35日目の戸惑い


透と出会って一ヶ月ほど過ぎたある金曜の朝食時、透のスマホに一通のメールが届いた。
透が小さく溜息を吐く。

「……紘人さん、俺今日サークルの飲み行かなくちゃ。先輩に誘われちゃったから断れないんだよねぇ」

透は旅行研究会というサークルに入っているらしい。
サークル活動は『国内旅行を計画・実行する』という至極単純なものだが、旅行は長期休暇にしか行かないから基本的に飲み会サークルと化しているのだという。
居心地よく気ままな活動ができるからという理由でなかなか部員は多いようだ。

去年は夏に沖縄に行ったらしく、スマホで撮った写真を見せてもらったが、『めんそ〜れ』という文字とシーサーのイラストの描かれた看板の前で思い思いのポーズを取っている部員達は透のように垢抜けた美男美女揃いだった。

「ああ、そうか」

読んでいた新聞から顔を上げて透にそう言う。僕が引き止める理由もない。
けれど透はそれを聞いて居心地悪そうにしていた。僕が怒っていると思ったのかもしれない。

「今日その、晩メシ――」
「気にするな。僕は適当に外で食べる」

だからゆっくり楽しんで来てくれ――とは、どうしても言えなかった。

「ごめん紘人さん」
「いや、どうして謝るんだ?」
「うーん……」

珍しく歯切れが悪そうな返事に僕は首を傾げた。その時、僕のスマホのバイブが鳴った。
メールだ。内容を確認して少し驚く。

「……ちょうど僕も今夜は用事ができた。本当に気にしないでくれ」
「そっ、か……」

やはり透の様子はおかしかった。こちらの様子をひどく気にしている。そんなに顔色を伺うようなことをしなくてもいいのに。
新聞を畳んで食後のコーヒーを一口含む。透が淹れてくれるコーヒーは薄めだけど香りが良くて美味しい。

「あのー紘人さん?」
「ん?」

食器を片付けていた透がいつの間にか傍に来ていた。
何か、と問う間もなく透が僕に擦り寄って軽くハグをしてきた。
突然のスキンシップに頬が熱くなる。彼の体温と整髪料の爽やかな匂いに眩暈がした。
驚いて透を見ると、何故か嬉しそうに笑っている。

「じゃー俺行くね?」
「あ、ああ……」

そう言って透は手早く食器乾燥機をスタートさせて通学していった。
透の行動はいまいち理解不能だ。スキンシップの前触れが予測できない。
少しだけ手が震える。

僕は、静かに目を閉じた。


朝に来たメールは司狼からだった。
また飲みの誘いだが、今回は二人きりではない。同級生が集まるから一緒に来ないかという誘いだった。
少し迷ったが、同級生と会うのも久しぶりだし今夜は透もいなくて味気ないので参加の旨をメールで伝える。

飲み会場所として指定されたのは初めて行く居酒屋だったが、予約は司狼の名前で取られていたのでスムーズに入店できた。
司狼と共通の僕の数少ない友人達の集まりで、僕が顔を出すと皆喜んでくれた。
ここのところ全然参加していなかったせいかもしれない。全員で五人も集まればそれなりに盛り上がる。

ところが途中で何人か女性が合流したのには驚いた。
友人の一人、木崎が呼んでいたらしい。これは司狼も知らなかったようだ。

即席の合コン会場になってしまうが不意打ちとはいえ女性に恥をかかせるわけにもいかないので、社交辞令とありきたりな世間話が交わされる。
僕は適度に頷くだけで積極的に会話はできなかった。そこまで世慣れているわけじゃない。
隣に座った女性が僕の方を見ながら、ほぅ、と溜息を吐いた。

「……何か?」
「あっ、いえ、そのぉ……すっごく綺麗ですね」
「? そうですか」

主語がない彼女の言葉の意味を図りかねてまた酒に口をつける。
彼女は可愛らしく首を傾げて僕を覗き込んできた。

「お仕事は何されてるんですかぁ?」
「……薄給の研究員です」
「えー研究員さんって、なんかカッコイイですね〜」
「それほどでも」

謙遜でもなく本当にそれほどでもないのでそう言うと、じり、と彼女が距離を詰めてきた。
見た目は清楚な女性だが、なかなか積極的だ。

「良かったら、アドレス交換とかしませんか?」
「いや、僕は……」

そう言いかけたところでスマホに着信があった。ディスプレイを見て少し目を瞠る。
――透?


prev / next

←back


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -