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空になったグラスを置いたユキさんは、目を細めて機嫌良さげに俺を手招きした。

「トオル君の顔見れて嬉しいわ。全然会うてへんかったやろ」
「はは、そっすね。ユキさんもお元気そうで」

ユキさんの関西弁はお笑い芸人が喋るような早口で活気のある口調と違って、抑揚が少なくて緩やかで、気だるい感じの響きがする。
こんな鋭い雰囲気の美形に低い声で言われるとそれだけで気圧される。

「突っ立っとらんと座ったらええやろ。ああオニーサン、ここ知り合いやで相席で頼んます」
「いやいや何言ってんすか、ユキさん」
「まぁまぁ、遠慮すんなて」

俺らを席まで案内していたウェイターに向けてユキさんが勝手に話を進める。
一応こっちも席予約したわけだしいきなりの変更は店的にナシだろ、と思ったのに、客のニーズに合わせた柔軟対応だった。
円形テーブルに椅子が二つ追加される。強引な恋人に一郎さんも苦笑した。
紘人を見ると、戸惑いつつも椅子に座っていた。ここで紘人が渋ったら何が何でも抵抗したのに。

「あー……ごめん紘人……」
「僕は別に構わないが。あの、あなたはたしか一度お会いした――」
「そうそう!ありがと、覚えててくれたんだ?俺、本城一郎ね。気軽に一郎って呼んで、美人さん?」

ウィンクを二連続で投げる一郎さんと紘人との間を思わず手で遮る。
前にCDショップで遭遇して、そのとき一郎さんの不用意な発言のせいで紘人とすれ違いしたんだった。
なのにもうほんとヤダ、このイタリア男。
ユキさんも「やれやれまたか」って顔で一郎さんの耳を横から引っ張った。

「いででっ」
「アホ、おしゃべりは乾杯のあとにせぇ。ああ、自分らビールでええか?それ以外はオーダーやけども」
「そうっすね、やっぱまずビールで。紘人はどう?」
「僕は何でも」
「ほなキミらの分も持ってきたるわ。座っとき、トオル君」

ビールとつまみはビュッフェスペースからセルフで持ってくる方式らしくて、ユキさんはにっこり微笑んで立ち上がった。
その笑顔が氷の微笑って感じで裏がありそうに見える。
一郎さんも思うところがあるのか、額に手を当ててうなだれた。

「トオル相手だと、あいつ気味悪いくらいご機嫌でこえーわ。あんな甲斐甲斐しいこと俺にだってしねえよ」
「つーか二人ともなんでいるんですか……って、もしかして垣田さん?」
「あれ、聞いてないのか?その垣田さんにこのビアガーデン紹介したのがユキオだよ」

ユキさんおすすめの店がこっちの雑誌企画の人に伝わって、結果口コミが俺のとこに巡ってきたのか。そりゃ会いますよね。
だからって同じ日の同じ時間にかち合うなんて、俺って日頃の行いが悪いの?

「ま、俺らは半分仕事みたいなもんでな」
「ユキさんのっすか?」
「おーいイチぃ、なにボサっとしとんねん。お前も手伝わんかい!」
「はいはい!今行くって!」

話途中で少し離れた場所からユキさんに呼ばれて、一郎さんも腰を上げた。
二人が席からいなくなったのをいいことに、呆気に取られてる紘人に耳打ちで状況説明した。

「せっかく二人で飲みに来たのに、こんなことになっちゃってマジごめん……」
「気にするな。きみは顔が広いからこういうこともあって当然だろう」
「や、そんなめったにないから。んーと、一郎さんは会ったの覚えてるんだよね?あのね、二人とも俺のモデルバイト繋がり。そんであの人たち付き合ってるから」
「……ああ、そういえば前に彼の本命がどうとか言ってたか」
「そーそーよく覚えてんね。その一郎さんの本命が、あのユキオさんって人ね」

俺はユキさんに好かれてるっぽいし、そのことで紘人に妙な誤解されても困るからさっさと二人の関係を暴露する。
そしたら二人はすぐ戻ってきた。テーブルに小さめの瓶が四本、それとトルティーヤチップスと枝豆が置かれた。
俺と紘人がそれぞれに礼を言うと、一郎さんたちは気前良く笑った。
それから飲み口にライムの刺さった瓶ビールを見て紘人がちょっと嬉しそうな顔をする。

「コロナビールか」
「好き?」
「まあな」

紘人はほんと何でも飲むからこういう海外ビールも飲み慣れてるらしい。この人のことだからもしかしたら本場で飲んでるかもしんないけど。
簡単に瓶を触れ合わせる乾杯をしたあとラッパ飲みすると、キンキンに冷えたビールはうだるような蒸し暑さを和らげてくれた。

「そんで紘人。ユキさんは前にちょっとだけ現場で一緒になったことがある人で、俺も知り合いなんだよね」
「そうだったのか……。ええと、あなたもモデルですか?」

紘人が直接聞くと、ユキさんはビール瓶を置いて手を振った。

「ちゃうちゃう、俺は制作のほう。ああ自己紹介まだやったな。俺、四辻有紀緒いいます」
「松浦紘人と申します。あ、これ名刺どうぞ」

紘人は思い出したようにバッグを開けて、革のケースから名刺を取り出すと一郎さんとユキさんに手渡した。
デートのはずなのに何このビジネスなやりとり。

「こらどうもご丁寧に。あれやろ、キミ、トオル君の彼氏やろ?一郎から聞いてますわ」

ユキさんのド直球な言葉に飲んでたビールを噴きそうになった。同時に紘人も目に見えてうろたえはじめた。
一方で一郎さんはサルサソースにチップスを浸して他人事みたいに笑い噛み殺してるし。

「えっ!?あ、いえ、その――」
「ちょっとユキさーん。いきなりすぎですよ、紘人困ってるじゃないですか」
「ええやん減るもんでもなし。俺、まどろっこしいのは嫌いやねん。なんや空気読めぇ察しろみたいな文化、ほんっまクソやと思うわ」

久々に会ったけどこのズバッとした物言い、変わってないなぁ。ヒヤヒヤする。
だけど意外にも紘人は、そんなユキさんを食い入るように見つめた。

「僕も『空気を読む』というのがどうにも苦手なたちなので、四辻さんみたいにそう言い切れるのは羨ましい」
「おっ、話せるやん」
「紘人とユキさんじゃ意味全然違いますからね。てかユキさん、今日ここに来たの仕事でって一郎さんに聞いたんですけど?」
「半分な。ちょうどええ、名刺がわりにこれやるわ。読んだって」

そういってユキさんから渡されたのは、十ページそこそこのパンフレットみたいな冊子だった。


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