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この一枚で被写体としての活躍を期待できないと判断したらしいユキさんは、紘人を眺めつつ残念そうな長い溜め息を吐いた。

「ホンマもったいないなぁ……」
「す、すみません」
「謝ることじゃないからね、紘人。ほら、わかったでしょユキさん。この人はこのままでいーんです!」

紘人の背中をポンポン叩きつつそう主張すれば、ユキさんも諦めをつけたように笑った。

「せやな、無理言ってスマンかったわ。まぁモデルゆう仕事は、一郎やトオル君みたいに自分大好き人間やないと務まらんやろなぁ」
「ユキさんそれ褒めてます?」
「当たり前やんか。人の目ぇ意識して磨いて、自己管理できるちゅうことやろ。なかなか真似でけんわ。そんなキミらのおかげで俺の仕事も成り立ってんねんで」

色々と発言が過激ギリギリのユキさんだけど、そのぶん言葉に力がある。紘人や一郎さんとはまた違った引力がある人だ。
ユキさんの言葉に共感するみたいにして紘人がしきりに頷いてる。

そのとき、店に流れていた音楽がフェードアウトして途切れた。
なんとなく客のざわめきも小さくなったように感じたけど、すぐに賑やかなラテン系音楽が流れだす。
その音はスピーカー越しの録音音楽じゃなくて生演奏だった。
首を伸ばして音源のほうを見たら、マリアッチによるライブショーがはじまっていた。
ますます盛り上がったビアガーデンの熱気と軽快なリズムに乗せられた俺らは、新たな酒と料理を追加した。
それから紘人の仕事の話とかこっちの業界の話とかしてたはずが、酒が進むと次第に恋愛話に変わっていった。

「――マジすか!コクったのって絶対一郎さんのほうからだと思ってましたよ!」
「それよう言われるわ。俺からな、『イチがおらんと生きてかれへん』ゆうて口説いてん。あんときの俺、純情で可愛かったわぁ」
「よく言うぜ。『イエスかはい以外の返事したらブッ殺す』って感じだっただろ、ユキオ」
「そこまでは言うてへんやろ。『俺ゆうええ男ここで逃したら、この先後悔で早死にするで』ゆーただけやん」
「同じじゃねーか」

一郎さんとユキさんはオープンだから普通に話してくれたんだけど、二人の馴れ初めがだいぶ意外で面白すぎた。
紘人も興味深そうに聞き入って相槌を打ってる。
前から人付き合い苦手って言ってるし、面識薄い相手にこういうの大丈夫かな?って思ってさりげなくフォローしてたけど、全然心配なさそうだった。

「まあな、今になってみりゃ正解だったわけだけどな。俺にとってユキオ以上のいい男は他にいねえから」
「お〜言いますね〜」
「ええぞぉゆうたれ、ゆうたれ。俺なぁ、イチのこういうとこホンマ好きやねん」

一郎さんのノロケをユキさん自身が機嫌良く囃し立てる。
愛の言葉を惜しまないイタリア男は婉曲さを嫌うユキさんと相性がいいらしい。
俺もラブアピール全開系だけど、俺は紘人の恥ずかしがるとこが好きだからやっぱ相性って大事。
なんとなく隣に顔を向けたら同時くらいに紘人も俺のほうを向いた。目が合った瞬間、紘人がかすかに笑ったんで俺もうデレデレ。

そして最初こそ俺らの仲を暴いたユキさんだったけど、別にそれ以上いじったり根掘り葉掘りしてこなかった。
気を遣ってる感じでもなく、反応に困るシモ話に走ったりもしなくて、そういう二人だから俺も紘人も純粋に楽しめた。

しっかし三人の飲むペースが速い速い。しかも強い。
紘人なんてテキーラショットで飲んでようやくちょっと酔った?って感じ。
そういう俺はというとビール二本の時点で完全酔っ払い。
酔いが回ったらもう頭んなか気分良くふわふわしちゃって、とにかく紘人にくっつきたくてたまんなくなった。
じりじりと椅子と椅子との距離を詰めて、隙あらば紘人にボディータッチを繰り返した。

「――ほんでなトオル君、就活は俺んとこの編集部来たらええ。顔売れてんねやから一発やろ。同僚にもキミのファンめっちゃ多いで」
「いやそれ盛ってません?どうすかねー。そこんとこまだ全然考えてないんですよね」
「本音言うたらモデルで専属になってほしいねんけどな。立花君と並ばせたいし。せやけど編集のほうで俺が育てるゆうんも悪ないなぁって」
「それは怖いっす……」
「なんでなん、優しゅうしたるよって。おいイチぃ、次のビールぅ」
「あいよ」

ユキさんの指示で一郎さんが文句ひとつ零すことなく席を立つ。
俺はさっき紘人とふたりで一緒にサーバーから生ビールを持ってきたから、一郎さんの背中を見送りながらグラスを傾けた。
すると、ユキさんが俺のほうに身を乗り出してきた。

「ちょおトオル君。内緒で頼みたいことがあんねんけど」
「なんすか?」
「一郎のことや。もし俺のおらんとこでアイツが悪さしたら、報告してほしいねん」

美形な男を見たら脊髄反射レベルで口説きはじめる一郎さんだけど、本気で言ってるわけじゃない。
はた迷惑だけどコミュニケーションの一種っていうか……とにかくユキさんを本当に悲しませるようなことはしないはずだ。たぶん。
それでもやっぱり恋人として見過ごせないんだろうなぁ。気持ちはわかります。

「いーですよー。じゃ、アド交換しますか」
「ふふ、ありがとう」

へろっへろの酔っ払いノリでアドレスの交換をする。ついでにラインも。
そしたらユキさんは紘人にもスマホを見せつけながら妖艶な笑みを向けた。

「松浦君も交換せえへん?俺、キミと気ぃ合いそうやし仲良うしてほしいわ」
「えっ?いえ、その、僕は……」
「もーユキさーん、俺の彼氏までナンパしないでくださいよー。紘人にはあとで俺から教えときますって」
「うわ、絶対連絡来ないやつやん」

その場ノリがダメな紘人のためのワンクッションって言ってください。
そんなヤキモチ的なアレじゃないからね、マジで!


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