3


なんだ、謝ってくれるんじゃなかったのか。
目の前に置かれる二層の色の綺麗なノンアルコールカクテルが、照明で怪しい光を湛えていた。
それを一口飲んでから司狼の方を見ると、彼は驚くほど真剣な表情をしていた。それが昨日と同じ雰囲気で、思わず嫌な汗をかいた。

「……改めて言うが、俺とちゃんと付き合ってくれないか。もちろん恋人として」
「きみは自分が何を言ってるのかわかってるのか?」
「分かってる。というか何年もずっと……お前と瑞葉が付き合ってた頃からそう思ってた」

その言葉に驚いて司狼を見上げた。まさか、そんな。

「きみがそういう趣味の持ち主だとは思わなかったな」
「違う。お前にだけだ」

よく言う。散々浮き名を流している色男が。

「……僕は無理だ。きみはこれまでもこれからも親友だし、瑞葉の従兄妹だ。言うなれば兄弟みたいなもので、そんな風にはとても見られない。そもそも僕達は同性じゃないか」
「俺だってお前には瑞葉がいるからと思って諦めようと思ってたんだよ。でも全然無理だった。むしろあいつがいなくなったことで俺は一層諦められなくなったんだ……」

ゆったりとしたムーディーな音楽が流れる店内。司狼の甘ったるい言葉は僕の耳に残った。
そしてはっとする。僕のスマホがポケットの中で震えていた。慌てて着信を取る。

「も……もしもし?」
『あー……えっと、松浦、さん?』
「はい」
『俺、その、今朝の……』
「ちょ、ちょっと待って」

彼だ!と歓喜したのも束の間、店の中で着信に応じたのはマナー違反だと我に帰った。
僕はそわそわとしながら司狼に断りを入れて店を出た。彼は渋ってたけれど、それは無視した。

ホテル内のバーだから店外は廊下に出る形になる。カーペットの廊下を歩いて人目のない場所で立ち止まった。
ガラス張りの壁にこつんと額をあてて火照った顔を少し冷やす。高層ホテルから見る都内の夜景はとても綺麗だ。

「――すまない。えっと、きみの連絡先が分からなかったから書き置きしたんだが……連絡ありがとう」
『いえいえ。ていうか、俺もちゃんとあんたが家帰れたかどうか気になってたからさ』

軽く笑う彼の声が通話口の向こうから聞こえて、僕はどうしようもなく胸が高鳴った。軽快な会話テンポが心地いい。
借りた服を返したいと必死に言うと、彼は僕の意を汲んでくれた。明日また会えるなんて、嬉しい。

少し周りが見えなくなるほど浮かれていると、いつの間に来たのか司狼が僕の肩を叩いた。不機嫌な顔で早く切れと小声で言ってくる。
まったく邪魔をしないで欲しい。僕が彼と会えるかどうか、大事な話をしている最中なのだから。
それでも執拗に肩を叩いてくるから、約束だけはしっかりと取り付けて通話を切った。

「……今の誰だ」
「誰だっていいだろう。ただの知人だ」

そっけなく言うと司狼がムッとする。
あとから思えばこれがいけなかった。それから頻繁に電話がかかってくる要因になったのだ。
今誰といるだの、何をしてるのかだの。それは嫉妬深い恋人気取りで本当にうんざりとした。それがなければいい友人なのに。

そして僕は司狼のとんでもない申し出はちゃんと断っていたつもりだったけど、司狼にとっては電話がかかってきたせいで返事を保留されたように感じていたらしい。
それはあとで知ることになるのだけど、このときの僕はもう彼に会えることで頭が一杯だった。


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