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「は……っ、イくよ、紘人、あ……っ」
「ん……」

小さく息を乱す透。軽く呼吸を整えた彼はティッシュを何枚か引き出して、僕の手の中に吐き出された白濁を拭った。
口でするのも結構上達したように思う。けれど口内で射精されたことはない。途中まで口でして、最後は手で扱いて、というのがパターン化している。
透の弾力のある唇が優しく僕のこめかみに触れる。

「……ね、紘人」

それは、ペッティングだけでは物足りないと言いたげな甘えるような呼び方だった。
けれど曖昧に返答しながら体を離した。透は少し眉を顰めたが、特に何も言うこともなくベッドから降りた。
彼がバスルームへ行くのを確認してから続いて洗面所で手と口を濯ぎ、ベッドに潜り込んだ。そのまま目を瞑る。

僕の恋人は明るく開放的で、それは性的なことに対しても同様だ。
僕だって決して淡白というわけではないし、透とセックスをするのは好きだ。でも、誘われても気が乗らない日はある。
ここのところはずっとそうだった。それは主に仕事のストレスが原因で、私生活のほうまで精力的になれるほど、気分の切り替えがうまくできずにいた。

物を展示しているだけだと思われがちな博物館だが、年間通して様々な催しがある。
特に忙しいのは夏休みの時期だ。そのほかにも講演会や特別展、ワークショップなど趣向を凝らしたイベントが多い。
イベント事の準備は特に気を遣うし、平行して自分の研究もしなければならない。
おまけに司狼のこともあり透に後ろめたさを感じていたこともあった。
とにかく心身ともに疲れていて、透との触れ合いを純粋に楽しめないでいたのは事実だった。

次の機会、次の機会にとしているうちに日は過ぎてゆく。
あとから考えてみれば、きっと僕も透も内心苛立ちがあったかもしれない。それを互いにぶつけることはしなかったけれど、二人の間に軋みがあったのは確かだ。
些細な言い合いやすれ違いなどこれまでいくらもあった。僕と透は性格も考え方も丸きり違うのだから、衝突しないほうがおかしい。
おそらくそういうことがあったせいで、無用な諍いは避けたいという意識がどこかで働いていたのだと思う。

透に何も非はない。透にしてみれば僕にも何も非はなかったのだろう。
ただ、それぞれうまくいってなかった。それだけのことだった。



そんな毎日だったが、ある日、トラブル続きだった仕事がようやく山を越えて落ち着きを見せた。
このところの一番の悩みの種だった新しい展示とそれに関する講演会が無事に終わったのだ。
そうなると余裕が持てるようになり、翌日は休みだと思うと心が軽くなった。
現金なもので、心に余裕があると急にもの寂しさを覚え、仕事中にも関わらず透とのスキンシップが恋しく思えた。

終業が待ち遠しく休憩時間にコーヒーを飲みながらそわそわしていると、ちょうどいいタイミングで透からメールが入った。
しかしその内容は僕の期待していたものとは正反対で、『友達と飲んでくる』という旨のものだった。
家に帰ってもすぐに透の顔が見られないと思うとがっかりもしたが、どうしても今日は彼と触れ合いたかった。

酒が入ると少し理性の箍がはずれる透のことだから、すんなりと誘いに乗ってくれるかもしれない。
飲んでくるということは帰りも遅くなるのだろう。だったらそれまでに汗を流してセックスの準備をし、仕事の疲れを取るために仮眠をして彼の帰りを待とう――そう決意した。
断られたとしてもそれは仕方がないと、気楽に考えていた。

仕事が終わったあとは簡単に外食を済ませて、決めた通りに風呂に入り、潤滑ローションやスキンの残りが十分にあることを確認してからベッドにもぐった。
上掛けから透の匂いがかすかに香る。
定期的にハウスクリーニングを業者に頼んでいるが、こういった染み付いた生活臭までは拭えない。僕はそれが嬉しい。

――ああ、そうか。もしかしたら今夜、透は飲み会のあと自分の家に帰ってしまうかもしれない。
生活をともにする時間が長くて、その可能性が頭からすっぽりと抜けていた。
そうしたら、また、天羽君のときのように誰かを介抱して自宅に招き入れるのだろうか。

「…………」

つい数日前のことを思い出して胸が塞がれた。
透が人に好かれるのはいつものことだ。会話を盛り上げるのが上手だし、人の機微に敏く気配りが行き届いている。そういう彼だから同性にも関わらず僕も好きになった。
しかしそんなのは、なにも僕が特別というわけじゃない。彼に魅了される同性は僕や天羽君の他にもきっといる。もちろん女性は言うまでもない。

僕達の関係は不確かで、自由で、縛るものがない。
せめて一緒に住んでいたら、こんな懸念も少しはなくなるのだろうか。
彼と帰る家が同じだったら――。


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