俺の夏休みとあの人


目覚ましが鳴ったあと、隣で身じろぎする気配がした。カーテンの隙間には朝の淡い陽射しが漏れている。
ベッドから恋人の温もりが抜け出していってしまって肌寒く思ったけど、俺は起き出さなかった。

「……透? 透、寝てるのか?」
「んー……」
「僕はもう出るぞ」
「あーいってらっしゃい……」

ベッドにうつぶせになり目を瞑りながらひらひらと手を振ると、しょうがないなぁっていう感じの溜息が聞こえた。
遠くで玄関が閉じる音を確認してから、俺は勢い良く跳ね起きた。

――よし。計画実行、開始!





紘人と恋人同士になって早一ヶ月弱。俺は以前からあるひとつの計画を立てていた。
それは、『夏休みを利用して恋人の職場を見学に行こう!』というもの。

俺が遊びに行くって言うと、紘人の性格上、絶対嫌がりそうだから内緒で行こうと思って立てた計画。
さりげなさを装いつつ慎重に聞き出したところによると、紘人は郊外の博物館に勤務してるらしい。毎朝首都高を車で飛ばして出勤してる。
今は夏休みのおかげで学生の団体やファミリーで連日賑わっていて、かなり忙しいんだそうだ。
たしかにあの人、ここんとこ毎日疲れた顔で帰って来るもんなあ。休みが潰れることもしばしば。

というわけで、出勤に備えて少し早い時間に紘人が寝たあと、夜の間に朝食を作り置きして翌日俺は寝坊する――振りをした。早起きが習慣付いてるから目はいつも通り覚めてるんだけどね。
狸寝入りしながら紘人が着替えるところを薄目を開けて盗み見たんだけど、恋人の顔から仕事の顔に切り替わる瞬間って何ともいえない色気がある。
クールビズって何ですか?ってくらいにきっちりスーツとネクタイを着用する紘人はすげーカッコイイ。ベッドに引きずり込んでぐしゃぐしゃに乱したくなる。

恋人の無防備な朝の支度を思い出してニヤけつつ落ち着かない気持ちで朝飯を食べる。
軽くシャワーを浴びたあと、すっかり俺の服で埋まっているゲストルームのクローゼットから適当に着替えを見繕った。
上はポロシャツ、ボトムスは適度にダメージ入ったデニム、あとは派手にならない程度にアクセをつけておしまい。
変装のつもりで暗い色のストローハットを被り、レンズに薄く色の入ったメガネをかける。髪はどうせ帽子で潰れるから後ろにざっくりと流してまとめるだけ。
戸締りを確認してからスニーカーを履いて家を出た。

計画、なんて大げさに言ってはみたけど傍から見たらすげーつまんないことだと思う。でもわくわくが抑え切れない。
だって俺と紘人は年も立場も何もかも違うし、出会いさえ奇跡としか言いようがない偶然の巡り合わせだった。
だから知らないことが多すぎる。俺は紘人のこと出来る限り知りたいんだよ。どんなところでどんな風に仕事をしてるんだろうって、当然湧いてくる興味にほかならない。
冷やかしのつもりはないけど、博物館なんてオープンな場所なんだからちょっとくらい見に行ったっていいよね?

……あっ、と、行く前に一度自分の家に寄らないとな。
なし崩し的に半同棲状態だから、いっそのこと俺のマンションは解約して本格的に住んじゃおうかという考えがよぎる。紘人はなんとなくそうしたがってる感じがするし。
でもそうすると親はともかく兄貴がうるさそうだよなぁ。一時は俺の部屋がたまり場になってたから洵也や吉住あたりに色々聞かれそうだ。

吉住といえば、紘人が俺を探して大学に来たせいであのあと大変だった。
あの素敵な王子様は誰?って女の子達からさんざん聞かれた。
「あの人は友達」の一点張りでそれ以上何も言ってないのに、未だに聞かれるから困る。絶対教えないけど!


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