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自分の家を出てから電車に揺られること約一時間半。電車を降りたあとバスに乗ってようやく目的の場所に近づく。事前にネットで地図を調べたんだけど、バス停からそう遠くなかったはずだ。
ちょっと辺りを見回してみれば停留所の傍に道案内板があって、迷うことなく博物館に着けた。

あ、看板ある。おー……ここかぁ。
目を細めながら博物館を見上げる。青空に浮かび上がるような白に近い灰色の建物は、現代的なデザインで綺麗だし結構大きい。公園も併設されてるせいか親子連れが目立つ。
入場料を払って中に入ると、さすがに夏休みだけあってかなり賑わってた。

博物館っていうからどんなお堅い場所かと思ったけど、明るくてなかなか開けた雰囲気。この博物館は三階建てで、一階と二階は展示室、三階は催事場だ。
化石や鉱石を展示したり、地質調査の様子を映像で紹介したり、地元の動植物の様子を箱庭で再現したり。生態系をわかりやすくした説明パネルとか、来た人が楽しめるような仕掛けがたくさんしてあった。
なかでも恐竜の骨格標本はちょっと興奮した。大迫力で今にも動き出しそうなポーズ。
こういうの自然科学っていうんだっけ?ロマンだよなぁ。

……や、普通に楽しんでる場合じゃない。

紘人はいるかなーと思って館内をくまなく探してみたけど全く見当たらなかった。見かけるのは団体さんを案内してるガイドのお姉さん達だけだ。
あれ、学芸員ってそんな表舞台に出ないのかな。イベントの時は人前で説明しなきゃいけないとか言ってたから、そういう催し物がない日は表にいないのか。
なんだ、すげーがっかり……。働く恋人を見たい!という俺の夢はあっけなく崩れ去ったみたいだ。
そう思いながらもブログのネタになるかなーと恐竜の絵の顔出しパネルをスマホで撮ってたら、突然背後から声をかけられた。

「お客様、楽しんでますか?」
「あ、え?はあ……って、ひろっ……!?」
「館内はお静かに願います」

振り返ると、しーと人差し指を口元に立てる館内職員がそこにいた。それはまぎれもなく探していた俺の恋人だった。
強引に俺の腕を取って館内を歩き出す紘人。俺は無言でそれに従った。館内はお静かに、だもんね?

二階のバルコニーを出ると開けた場所に喫煙所とベンチがあった。半分屋根に覆われてるから、休憩スペースのベンチはちょうど日陰になっている。
紘人に促されてベンチに座ったら、彼も俺の隣に座った。あれ、仕事はいいのかな?
煙草の匂いを嗅いだら無性に吸いたくなって、煙草ケースから一本取り出して火をつけた。

それにしても――。

俺は隣に座る紘人をチラッと見た。
半袖シャツと寒色ベースのストライプ柄ネクタイ、細身のネイビーのスラックスは今朝見たものと同じだ。違うのは、黒縁のでかくてわざとらしいダサ眼鏡。

なんなのその眼鏡は?家にいるときはかけてないしコンタクトもしてないから絶対ダテでしょ。
まるで似合ってないソレに俺が笑いを堪えてると、紘人がハァー……と長く大きな溜息をついた。

「……きみは一体、こんなところで何をしてるんだ」
「え、社会見学?」

そう言うと、紘人が俺をじろりと横目で睨んできた。うわ、すっげー不機嫌そうな顔。

「紘人が働いてるところ一度見てみたくてさ」
「珍しく寝坊なんかするからおかしいと思ったんだ……」
「あ、やっぱりバレてた?」

夏休みに入っても早起きは欠かしてなかったから、案の定怪しまれてた。慣れないことはするもんじゃないね。

「だって俺が起きてるとあんた一日の予定聞いてくるし。なんか嘘つきたくなくて」
「……そうか。そういうのはプライバシーの侵害だったな。気をつける」
「え、そういう話じゃないんだけど。ていうか予定くらい聞いたって全然いいよ?俺が誤魔化せる自信なかったってだけだからさ」

なんでそんな変なところばっかり気にするかなあ。
そりゃ色々思い詰めるわけだ。寝て起きたら嫌なことは大体忘れる俺とは大違い。

「ってか、よく俺が来たのわかったよね。こんなに早く見つかるなんて思わなかった」
「こんな場所にきみみたいな派手な男が一人で来たら目立つに決まってる。女性の同僚が騒いでたんだ。きみはもう少し自分の事を客観視するべきだ」
「それあんたが言う?」

苦笑しながら言うと紘人が首を傾げる。相変わらずよくわかってない人だよな。
どうも紘人の中の自分像ってのは『流行を知らないつまらなくてダサい男』らしい。俺からしたら『何をしてもサマになる超美人』にしか見えないんだけど。
これは俺がどんなに言っても信じないと思うから、あえて言わないでいる。


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