俺とあの人の熱帯夜・1


『俺の夏休みとあの人』のあとの話





連日の猛暑に世間が唸りを上げる八月。大学はまだまだ夏休み真っ最中。
休みといっても、やらなきゃいけないこともやりたいこともたくさんある。
だけど半同棲中の恋人と長い時間を過ごせる毎日は最高に充実してる。
特に、どこにも出かけず家で過ごした日にはあの人が帰ってくる時間が待ち遠しい。
てことで今夜も、仕事から帰ってきた紘人を玄関先でハグで出迎えた。

「ひーろーとーさん!おかえり!飲みに行こ!」
「……きみがそんなことを言うなんて珍しいな」

なんだか疑うような目つきをされた。ひどくね?
いやいや何もたくらんでないって!
言いたいことはわかるんだけどね。俺ってすげー酒弱いから。
その俺が紘人を飲みに誘うなんて普段じゃほぼありえない。
でも飲むのが嫌いなわけじゃない。紘人のペースについていけないのをわかってるから遠慮してるだけなんだよね。
むしろ、この人のペースに合わせられる人がいるのかってことのほうが疑問だけど。

紘人はひとつ溜め息を吐いて、俺の腕をペチペチと軽く叩いた。
腕の力を緩めろって合図だけど放したくない。

「飲むのはいいが、今日これからだとちょっと……」
「あーごめん、言い方悪かったね。今日じゃなくて今度の木曜!紘人の仕事終わってから夜飲みに行くの、どう?ここなんだけどさ」

紘人に巻きつきながらスマホ画面を見せると、疑ってたわりに興味津々で覗き込んできた。
紘人は金曜休みだから、休日前夜なら思いっきり飲める。平日でそんなに混んでないだろうし。そう思っての提案だ。

「ビアガーデン?」
「うん。この前の撮影んときスタッフの人がおすすめしてくれたとこなんだけど、紘人と行ってみたくて」

ビジネス街にあるビルの屋上テラスでやってる夏季限定のビアガーデン。
ふと思い出してなにげなく検索してみたら思った以上にいい雰囲気だった。
場所が場所だから、大学生ノリでバカ騒ぎっていうより、社会人が会社帰りや暑気払いで飲むようなところ。
これってもう社会人彼氏とのデートにぴったりじゃん?

紘人は俺のスマホをじっと見つめたまま満更でもなさそうな顔をしてる。
でっかく表示されてる『飲み放題』の文字に惹かれてるのかも。

「ここ、ショーとかあるみたいで楽しそうなんだよね。行こうよ、ねっ?」
「……なるほど、きみが好きそうな感じだな。わかった。そういうことならその日は仕事を早めに切り上げる」
「やった!あ、だったらせっかくだし現地で待ち合わせしよーよ!」
「は?」

意味がわからないって言いたそうに紘人の眉間に軽く皺が寄った。
あれ、もしかしてこれ説明必要な感じ?

「あ〜えーっと……なんつーか、毎日一緒に寝起きしてると雰囲気がだらけちゃうっつか、メリハリなくなっちゃうでしょ?」
「そうなのか?透」
「全然そんなことないけど!でもさ、そうならないようにたまには別々に家出て外で待ち合わせすんの」

かいつまんで趣旨を説明すると「はぁ」という気の抜けた返事をされた。
あ、これ完全にわかってない。
なんでそんな効率の悪いことを、って思ってそう。いや絶対思ってる。

いやね、まだ俺たち倦怠期っぽい空気なんて全然これっぽっちもないよ?
そもそも付き合って間もないし、フレッシュラブラブ真空パック、いつでも開封したての新鮮さを保ってる。
だけどだからって惰性にあぐらをかいてないで、そういう努力を怠るべきじゃない。と、思うんですよね俺は!

「とにかくそうしよ!俺も自分ちの掃除とかしたいからさ」
「……そうか」

頷きつつ紘人がちらりと俺を見上げてくる。
その寂しそうな顔ったら――もう、死ぬほど可愛い!

最近、俺が自分のマンションに戻るって言うと紘人はこんな表情をする。
まるで戻ってこないのを怖がるみたいな不安そうな顔。俺が連絡取らずに逃げ回ったり、すれ違いして帰らないことがあったせいだと思うけど。
安心させるように両側から紘人の顔を固定させて、ちゅー。
唇を離すと紘人はほんのり赤くなっていた。

「ね、約束!」
「ああ、わかった」
「じゃあ待ち合わせの場所とかはあとで決めるとしてー……とりあえず晩飯にしよっか。今日はアジのマリネと、ロールキャベツと、他いろいろです!」
「美味そうだな。いつも助かる」
「いえいえ」

愛する恋人のためなら腕の振るいがいがあるってもんですよ!


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