5


指定された最寄り駅近くに着いてから電話をするとすぐに二階堂が迎えに来た。
記憶の中の彼よりも少し横に広がっており、かけている眼鏡のフレームも変わっていて印象が落ち着いたものになっていたが、面影は当時そのままだった。

「……松浦?うっわ、久しぶり!」
「久しぶり。元気そうでなによりだ」
「そっちこそ。いやぁ、相変わらずだなーその王子様っぷり!」
「この年になってそのあだ名はやめてくれ……」

学生当時そういってからかわれたことを思い出して眉間に皺が寄った。
そんなのはおかまいなしとばかりに二階堂が僕の肩をぽんぽんと気安く叩きながら笑う。

「いやぁ悪い悪い!懐かしくてつい。もうだいぶ集まってるから店に行こうか」
「ああ、案内を頼む」

祝賀会場は、今日の幹事である二階堂の親戚がやっているレストランなのだと道すがら説明された。
電話では祝賀会などと大げさに言っていたが、会場は静かな雰囲気のビストロだった。ドアには『本日貸切』のプレートが下がっている。
店の中は外観と同じく落ち着いた雰囲気だった。立食形式で、テーブルの上に彩りの良い前菜の盛り合わせが並んでいる。

「実はまだ主役が来てねえんだ。電車が止まってるらしくて」
「そうなのか。……ああ、もしかして人身事故で止まってるという線か?僕の友人もそれで足止めされてるんだが」
「それそれ。ま、斎藤が来るまで適当にしてて。飲み物は好きに飲んでいいからな」

簡単に祝辞を送ってすぐに帰るというのは叶わなくなった。
どうやら透が足止めされている電車に繋がる線だったようで、思わぬところに影響が出てしまったものだ。
時間がかかるようなら伝言と会費だけ置いて帰ろうかと思ったのだが、二階堂に促され店の奥に連れて行かれてはそれも難しくなった。
なにより、そこにいた人物に驚いてしまってそれどころではなくなったのだ。

「し、司狼?」
「よお、紘人」

司狼は僕の顔を見るとニッと笑った。
そしてはたと思い至る。今日の主役である斎藤は社会部の副部長をつとめるとともに生徒会の役員でもあった。当時生徒会長だった司狼は、その縁でこの場に呼ばれたのだろう。
僕が司狼と会うのは、実に数ヶ月ぶりだった。僕の自宅に強引に訪れ、透とも会ったあのとき以来だ。
気まずい思いを抱えながら手近にあったドリンクを持つ。

「きみが来てるとは思わなかった」
「そうか?俺にしてみりゃお前が来ることのほうが驚きだがな」
「たまたま時間が空いたから……」

透のことがなければ来ようなどとは思わなかっただろう。増して司狼がいるのなら、尚更。
学生当時、僕と司狼の仲が良かったことは広く知られていたと思う。そのせいかそれまで司狼と話していた――おそらく生徒会関係の同級生は、僕たちに配慮したかのように他の人と話し始めてしまった。

「きみの仕事は順調か?」
「まあまあだな。注文が細かくてぐだぐだうるせえクライアントがいなけりゃ快適だ」
「こら、取引先のことをそんな風に言うな」
「はいはい。お前のほうはどうだ?」
「それなりにやってる」

無難に仕事のことなどを話し始めると、司狼は案外すんなりと乗ってきた。
以前のことなどなかったかのようにいつも通りの、僕の親友の顔をしている。

僕にしてみれば、司狼のことを振ったということで穏やかな心持ちではない。だが、彼にはそんなわだかまりはなさそうに見える。
恋人になれなどという馬鹿げた申し出は、おそらく司狼の中ではもはや過去のことなのだろう。思い返してみれば彼は案外そういうところはさっぱりとしたものだった。

――だから僕は、すっかり油断していたのだ。

会わない間に起こった事柄や近況などを話しているうちに時間は過ぎていった。
すっかり話し込んでいるうちに二時間も経っていた。話が途切れたのは、当の主役である斎藤がようやく到着したからだ。
これで帰れると思ったのだが、懐かしさにつられて二階堂や他の人とも話し込んでしまった。昔話に花が咲くというのはこういうことだろう。若い時分にはおよそなかった感覚だ。

しかし店の貸切は昼時だけで、夕方からはディナータイムに向けての仕込みがあるということでその場は解散となった。
そこで素直に帰ればよかったのだ。それなのに、雰囲気に乗せられ気を良くした僕は二次会にも参加をすることに決めてしまった。さらには三次会にまで。

なぜこのとき透にひとことでも連絡をしなかったのか自分でも疑問でならない。
そうすることでその後なにかが変化したのかどうか、それは知る由もないが。


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