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「……もしもーし?天羽君?」

セックスに至る盛り上がりを中断された恨みもあって、若干声が低くなっちゃったのは仕方がないと思う。
けれど天羽君はそんなのには気がつかずに、むしろ困ったような焦り声で応答した。

『あ、あの……トオルさん、突然ごめんなさい!いま大丈夫、ですか……?』
「いーけど、どしたの?なんかあった?」
『はい、その……家に帰ろうとしたら、鍵が、なくて。僕の家、今日両親出かけてて、鍵がないと、家入れなくて……』
「もしかして俺んちに忘れた?」
『ごめんなさい、わかんないです。もしかしたらトオルさんの家に落ちてないかと思って、一応かけたんですけど……』
「あーちょっと待ってて。探してみる」
『お願いします』

折り返しする約束をしてから一度着信を切って、スマホ片手に部屋中をうろうろする。テーブルの下やテレビの下を覗き込むけど、それらしいものは落ちてない。
突然床に這いつくばり始めた俺を見て、ベッドの上で紘人が心配そうな顔をする。

「透、どうした。何かトラブルか?」
「んーいや、天羽君……さっきの子が鍵なくしちゃったんだって。もしかしたらうちに落ちてるかもだから、捜索中」

天羽君と聞いて、紘人がなんとも言い難い渋い表情をする。
それではっと思い出した。紘人と天羽君って修羅場っぽい空気になってたんだった。まずいな、天羽君の名前は出しちゃいけなかったか。
しかしそこは大人な紘人。表情は硬いものの乱れた服をさっと直して「僕も手伝う」と捜索に加わってくれた。

二手に分かれても、そんなに広くない1DKだしたいして散らかってもないからすぐに捜索は終わった。ベッドの下に俺のものじゃないキーケースが落ちていた。真っ赤な革製のブランドもののキーケース。
下っていってもベッドが寄せてある壁側で、ベッドと壁の隙間に滑り落ちたって感じのちょっと分かりにくい場所にあった。
これ、紘人が見つけてくれたんだよね。「僕が物をなくすときはだいたいここにある」ってちょっと得意げに言ってたけど、それ自慢になんないから。
軽く振ってみたらいくつか付いてるらしい鍵がチャリチャリと音を立てた。そのことにホッとして、すぐに電話をかけ直す。

『もしもし、トオルさん……?』
「あー天羽君?俺だけど。鍵って、赤いキーケースの?」
『そ、そうです!それです!よかったぁ……』

電話の向こうの声がちょっと泣きそうに揺れた。

「で、これどうする?天羽君いまどこ?」
『電車乗っちゃって、結構来ちゃったんですけど……』

駅名を聞いたら俺の家の最寄り駅からだいぶ遠かった。俺と紘人がイチャイチャしてる間だもんな。わりと時間経ってるし。

「えーと……んじゃ、俺んちまで来てとは言わないけど途中まで戻ってきてくれる?俺も今から向かうから、真ん中くらいの駅で落ち合お」
『はい、わかりました』

ここの駅で、電車降りたらホームの1号車付近で待ってて、と指示すると天羽君は素直に頷いた。
通話を切って紘人を振り返ると、ものっすごい不機嫌顔が目に入った。思わず後ずさる。
この表情には見覚えがある――そう、俺が初めて紘人を強引に押し倒してやっちゃったあと、連絡しないでいたときの表情だ。

「あの……ひ、紘人、さん?」
「…………」
「き、聞いてたよね?その、天羽君に鍵を届けに行かきゃいけないんだけど……一緒に来る?」

天羽君に鍵を渡したあとそのままデートに行くのもいいし、と思ってした提案だったけど紘人は首を横に振った。

「いや、僕は家に帰る」
「なんで?」
「なんでもなにも、この格好で外に出られないだろう」

そういえばこの人、パジャマとウールコートでここに来たんだった。寝癖は相変わらずだし。

「あーまあ、そうだよね。つか、俺の服貸そうか?つっても最近こっちにあんま服置いてないから選択肢少ないけど……」
「自分の家で身支度を整えるから必要ない」

そっけなく返されてひやりとした。やばい、また何か怒らせちゃったか?

「紘人……?あの、ごめんね、中断しちゃって」
「……いや」

俺も紘人もやる気十分だったのにすこんとその気が削がれて、がっかりするのもイラつくのも分かるけど、ってか俺も同じだけどしょうがない。
そういう八つ当たりを俺にぶつけてくれるのは構わない。でも紘人が今そうしてる原因は、もっと違うところにあるような気がした。

「俺が天羽君と会うの、気に入らない?」
「…………いや」
「もー誤魔化さないで!そーゆーのでこじれるのイヤなんだからさぁ」

紘人はその場で言うべき言葉を飲み込んじゃう悪い癖がある。
付き合ってからこれまで、それで何度すれ違ったかわからない。だからそこだけはマジでどうにかしてほしいと思ってる。性格的に難しいってのは分かってるんだけど。


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