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パンフレットっつーかチラシ感が強い。
俺と紘人に一冊ずつ渡されたからパラパラめくって中身を確かめてみた。
文字もデザインもすっきりしてるわりに情報量は多く、ファッション誌の付録って言われても納得しそうな冊子だ。

「なんですか?これ」
「俺が企画編集したフリーペーパーや。そこにここの紹介載せたでな、インスタのほうでも記事上げしに来てん。リアルタイム連動プロモーションっちゅうかな。ああ、ちゃんと許可は取ってあるで」
「すごい……」

紘人が心底尊敬するような眼差しでユキさんを見る。だけど当のユキさんは珍しく複雑そうな苦笑を浮かべた。

「なんもすごいことあれへん。これな、もとは捨て企画やねん」
「捨て……って、どういうことです?」
「あーそれがこいつ、仕事でお偉いさん怒らせちまってな」

どうも言いにくいことらしくて、かわりに一郎さんが説明してくれた。
ユキさんは、俺と一郎さんがモデルやってる雑誌の同系列にあたる大手編集部に、引き抜きって形で異動したやり手の編集者だ。
ところが担当してた大きめの特集企画で、このなんでもズバズバ言う性格が災いしたとか。
現場で大御所カメラマンと衝突しちゃって、しかも悪いことにそれが編集長と昔から仲のいい人だったせいで、企画を下ろされたらしい。

それからはアシスタント仕事をしつつ、新規読者獲得という名目のフリーペーパー業務を命じられたそうな。
捨て企画――つまりは頓挫前提のチャレンジ企画なわけで、当初は新入社員数人が担当する予定だった。それを編集長はユキさん一人に負担させたわけだ。

掲載内容はもちろんアポイントメント交渉、取材から広報、ライターの手配にデザイン、校正、もろもろ全部自分で手がけなきゃいけない。
超低予算で、足りない分は広告費として自分でもぎとってくる。それを短期間でこなすんだから相当体力がいる。
一郎さんの話のあとユキさんはフンと鼻で笑って、枝豆を口に放り込んだ。

「ゆうても、期待されてないぶん逆にチャンスや思てんで。俺のフリーペーパーな、今めっちゃ人気出てきてん。地固めは七割方できとるし、次の会議で見返したるわ」
「すっげ、たくましいっすね……」

そのハングリー精神、頭が下がります。
しかしそこはユキさん、スマホをちらつかせながらニヤリとした企み顔で俺を覗き込んできた。

「てなわけでぇ、トオル君も協力してや!」
「はい!?なにをっすか!?」
「インスタ載せさせてえな。『SOnnE』人気読モのトオル君の写真ゆうたらフォロワー注目するやろ?」

ああ、そういうこと。宣伝の顔になれって話ね。
聞けば、人脈をフルに使って一郎さんはじめ他の人にも協力してもらってるとか。
とはいえ今日のとこはユキさんたちも半分はプライベートのデートで飲みに来たから、特定を避けるために記事の投稿時間はずらすんだって。

「いっすよ、そういうことなら協力します」
「恩に着るわ。ほんならお礼にここ俺持ちしたるし」
「いやー、そこまではいいですよ。俺らマジで普通に飲みに来ただけなんで。かわりに『SOnnE』の宣伝しといてくださいよ」

むしろそういうのは紘人が嫌がりそう。隣を見ると案の定「透の言う通りに」と頷いた。
そんなわけで、飲みかけのビール瓶を持ったりいくつかポーズを変えてスマホで撮ってもらった。最後が何故か連写だったけどそこはあえてつっこまない。
なのに一郎さんのほうがすかさずつっこんだ。

「ユキオ……お前ただトオルの写真がほしかっただけなんじゃねえの?」
「んなわけあるかい。仕事や仕事。あぁええなあ、ホンマええ。トオル君、よう映えるわぁ」

ご機嫌そうに眺めてから俺にも見せてくれた写真は、フィルターも加工もナシなのに我ながら雰囲気良く映ってた。
つか俺、ちょっとかっこつけすぎたかも?プライベート感を意識したんだけど。
そしたら一緒に画面を見た紘人が、そわそわと体を揺らしながらユキさんに声をかけた。

「あの……それはどうすれば見られますか」
「なんやキミ、インスタやってへんの?さっき渡したフリーペーパーにアカウント書いてあるで。トオル君にやり方教えてもろたらええやろ」

スマホをしまおうとしたユキさんだったけど、ふと手を止めて紘人をまじまじ見つめた。

「なあ松浦君、ちょぉ一枚撮らせてもろてええか?」
「え?」
「いやいやユキさん!このひと一般人!SNSはまずいですって!」
「そうだぞユキオ!いくら彼が美人でもな」
「わーっとるわ。インスタにはアップせんかって、カメラ写りだけ試してみたいねん。なっ、ちょこっとだけ!」

詰め寄られた紘人が、一人だけ状況が飲み込めてないみたいに困った顔で俺を見る。
ユキさんのは職業病ってやつで、誌面を飾れそうな人を見るとこうしてすぐ食いつく。
そりゃあ紘人は美形遺伝子の集合体だし、おまけに上流階級特有の優雅さがある。もうね、真夏の仕事帰りとは思えないくらいよ?
そしてようやく写真を撮られるって気づいたらしい紘人は、ハッとして慌てて首を振った。

「ぼ、僕は、その、写真は慣れていないので……」
「そんな大層なもんやないで。スナップ感覚でええから」

そのスナップ感覚もわからないみたいで、紘人はますます俺に助けを求める視線を寄越した。
しょうがない、ユキさんも言い出したらなかなか引き下がらない人だし、俺が間に入るしかないか……。

「あーじゃあユキさん、俺と一緒に写してくださいよ。そんで撮ったらすぐ消してください」
「わかった、そうするわ」
「紘人も、それならいい?」
「……それなら」

しぶしぶ頷いた紘人を引き寄せて、ユキさんのスマホレンズに向かって笑顔を作った。ちょ〜ラブラブですぅ〜って雰囲気をこれでもかと醸し出して。
一枚撮ったユキさんはスマホ画面を確認したあと、首がもげそうな勢いでがっくりうなだれた。
そんな恋人に驚いた一郎さんが横からスマホを覗き込んだら、「あー……」と微妙な半笑いになった。

「ど、どうしたんですか、ユキさん」
「……アカン……証明写真や……」

えっ、どういうこと?
どれどれー?と撮ったばかりの写真を見せてもらったら、たしかに証明写真だった。紘人が。
背筋を伸ばして固まって、笑ってるのか無愛想なのか微妙なラインの表情。
背景が南国テイストじゃなきゃ完全に免許証やパスポート用って感じ。いや、こんな美人な証明写真ってのも見たことないけどね。
俺一人だけデレッデレに浮かれてる、なんともアンバランスな出来だった。

紘人は紘人で証明写真の結果を見越してたのか別に気にしてなかった。むしろ俺とのツーショットにちょっと喜んでる。可愛い。
今のこの表情が撮れたらいいんだろうけど、たぶん本当に写真は無理なんだろうなぁ。
人には向き不向きってものがあるんだと、しみじみ考えさせられた。


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