6


そこからさらに小一時間――。
酒はうまいし店の雰囲気もいいしでほんともう楽しくなっちゃって、俺は何喋っても笑いっぱなし。
そんななか、一郎さんがユキさんの背中を強めに叩いた。

「ユキオ飲みすぎ。今日はもうそのへんにしとけ」
「まだえぇやんかぁ」
「バカ、明日も仕事だろ。おら、トオルもそこでやめとけ。それ以上無理すんな」
「やだなぁ、そんな飲んでませんってぇ」

へらへら笑いながら首を振ると、俺の手からグラスが取り上げられた。
グラスの行方を目で追ったら、酔ってんのかシラフなのか分からないくらい涼しい顔の紘人が腕時計を指先で軽くトントン叩いた。

「透、そろそろ時間だ」
「うっそ、もーそんなに経ってた?」

飲み放題だけど時間制限ありだから、いつの間にかリミットが迫ってたみたい。
俺らより先に来てた一郎さんたちも同様で、区切り良くここでお開きってことになった。

ユキさんにもらったフリーペーパーは、俺のワンショルダーバッグには入りきらないから紘人のカバンにまとめて入れてもらった。
頭が回らない俺のかわりに清算も紘人がやってくれて、そこに絡もうとした俺は一郎さんに半ば引きずられる形で外に出た。
ずっと外で飲んでたおかげで気温差にやられることはなかった。

「珍しいなトオル。普段こんな飲まねーだろ」
「いや〜、一郎さんたちのペースについ乗っちゃったっつーか?まぁでも俺、回るの早いかわりに醒めんのも早いんで」
「……にしてもお前、前はあんなにクダ巻いてたくせに、あの子とちゃんと仲良くやれてるみたいだな」
「そっすね!おかげさまで朝から晩まで充実してますよ〜!」

言いながら顔面の筋肉がだらしなく緩んだ。紘人との関係を隠さなくていい相手だと思うとノロケが捗る。
そんな俺に一郎さんは、大きな口を開けて豪快に笑った。

「とにかく、こういうタイミングで飲めて良かったわ。ユキオ、ここんとこ仕事で行き詰ってたせいかずっとお前の顔見たいって言ってたからな」
「まじですかー……」

ユキさんのことはすごい人だと思ってるし気に入られてるのはありがたいけど、相変わらず怖いんですって……。
ってか、そのユキさんがいないなーと思ってキョロキョロ見回したら紘人と一緒にビルを出てきた。

二人で何か喋ってたのか、ユキさんが笑いを噛み殺してる。
対して紘人のほうは困ったような半笑い。あの人たち何話してたんだろ?
こっちだよーって手招きしたら紘人が来てくれたんで、とりあえずハグした。
酔うとなんでか人肌恋しくなっちゃうんだよね、俺。

「あー飲んだ!すっげー飲んだー」
「大丈夫か、透」
「うん、へーきへーき!」

外でこんな風にベタベタして怒られるかなぁって思ったのにあんまり嫌がってない。
涼しい顔に見えて紘人も酔ってんのかも。
そしたら、調子に乗って浮かれてるのをたしなめるように後頭部を軽く叩かれた。犯人は紘人じゃなくて一郎さんだ。

「もー、なにすんですかエミちゃん」
「エミちゃんはやめろって。じゃあ、俺ら帰るからそっちも帰り気をつけてな」

叩くだけ叩いて踵を返した一郎さんの隣にユキさんが立つ。
店の中ではまだ飲み足りないって文句言ってたユキさんだけど、外に出たらすっぱり諦めたらしい。
ユキさんは一郎さんの片腕に絡み付きながら俺と紘人に笑顔を向けてきた。

「今日はめっちゃ楽しかったわ、トオル君。インスタも見といてな」
「またな、お二人さん。おいユキオ、まっすぐ歩けって」
「アホぬかせ、ちゃんと歩いてるやろ。お前は俺のオカンかっちゅうねん。松浦君、ほななー!」
「僕も楽しかったです、お疲れさま」

こっちに手を振るユキさんに向かって律儀に挨拶する紘人。
……なんだろ、この、二人の妙に仲良しっぽい空気は。いいんだけどさ、別に。
どうやら一郎さんたちは代行を頼んであるらしくて、駅とは別方向のパーキングへと向かっていった。
二人が遠ざかると、俺は紘人の肩に腕を回して寄りかかるみたいにしてぴったり密着した。

「こら、透。これじゃ動けない、もうちょっと離れてくれ」
「や〜だ〜。ね、紘人は酔ってないの?」
「僕も酔ってる」
「うそでしょー!全然じゃん!」

夜目で見ても顔色なんていつも通りでちっとも変わってない。
どこか酔ってるところを探そうと思って紘人の顔をじろじろ見た。
見てたらそのすべすべした白い頬がひんやり気持ち良さそうに思えて、唇でちゅっと触れてみる。
そしたら紘人がびっくりしたみたいに目を丸くして俺を見上げてくるから、面白くて喉の奥から笑い声が出た。

「隙ありー」
「透……はぁ、もういい。まったく酔うとたちが悪いな、きみは」
「どこがぁ?ねえねえ紘人」
「なんだ」
「俺もう歩けなーい。だからさぁ……朝帰りしよ?」

アルコールと熱帯夜のせいで体中が火照ってる。
今すぐいっぱいキスしたい。いっぱい触りたい。つーかエッチしたい。
ここから俺の家のほうがちょっとだけ近いから、予定通りお持ち帰りするつもりでそう囁いた。
駆け引きの必要ない恋人同士だと、こんな茶番な台詞もただ楽しいだけ。普通に帰ろうって言われてもどうせ紘人んちで襲うから同じだし。

ニヤニヤしつつ顔を覗き込めば、紘人は少し間を空けて「わかった」と頷いた。
そうと決まればと二人で駅方面に向かって歩き出す。
ふわふわした足取りのまま、紘人にちょっかい出しつつ一緒にタクシー乗り場に向かって――いた、はずだった。
何も考えないで紘人の歩みに合わせてたら、どうしたことか、駅もタクシー乗り場もいつの間にか通り過ぎていた。

「んーと……紘人?」
「とりあえず、ここでいいか?」

ここ、と紘人が指したのは駅でもタクシー乗り場でもなくて、なんとビジネスホテルだった。
このビジネス街に乱立してるホテルのうちでも綺麗で大きくてワンランク上な感じ。

――って。えっ!?朝帰りって、ガチの朝帰りしてくれんの!?
マジですか紘人さん!

もちろん俺は、一も二もなく嬉々として頷いた。


prev / next

←back


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -