2


その日は午前中から自分のマンションに戻って、雑誌をまとめたり冷蔵庫の中身を整理した。
換気したあと掃除機かけてー風呂洗ってーとかやってたらだいぶ時間がかかった。
紘人の家はロボット掃除機が常時稼動してるからリビングに目立った埃汚れはないし、定期的にハウスクリーニング業者が来るんでいつもモデルルーム状態。
でも寝室の掃除は俺がこまめにやってる。
プロと俺とじゃ仕上がりは全然違うけど、そこはやっぱ俺と紘人のラブスペースですから?俺がやりたいわけ。

あ、やべ。紘人との夜のあれこれを思い出してニヤニヤ笑いが止まらなくなっちゃった。
今日は飲んだあとこっちで泊まるってのもいいかも。
狭いけど、たまには場所を変えて俺の家でーってのもいい刺激になりそう。

そうしてひと通り綺麗になったら次は服の整理をした。
あんま着てないのは古着に出すつもりでクローゼットを整頓しつつ、今夜着ていく服をじっくり選ぶ。
ノースリーブ着たいけど、場所的にラフすぎるのは浮くかな?
下はアンクルパンツで、靴は……とかコーデチェックしてると、紘人と初めて待ち合わせした日のことを思い出す。
このドキドキ感、たまんないね。
早く夜になんないかなって念じながら何度も時計を見て、半日を自分の家で過ごした。


それから夜八時――ちょい前。
駅前のカフェで時間つぶししてると、タクシー乗り場のほうから細身のスーツの人が急ぎ気味の早足で通りすぎたのが窓越しに見えた。
グレーのスラックスにサックスブルーのシャツが知的で涼しげ。
ここで映画の撮影でもあるの?って聞きたくなるようなスタイル抜群の超絶美青年だけど、あれ、仕事帰りの俺の彼氏。
腕時計をチラ見しつつ、困った顔で周りをきょろきょろ見回してる姿が可愛い。

このままもうちょっとその様子を堪能したかったけど、変なのに絡まれても困るから吸ってた煙草を消して腰を上げた。
カフェの外に出た瞬間、まとわりつくような湿気と暑さに包まれた。
紘人に向かって手を振る。するとこっちに気づいたあの人が表情を明るくして俺に駆け寄ってきた。
ていうか小脇にジャケット抱えて通勤用のバッグまで持ってるんだけど――まさかガチ仕事後?

「透!遅くなってすまない。道が混んでて……」
「んーん、だいじょぶ。全然時間通りじゃん。つか、もしかしてマジで直で来たの?」
「一度家に寄って着替えようと思ってたんだが、思ったより仕事が長引いてそんな暇がなくてな」

それで、車を家に置いたあとすぐにそのままの格好でタクシーに乗ってここまで来たらしい。
そんなことを話しながらハンカチで額の汗を拭く姿すら品がある。

「えー?別にそこまで急がなくても良かったのに」
「き、きみとの約束を違えるわけにいかないと、思って……」
「もー真面目!好き!」

いつもの調子で言うと、紘人が「ここで言うか?」みたいななんとも微妙な呆れ顔をした。
そこは照れたり嬉しそうにしてくださいよ!ほんっと、外だとクールなんだから。
だけど、並んで歩き出してしばらくしたあと紘人がぽつりとつぶやいた。

「――きみが言っていた意味が少しわかった気がする」
「え?なにを?」
「外で待ち合わせすることの意味だ。さっききみの顔を見たとき、すごく、安心というか……いつもと違う嬉しさがあった」

そう、そうなんだよ。待ち合わせってそれがいいんだよね。
自分が先に来て待ち時間にそわそわするのも、あとに来て好きな人を探すドキドキも。
時間に遅れるかも?っていう焦りがあると会えた喜びもまたひとしお。同棲してると忘れがちな気持ちだ。

「ねー?こういうの中々いいでしょ。俺と会えた時、ときめいちゃったりした?」
「ああ」

あら、素直。
隣に顔を向けたら、俺を見上げるブルーの瞳が夜の街灯に照らされて潤んで光っていた。
素直に頷いたわりに紘人は恥ずかしそうにはにかんでいて、心臓鷲掴みレベルの胸キュンに襲われた。
あーもー超好き!

すっかり暗くなった夜道を浮かれた足取りで歩き、目的のビルに入る。
陽気なラテン音楽が流れるビアガーデンは、平日にもかかわらず客でほとんど埋まっていた。
そういうのを見越して席予約してあるから大丈夫だけど。
受付を済ませて通されたモダンな造りの店内は、南国の植物が飾られていてエキゾチックな内装だった。

毎年コンセプトが変わるらしくて、今年はメキシカンスタイルなんだとか。
開放的なパーゴラに電飾が張り巡らされている。そんな夜空が見えるテラスに所狭しとテーブルが並べられていた。
スパイスの香りと夏の夜独特の湿った匂いで、飲んでないのに気分良く酔った気分になった。
席に案内されてる間、紘人も物珍しそうにあたりを見回していた。

「賑やかだな。こういうところは初めてだ」
「そーなんだ?えー意外」
「僕は別に、飲める場所ならどこでも行くわけじゃない」

たしかに家にあれだけ酒が充実してればわざわざ他所で飲まなくてもいいもんな。
それなのに俺と飲みデートしに来てくれたと思うと超嬉しい。
ところが、テーブルの間を縫って通路を歩いている途中で、そのうちのひとつに視線が吸い寄せられた。

「あ」
「あ?」

しまった、うっかり声なんか上げなきゃよかった。
俺の声に反応したのか向こうも顔を上げたもんだから、ばっちり目が合っちゃった。

「おートオルか!偶然!」
「……お疲れーっす、エミちゃん……」

あんなにアガってたテンションが一瞬で急降下。
それは、先輩モデルの本城・エミーリオ・一郎さんだった。こんなタイミングで会いたくなかった、マジで。

「エミちゃん言うな。なになに、今日はツレ一人?」
「あー、まあ。ってか一郎さんもですか」

そう言うと、俺に背を向ける形でグラスを傾けていた人がこっちを振り返った。
切れ長の瞳に赤い唇の細面の美人。首筋がすらりとしていて匂い立つ色気がある。ただし男。
俺の顔を見た途端、彼は、ニィと口角をつり上げた。

「なんやえらい久しぶりやんか、トオル君」

一郎さんの恋人、ユキオさんがそこにいた。


prev / next

←back


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -