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待ち合わせ場所として指定された入り口付近の壁に寄りかかりながら紘人を待つ。時間を確認したら、もう13時近かった。
30分って言ってたのにそれを過ぎても紘人は来ない。結局、45分後に慌しい様子の恋人がようやく顔を見せた。

「ま、待たせてすまなかった」
「んーん、平気。どうせ今日は一日暇だし」

にっこり笑ってみれば何を察したのか紘人の顔が強張った。
この人も大概俺の心情を読み取るのが上手いよな。俺がわかりやすいだけかもしれないけど。

「んで、どこに連れてってくれるの?」
「ああ……蕎麦屋なんだが、いいか」
「へー蕎麦かぁ。いーよ」

その蕎麦屋は少し離れた場所にあるから車で行くらしい。博物館裏の駐車場に行くと、そこには見慣れた青い車体があった。
俺がシートベルトを締めた瞬間、時間を惜しむようにすぐに車が発進した。ロータリーエンジンの独特な音を聞きながらさっそく話を切り出す。

「……ひーろーと?さっきのどういうこと?」

助手席から首を傾げながら紘人を窺ってみれば、彼は焦ったように軽く頭を振った。

「あの……倉田君が失礼なことを言って悪かったと言ってたよ」
「うん、それはどーでもいいんだけど。なに、あんた変な客にしょっちゅう絡まれてんの?」
「しょっちゅうってほどでも……」

誤魔化すように視線が泳ぐ。別に責めたいわけじゃないんだけど。

「……言わなくてすまない。本当にたいしたことじゃないんだ」
「もー、怒ってないから謝んなくていいよ。でもそんなこと聞いたらさ、気が気じゃないっつーか」
「倉田君が大げさすぎるんだ。心配には及ばない」
「言いたくない?」
「そういうわけじゃない。ただ、きみと一緒にいるのに職場のつまらない話はわざわざしたくないだけだ」

紘人のその言葉は本当のことのように感じられた。
そういう心遣いは嬉しいけど、ちょっと寂しい。こういうとき、なんとなく年齢の壁っていうか、学生と社会人の溝を感じる。
うーん……あの倉田さんって人が注意してくれてるなら大丈夫なのかな。どっちにしろ職場のことは俺には口出し出来ないから歯痒い。

「愚痴くらい言っていーのに。や、マジで聞くだけしかできないけど」
「……そうだな。たまには、その……話すようにする。面白くないだろうが」
「面白いとか面白くないとか考えなくていいからそうして。俺は、紘人のことなんでも知りたいんだから」

紘人が素直に頷く。さっきまでの落ち着かなさそうな雰囲気は治まり、少し嬉しそうな顔をした。

「……てか、そのメガネなに?紘人って視力悪かったっけ?」
「ああ、これは――」

紘人が今気付いたというように片手でメガネをはずして、ふと遠くを見つめる。何かを懐かしむような、不思議な表情で。

「……これは学生時代から使ってるんだ」
「ん?でも普段かけてないよね。俺、初めて見たし」
「度は入ってない。これをしてると仕事に集中できるから……その、それだけだ」

たかがメガネひとつで紘人の美貌が完全に隠れるわけじゃないけど印象は結構変わる。スーツ姿なのも相俟って生真面目な先生って感じ。中身もそれに伴ってるけど。
メガネを胸ポケットに仕舞った紘人は、一瞬、横目で俺を見た。

「あの……透、来るなら来るとどうして言ってくれなかったんだ。きみは博物館とかそういうものに興味がなさそうだったから、来ることもないだろうと思ってたんだが。本当に驚いた」
「や、正直に言ったら嫌がられるかなーと思って興味ないフリしてただけ。驚かせちゃってごめんね?」
「嫌じゃないが……その、思ったより恥ずかしいものだな、職場を見られるっていうのは」
「家で気ぃ抜いて俺に甘える紘人もいいけど、仕事でキリッとしてる姿も素敵!」

そう褒めたら車体が左右にぐらっと揺れた。
動揺すると運転に出る癖、危ないからマジでどうにかなんないかなぁ。あ、俺が変なこと言わなきゃいいのか。いやいや普通に褒めただけだし。


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