉に胸が躍る。熱くなる。眩暈がしそうだ。
呼吸が速くなって、僕の周りに白い息が大量に散った。

「い……いいよ、もちろん」
「じゃあ俺、いつもの倍頑張るね!」
「はりきるのは結構だが、怪我には気をつけて」
「ありがと!先輩やさしー!」

鼻先と頬を赤く染めた透がけらけらと機嫌良く笑う。
そのとき透の首に背後から太い腕が巻きついた。
いつの間に来たのか、吉住君だ。彼は透よりも大柄なので、僕と透をやすやすと引き離してしまった。
僕の手から透が完全に離れてしまったことで物寂しくなり、移された体温が冷めないうちにポケットに差し込んだ。
一方、うぇっと呻いて透が顔を歪めたにもかかわらず吉住君は腕を緩めない。それどころかニヤリと笑ってますます締め上げた。

「おら、先輩にウザ絡みしてないでそろそろ行くぞ、透」
「ちょっと吉住、苦しいんですけど」

彼らのいつものやりとりらしく、透も笑って吉住君に肘でやり返している。
そうして「またあとでねー!」と無邪気な顔で手を振った透は、踵を返すと小走りに校庭方面へと遠ざかっていった。
そこではたと気づいた。
少し前まで学校で手を握り合うことすら抵抗があったのに、今はその気持ちがすっかり薄れていることに。
自分の内面の変化に戸惑いつつも、そう悪い気分ではなかった。


prev / next

←main


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -