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煙草の煙を吐いてストローハットを脱ぐ。日陰にいてもじりじりと灼けるような熱気は薄まらない。
暑くてパタパタと帽子で扇いでみたけどあんまり涼しくはならなかった。
そんな俺を紘人がじっと見つめてきた。夏の陽射しに負けず劣らずのその熱視線には、未だに慣れなくてドキドキする。

「ん?なに?」
「あ……いや、きみ、昼飯はどうするんだ?」
「んー全然考えてなかった。紘人はいつもどうしてんの?」
「通勤途中のコンビニで適当に買って休憩室で食べてる」
「マジすか」

弁当はいらないと以前に断られてたからそれ以来何も聞かないでたけど、コンビニ飯なんて悲しすぎる……。
もはや紘人の健康管理は俺のライフワークといっても過言ではない。

「やっぱり俺、昼の弁当も作るよ?」
「そ、それは……その、困る」
「どうして?」
「同僚達にいろいろ聞かれそうで……」
「いいじゃん。愛妻弁当ですーって言っとけば?」

冗談じゃなく本気でそう言ったんだけど、ますます紘人を困らせてしまった。
えーえー分かってますよ。紘人には紘人なりの立場ってもんがあるんだってことはさ。
ガキみたいに拗ねて口を尖らせてみれば、俺の態度に敏感な恋人は宥めるように優しい声音で話を振ってきた。

「昼食……良かったら、近くに食事処があるから、一緒にどうだ?僕もまだ食べてないから」
「え?嘘、マジ?行く行く!」

思わぬお誘いに、単純な俺は紘人の手を両手で握って目を輝かせた。しかし彼はすかさず腕時計を確認する振りをして俺の手を振り払う。
そっけない仕草だけど耳が赤いから照れ隠しだってのがすぐわかる。マジで、こういうとこ可愛すぎ!

「……じゃあ、あと30分待ってくれ。入り口の看板のところで落ち合おう」
「うんうん、待ってる」

人目がなかったら絶対ここでキスするんだけど、さすがにそれをやったら怒られそう。や、怒るだけで済まないか。
俺は、この人は俺の恋人ですよーって色んな人に見せ付けたいんだけどなぁ。
完全にやに下がったデレデレ顔で紘人を見てると、不意に低くて冷めた声が耳に届いた。

「……松浦君」
「あ、倉田君!」

紘人と一緒に声のした方を見たら、そこには博物館の職員らしき男が立っていた。紘人と同年代くらいかな、目が細くて真面目そうな人。つーか初対面のはずなのに、何故か睨まれてるんだけど、俺。
職員は早足で俺たちのところまで歩いて来ると、紘人の肩に軽く手を乗せて俺から引き離した。マジでなんなのこの人。

「お客様、当館の職員と個人的な話はご遠慮願います」
「はい?」
「ち、違うんだ倉田君!彼は僕の、ゆ、友人で――」

紘人の焦ったような言葉に、倉田って人が訝しげに眉を顰める。

「本当?松浦君、脅されたり……」
「していない、本当に」
「ふーん……」

まだ疑ってるっぽい倉田さんが、胡散臭いと言いたげな視線で俺を見下ろす。
正直不愉快だけど紘人の立場を考えて、煙草を灰皿に捨てたあと極力愛想のいい笑顔を作りながら彼の前に立った。

「こんにちはー。松浦さんのトモダチのー、秋葉です」
「……どうも。当館職員の倉田です」

営業用の笑顔で挨拶をすると倉田さんの態度が若干軟化した。

「あー、失礼しました。彼、時々おかしな来館者に絡まれることがあるのでてっきりその類かと……」
「は!?変な客!?」
「く、倉田君!余計なことは言わなくていい!」

変な客呼ばわりされたことよりも、変な客に絡まれる紘人という重大情報のほうが俺にとっては衝撃的だった。
てことはつまり(自分で言うのも微妙だけど)俺みたいな軽そうなヤツにナンパされたりしてんの?
倉田さんがこれだけ敵意剥き出しで突っかかってくるってことは、男からそういう誘われ方されてるってことだよな。……おいおい聞いてないんですけど紘人さん!
博物館なんて展示内容にしか興味がない人しか来ない、そういうのとは無縁な場所だと思ってたのに。

「……お仕事邪魔してすいませんでした。じゃ、あとでね紘人」

今すぐ問い質したい欲求を必死に抑え付ける。
紘人が決まり悪そうな顔をしてるのには気付いていたけど喫煙所をあとにする。全然気にしてない風を装いながら。


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