5


車は数分で目的地に着いた。古民家を改造したような趣ある外観の店。飴色の木製看板に墨の太文字で店名がドンと書かれてて迫力がある。
木や山が多い郊外のせいか、蝉の鳴き声がやけに大きく聞こえる気がする。

「ここ?」
「そうだ。何度か来てるが、味はいいと思う」

普段蕎麦なんてめったに食べないけど、天麩羅つきのざる蕎麦は紘人が言うとおり美味かった。冷たい麺が火照った体にちょうどいい。ただ、ちょっと物足りないけど。
こうやって紘人と外で食うのも久しぶりだ。
ここんとこずっと、俺がバイト代をつぎ込んで調理器具を揃えちゃったせいで家メシがほとんどだから。新しいものはとにかく試してみたいんだよね、俺。今度中華鍋も育てたいし。

「……きみはこのあとどうするんだ?」
「ん?普通に帰るよ。目的は達成したしね。博物館もどんなんかと思ったけど面白かったよん。ほんとは仕事中の紘人を陰からそーっと見たかったんだけど」
「そっとは無理だろう。きみは目立ちすぎる」
「えー頑張って地味なカッコしてきたのに。俺、存在感ありすぎ?カリスマオーラ出ちゃってる?」

俺の冗談に紘人が小さく笑う。こんな風に他愛ないお喋りをするのが好きだ。一緒にいるときに何気ないことで「好き」を感じられる関係ってマジ最高。
俺たちにもいつか倦怠期って来るんだろうか。全然想像もつかない。

腹が膨れたあとはゆっくりお喋り――ってわけにもいかないから、会計後はすぐに車に乗り込んだ。

「駅まで送って行く」
「え、いーの?すげー助かる」
「構わない。それくらいの時間はあるから」

ありがたくその厚意に甘えると、紘人は嬉しそうに笑った。
付き合い始めてから知ったんだけど、彼は俺の役に立つような何かをすることが好きらしい。だから彼の申し出は素直に甘えることにしてる。

「ねー、またドライブ行こうよ。出来れば泊まりでさ」
「それは構わないが……そういえば、サークルのほうは大丈夫なのか?たしか夏休みも旅行に行くって話をしてなかったか」

そういえばそんなんあったっけ。俺が入ってるのは旅行サークル。誘われて楽しそうだったから入ったんだけど、基本的にはゆるい飲みサー。
去年は沖縄に行った。でも適当に計画したから結局グダグダになって、たいして観光地も回らずに飲み食いで終わった。そういうバカ騒ぎも楽しかったけど。

「あー今年は行かない。金ないから。……ってのは建前で、や、色々買っちゃって金ないのはほんとなんだけど、紘人といたいから行くのやめたんだよね」
「え?」
「なに?俺なんか変なこと言った?」
「あ、いや……ここのところずっと僕の家にいるような気がするから、その……僕とばかりいるせいで、きみの友人関係がおろそかになってるんじゃないかと思って」
「んなことないよ?普通に遊びに行ってるし。っつか、俺って好きな人とはいつも一緒にいたいほうなんだけど、もしかしてうざい?」
「いや……」

もしかして俺ベタベタしすぎ?やべ、紘人が何も言わないから許容範囲内だと思ってた。
もうちょっと距離を取るべきか――でもなぁ、それじゃ俺のストレスが溜まっちゃいそう。
悶々とそんなことを考えているうちに、車は最寄り駅の立体駐車場に入った。名残惜しいけどシートベルトをはずしてドアに手をかけた。

「じゃ、先に家帰ってるから――あ、てか今日、何時頃に帰って来れそ?」
「……透」

なに、と問う間もなく運転席から強い力で引き寄せられ、目の前がふっと翳った。そして直後に柔らかい感触。
紘人って時々予想外の行動をするけど、今のは本気でびっくりした。紘人からの不意打ちのキスに俺の頬がだらしなく緩む。
ちゅ、と小さな音を立てて唇を離した恋人は、うっすらと頬を染めて長い睫毛を伏せた。

「紘人?」
「きみといるのが嫌なわけじゃないんだ。今日も……驚いたが、仕事のことについてあまり話した記憶はないのに、覚えていてくれて嬉しかった」
「ん」
「ただ、きみと長くいると自分が駄目な人間になりそうで怖い」
「えっ?それどういう意味?」
「……あまり僕を甘やかさないでくれ」
「甘やかしてるかなぁ?俺としてはフツーのことしてるつもりなんだけど」

兄弟多い騒がしい家で育ったせいか、世話焼くのも焼かれるのも全然苦にならないんだよね。上の兄貴のお節介はムカつくけど。
あーやっぱりうざかったか。だけど好きなものは好きだし、それを表に出してないと変に拗らせるような気がする。それで一度強姦まがいのことしちゃった前科もあるし。

「えっと、そーゆーのダメなら気をつける。……けど、二人っきりのときはベタベタしてもいい?」
「あ、ああ……」

さりげなく紘人の手を撫でてみれば澄んだブルーの瞳と視線が合った。
紘人の肩に腕を回し、誘われるように目元に軽くキスをしたあとに耳の下へと唇を滑らせた。そこを軽く吸って薄いキスマークをつける。半日くらいで消えちゃいそうなヤツ。

「あの、透、何して……」
「えー虫除け?」

笑いながら言うと、紘人が俺の言った意味を察したのか真っ赤になった。
怒ってるわけじゃないけど、俺の目の届かないとこでコナかけられてるなんてかなり嫌だから。
今度ペアのアクセでも買おう。指輪とかさ。……女々しいなぁ俺。


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