3日目の再会


その日はさっさと家に帰って、翌日――。

待ち合わせ時間よりかなり早く家を出た。とにかく悪いのは僕の方だし、待たせてはいけないと強く思った。そして一分でも長く彼と会っていたかったから。
一度も入った事のないカフェを指定されたが、場所はすぐに分かったし彼に似合いそうな明るく居心地のいい店だった。

緊張しながら彼を待つ。
そわそわとして落ち着かないから手持ち無沙汰にスマートフォンをいじった。意味もなく仕事に使う予定の書籍を確認してみる。

女性店員がオーダーを取りに来たが、僕は連れを待つとだけ伝えた。先に何か飲んでいるのは申し訳なかったから。

再びスマホをいじる。僕はこれに慣れていなかった。長年使っていた携帯電話が壊れたので仕方なく変えたのだが、画面をタッチして動作する方式は全く慣れない。
そもそも僕は同じメーカーの同じような機種でいいと思っていたのに、司狼が今の時代スマホじゃないと苦労するぞと口を出してきたから変えたのだ。
たしかにデータ管理をするのは便利だけど、そもそもそんなに多機能は求めていない。
唯一、株価チェックをするのが楽になったのは有り難かった。今までノートパソコンを持ち歩いていたから。

カランコロンと店の入り口からドアベルが鳴る。そして僕に近づいてくる気配に気付きはっと顔を上げた。

「ごめん、待たせちゃった?」

そう言って向かい合わせに座った彼は、お洒落ですごく格好良かった。まるで雑誌の大判切り抜きをそこに置いたかのような現実感のなさだった。
司狼のような男前さとは全然違う。洒脱で洗練されていて、動きのひとつひとつに目を奪われる。
彼が細めの煙草を取り出して火を点け、ふうと煙を吐く、それだけの仕草にとにかく惚れ惚れとした。同性だとわかっていてもドキドキとする。

「秋葉透」と彼は名乗った。

透……トオル、雑誌で追いかけた彼と同じ名前。呼び捨てでいい、とフレンドリーに言われたのには驚いた。いいのだろうか、彼のような人を僕が友人のように呼んでも。

透、と試しに口に出してみれば、案外しっくりときた。
ただ年下だというのには驚いた。あの雑誌は学生向けというより、社会人としてようやく慣れた頃くらいの年代に向けたカジュアルファッションの雑誌だったから。
それより僕が彼に年若く見られていたのはショックだ。まだ落ち着きが足りないのだろうか?

勇気を出して雑誌のことも聞いてみると、そうだと頷いた彼。
ああ、透は、やっぱりトオルだった。「嬉しい」と屈託なく笑う彼が眩しい。
何度も見たカラーページの被写体とは違う。素のままのリアルな青年の姿に僕は惹かれてやまなかった。

笑って、喋って、僕の目の前にいる。

人懐っこいえくぼができる笑顔。写真より明るく見える茶色の髪が、ふわりとしているのに崩れることなくセットされている。
香水とメンソール煙草の混じった大人びた香り。――それらのどれもが僕の心を揺さぶった。

想像よりずっと軽い口調に、自然と僕の口も軽くなる。どうしてだろう、年も職も生きてきた場所も違うのに楽しいと感じる。

途中で司狼から着信があった時は本当に苛ついた。どうしてあいつは僕の邪魔ばかりするんだ。
でも出ないわけにはいかなくて、ほんの少しだけ透から時間をもらう。もっと話していたいのに。
何か緊急の用かと思って出てみれば、飲みの誘いだった。今日は用があるから駄目だと何度も言っても食い下がられて辟易した。

ようやく引き下がってくれてホッとしながら透を見ると、彼は可愛らしい女の子二人と話していた。握手をしている。
それを見て僕は胸がざわついた。彼はとても人目を引く存在だ。ああいうことがあってもおかしくはない。そもそも知り合いかもしれない。
色々と考えながら通話を切って透のところに戻れば、彼はあっさりとしたものだった。僕が気にしすぎてて恥ずかしい。


その後、時間が空いたのをいいことに僕は彼を自宅に誘った。
面白味もない自宅だが、ゆっくり話が出来ると思ったから。それなりに掃除はしてあるからそう見苦しくはないはず。
自分の領域に他人を踏み込ませることが苦手な僕が、家族ですらめったに招き入れない自宅に彼を誘った――これは自分でも驚くことだった。

ソファーに転がりながら僕にどんどん質問を投げかけてくる彼がどこか犬のようで可愛らしい。
請われるまま僕も応えていく。逆に僕も透に色々と聞いた。

透は四人兄弟の三男で、上に兄二人、下に妹が一人いるんだそうだ。
特に一番上のお兄さんとは折り合いが悪いらしい。話を聞く限りではお兄さんにとても愛されてるような気がしたが。

僕は姉弟とはそんなに仲がいいわけじゃない。これといった喧嘩もしたことがないから悪くもないが。
姉はすでに結婚して海外で働いているし、弟は反抗期も手伝って数年溝があったが最近は仲が回復して時々メールを交わすくらいだ。
だから透とお兄さんのそういうのは微笑ましいと思った。

透の手料理の夕飯をご馳走になったあとに一緒に見た映画は、普段見ないような種類のアクションで新鮮だった。
映画館の大音響で銃乱射と爆発とビル崩壊を見ていたら、透の言うとおりすごくすっきりした。
僕の中で燻っていた司狼とのことを忘れられた気がした。


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